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2022.11.28

【第15回】日本の未来を支える「社会医学的素養のある医師」をめざせ!

今回は連載の総括として、設立時より社会医学系専門医協会の理事を務め、社会医学系専門医制度の立ち上げや普及に尽力されてきた磯博康先生に、本領域に対する思いや自身のキャリアについて伺いました。

2017年に始動し、「臨床医学以外の専門医資格」として大きな注目を集めた社会医学系専門医制度。これまで本連載では、社会医学系の領域で活躍する大勢の先生方を紹介し、その幅広さや奥深さ、魅力をお伝えしてきました。今回は連載の総括として、設立時より社会医学系専門医協会の理事を務め、社会医学系専門医制度の立ち上げや普及に尽力されてきた磯博康先生に、本領域に対する思いや自身のキャリアについて伺いました。

医師にも他職種にも広まりつつある社会医学

社会医学系専門医制度の立ち上げを振り返って、今の思いを教えてください。

「個人へのアプローチにとどまらず、多様な集団、環境、社会システムにアプローチし、人々の健康の保持・増進、傷病の予防、リスク管理や社会制度運用に関してリーダーシップを発揮することにより社会に貢献する専門医」の養成をめざして、社会医学系専門医制度はスタートしました。その必要性については制度開始の数年前から議論が進められ、その間に臨床系の新専門医制度が形になっていったことにも刺激を受けていました。結果として、社会医学専門医制度を運営する社会医学系専門医協会は社会医学的な要素の強い多くの組織の参画を得て、8学会・6団体の大所帯となりました。

制度開始当初は1000人程度の応募者を想定していましたが、現在ではそれを大幅に上回る2957人(2022年9月1日時点)の専門医・指導医を認定しており、専攻医も461人で、合わせて3400以上に上ります。社会医学系専門医協会が社会医学という領域を押し広げてきたことは間違いないでしょう。また、新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)の拡大は社会に大きなダメージをもたらしましたが、一方で社会医学が注目される契機になったという側面もありました。私がこの領域に進んだ頃は「公衆衛生を専門にしている」と言っても一般の人になかなか理解されませんでしたが、それを思うと、隔世の感があります。

国内において、社会医学領域を学べる場は広がりつつあるのでしょうか。

2000年の京都大学を皮切りに、2001年九州大学、2007年東京大学、そして2011年帝京大学と、公衆衛生専門職大学院が開校しました。2005年に私が赴任した当時の大阪大学でも専門職大学院の設置に向けての動きがあったのですが、文部科学省による専門職大学院の規制強化の影響など鑑みて、大学院医学系研究科の修士課程の中でプログラムを構成し、MPH(Master of Public Health:公衆衛生学修士)を取得できる仕組みを整えました。この先駆的な取り組みは、制度構築のし易さもあり、今では大阪大学を含め13の大学で展開されています。社会医学領域を学ぶ場として、専門職大学院とは異なる形のサステイナブルなシステムの一つを作れたのではないかと思っています。

大阪大学の私たちの講座ではこれまでに73名の修士修了者(年平均6名)があり、その内博士課程に進学した者は19名に上ります。修了生の内訳は12名の医師の他に、保健師、看護師、歯科医師、理学療法士、管理栄養士、そして教育学や心理学など人文系の学生もいます。こうした多様性にこそ社会医学領域の特性が表れていると言えます。社会「医学」といっても医師だけのものではなく、多職種の知見と連携が欠かせません。近年では、研究活動を支える医学統計などの専門家の存在も重視されるようになり、その養成に力を入れる流れが加速しています。

次世代を見据えた「土壌づくり」に心血を注ぐ

先生は、大学院で後進を直接育成する以外にも、若い人材が活躍できる仕組みづくりに尽力してこられました。

そうですね。そのような取り組みの一つに、2016年度開始の「世界的健康問題の解決に向けた医学研究グローバルリーダー育成プログラム:キャンパス・アジアプログラム」があります。大阪大学大学院医学系研究科が中心となり、中国の北京大学、清華大学、上海交通大学、天津中医科大学、韓国の延世大学と協同してコンソーシアムを形成し、医学・公衆衛生学の研究者の育成に取り組んできました。2019年度からは、日中韓発の博士課程ダブルディグリープログラムをスタートさせ、大阪大学と韓国・中国のトップクラスの大学において2つの博士号取得を可能にしました。現在8名の院生がそのトラックにいます。学位の取得に加え若いころから志を同じくする海外の学生と交流する機会を持つことで、将来的に共同研究などの可能性が広がっていくことを期待しています。

