医師の皆さんは、救急外来で外国人の患者さんが来たとき、どのように対応していますか。「言葉が通じないから」と、つい身構えてしまったり、「AI翻訳」を用意するまでの間、無言で淡々と患者さんの血圧を測ったり……そんな経験はないでしょうか。
私が暮らす奄美大島(鹿児島県)では近年、大型クルーズ船の寄港が増え、多くの外国人観光客が来島します。その中には、長旅の疲れで体調を崩し、医療を必要とする人も少なくありません。彼らが下船して、島で最初に出会う医療者が、私たちなのです。
彼らの不安を減らすために、私が勤めている「みんなの診療所」では、医療現場で役立つ英会話の練習をしています!
オーストラリアでパニック…!の経験を生かして
私が以前勤務していた病院で目にした、今も忘れられない光景があります。診察室に入ってくる外国人の患者さんは、異国の地で体調を崩し、言葉も通じないという、計り知れない不安の中にいます。その一方で、迎える側の医師や看護師も心に余裕がありません。スタッフたちは必死に処置をしようとするあまり、患者さんに何も声をかけずに診察を始め、無言で血圧計を巻く……。その場面を見た時、私は胸が締め付けられるような思いでした。
それは、自分自身がオーストラリアでダニに刺された時に、パニックになった経験を思い出したからです。拙い英語で症状を説明し、「支払いはどうなるのだろう……」と不安を抱えながら診療を受けていた時に感じたあの心細さ……。
心細さを感じながらダニを取ってもらっているところ=オーストラリアで2018年4月
「ただでさえ不安な患者さんに、まずは一言かけることで、安心を届けたい」。それが、私がみんなの診療所で、講師にマーカス・ヒル先生を招いた「マーカス先生の英会話」を始めた原点です。 月に2回、外来が比較的落ち着く午後の1時間、診療所内でスタッフ向けに開催しています。
マーカス先生はオーストラリア出身で、日本で20年間英語を教えています。3年前に奄美の海や自然、人に魅了されて移住し、現在は島内で子ども向けの英語教室「
Amami English(奄美イングリッシュ)」を運営しています。私の5歳の娘が彼の教室に通っていて、いつも本当に楽しそうに授業を受けている姿を見て、「ぜひ医療現場にもこの楽しさを届けてほしい」と私から声をかけました。
いつも元気なマーカス・ヒル先生=みんなの診療所で2025年11月
大事なのはきちんと話せているか、よりも温かい心
私たちは中高生の時から受験英語を学んできたため、どうしても「正しい文法で話さなければ」という「呪縛」にとらわれがちです。しかし、医療の現場でまず求められるのは、学術的な英語力ではありません。相手とコミュニケーションを取ろうとする、優しい心です。
“I’m Dr. ○○. What brings you here today?”
(私が担当医です。本日はどうされましたか?)
この一言を、笑顔で伝えるだけで、不安そうだった患者さんの表情は劇的に変わります。自分が何者なのか、何をしようとしているのかを伝えること。それは英語力の披露ではなく、医療者としてのホスピタリティそのものだと感じています。
医療者としてのホスピタリティは、かつてオーストラリアでのへき地医療の研修でお世話になったへき地総合診療医のSam先生から学びました。彼は、パプアニューギニアとの間にあるオーストラリアのThursday Island(木曜島)で長年働いていました。島民と話す際には英語ではなく、できる限り現地の言葉で話し、相手の言語に寄り添う姿勢を貫いていたのです。その姿に大きな感銘を受けました。
尊敬するSam先生(左)と=オーストラリア Thursday Islandで2018年5月
打倒! 英語アレルギー
私が勤務する「みんなの診療所」には、1日約100人の患者さんが来院し、その中に1人は外国人がいます。以前は、外国人の患者さんにスタッフも身構えてしまい、すぐに英語が得意な原純所長に頼っていました。
「マーカス先生の英会話」は、まず“英語アレルギー”をなくすことから始まりました。医療現場での英会話に限らず、日常英会話をゲーム形式で楽しく学ぶ。これまで英語をほとんど使ってこなかった職員も、中学生の頃の記憶をたどりながら、一生懸命英語で会話しています。
例えば、スタッフ同士でじゃんけんをして、勝った方が「What’s your favorite food?」と質問し、負けた方がそれに答えるような、遊び心のあるゲームを取り入れています。何度も繰り返すうちに、スタッフが「あれ? 私、今英語で会話してる!」と実感できるような工夫が凝らされています。
それから、私たちが学んだ医療現場で使えるフレーズを二つ紹介します。
“Please pay the full amount today and claim it from your insurance company later.”
(本日は全額自費でお支払いいただき、後ほど保険会社へ申請してください)
“On a scale of 0 to 10, how strong is the pain?”
(痛みを0から10で表すと、どれくらいですか?)
このように、事務スタッフと看護師・医師のそれぞれがよく使う実践的な英語を学んでいます。
「マーカス先生の英会話」に参加する診療所のスタッフ=みんなの診療所で2025年6月
そして半年が経った今――。外国人の患者さんが来院した時、受付の事務スタッフが自然に「Hello」と声をかけ、看護師さんが一生懸命に英語で薬の説明をしている姿を見ると、「本当に始めて良かった」と心から思います。
皆さんの医療機関でもさまざまな取り組みを進めているかもしれません。日本中の診察室が、世界中の人にとってより温かい場所になることを願っています。
小徳羅漢(ことく・らかん)
写真、右。奄美大島の龍郷町にある「みんなの診療所」にて総合診療医として修行中。左は「みんなの診療所」所長の原純医師。
1991年、茨城県生まれ。小学校高学年の時から神奈川県で暮らす。2016年、東京医科歯科大学卒業。鹿児島市医師会病院で初期臨床研修後、18年に長崎県上五島病院で、19年には離島へき地医療の最先端といわれるオーストラリア・クイーンズランド州で研修。20年から県立大島病院に勤務。街中で医師らに無料相談ができる「暮らしの保健室」を開催している。趣味は温泉巡りと映画鑑賞、そして島巡り。18年に結婚し、20年に夫婦で鹿児島県奄美市に移住。2人の子どもを育てている。
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