また、日本疫学会で「若手の会」を組織して若き疫学者たちが自由に集う場を提供したり、日本医学会連合で社会部会若手リトリートの担当になり、臨床医も含めた闊達な議論の機会を設けたりしてきました。COVID‑19の経験からも分かるように、日本は、様々な社会制度が確立されており、そのため抜本的な改革が困難なことが多く、ともすればパッチワークのような対応に終始しがちです。その結果、少子超高齢化や社会保障など、様々な公衆衛生課題のしわ寄せが若い世代に集中してしまう。本当の意味で制度を変革するためには、若手や中堅がボトムアップで声を挙げていくことが欠かせません。彼らが気軽に意見交換したり、より視野を広げて仲間をつくったりするための「プラットフォーム」を整備することこそ、私に求められる役割の一つだととらえて活動してきました。

臨床と基礎研究、そして社会医学領域をつなぐことにも、かねてから心を砕いてこられたと思います。

そもそも医学は専門分化(サイロ化)しやすく、一つの領域へ進むと、他の領域との交流がなくなってしまう傾向があります。特に近年は、大学病院の医師も経営的な業務に関与することが求められ、臨床と研究を両立することが時間的にも体力的にも厳しくなってきました。逆に、自分の研究を臨床に応用したいが、そうした知識や技術を学ぶ場が少ないという医師の声も目立ちます。こうした課題の解決の一助とするべく、大阪大学大学院医学系研究科では、新研究分野創生事業としてメディカルデータサインス研究拠点を概算要求事業として展開し、そこで新設した「応用臨床疫学」の科目で、臨床疫学データ解析の基礎と応用について学ぶ機会を設けています。

そして、多くの学生が臨床と社会医学をかけ離れた存在だと思いがちだからこそ、この領域の門戸を広げることも重要だと認識しています。臨床の教授が退任に際して「社会医学系は重要です」と話されることがあるのですが、そのことにできるだけ早く気付けるようなシステムづくりが必要ではないでしょうか。また、臨床と社会医学との間をよりスムーズに行き来できることも大切で、双方の専門医資格を並行して取得できる「バイパス」を社会医学系専門医協会と日本臨床専門医機構との話し合いによって作っていきたいと考えています。社会医学に取り組みながら臨床もできる、あるいはどちらかに戻りたいと思ったら戻れるような仕組みの構築に、今後も力を注いでいくつもりです。

10年目以降のロールモデルを見つけるヒント

先生自身は、どのような思いで社会医学系の道を歩んできたのですか。

小学5年生のころ、図書館でアルベルト・シュヴァイツァーの伝記を読みました。遠くアフリカに赴いて医療を施し、人々のために尽くしたという人生にあこがれ、小学校の卒業作文では「シュヴァイツァーのようになる」と書いた記憶があります。そこから医師を志す気持ちに迷いはなく、筑波大学医学専門学群へ進学しました。当初は外科を志望しており、社会医学系は「法律や規則を学ぶ退屈なもの」と感じていたのが正直なところです。ところが、医学部5年生のときに大阪府立成人病センター(当時)からいらした(故)小町喜男教授の講義を聞き、衝撃を受けました。生活習慣病の研究をはじめ幅広く健康に貢献する姿に魅了され、この領域を極めようと決心したのです。

その後、筑波大学大学院で博士課程を修了してから、フルブライト奨学金を得て米国留学しました。ミネソタ大学大学院での恩師が、心血管疾患の疫学で世界的に著名なヘンリー・ブラックバーン教授です。1992年、先生は“Circulation”誌に“The Three Beauties: Bench, Clinical, and Population Research”という文章を発表し、医学界の3人の女神(基礎、臨床、社会医学)が手を取り合うことの重要性を説きました。30年も前に恩師が指摘していたことが今にも通じる内容であったことに、あらためて驚いています。米国でシステマティックな教育の重要性を体感したこともあり、先にお話しした通り、日本に戻ってからは研究とともに人材育成に力を入れてきました。こうして人を育てたことが私にとって最大の実績であり、財産だと感じています。

最後に、社会医学系に興味を持つ医学生や医師たちへメッセージをお願いします。

学生時代や若手時代には、臨床を志す方が大半だと思います。確かに、患者と一対一で向き合える臨床には大きなやりがいがあります。ただ、もう少し俯瞰で考えてみたらどうなるでしょう。このまま人口減少が進めば、2050年には日本の人口は1億人を割り、平均寿命は、男性84歳、女性90歳と予想されています。医学が進歩して救える命が増える一方、病気や障害を抱えながら生きる人も多くなるでしょう。

すなわち、これまで考えられているような「医師の役割」だけでは、問題に対処しきれない時代が到来するはずです。他職種をリードしながら予防的に人々の健康を守る、そして健康状態が厳しくなっても生きがいを持って暮らせる社会を実現するという観点で、社会医学系の医師に求められることは多いでしょう。この領域を専門にする人はもちろん、臨床や基礎研究に足場を置く場合でも、社会医学的な素養は必須になると確信しています。

また、自分が信じる道を追求すると同時に、幅広くアンテナを張っておくことを忘れないでほしいと思います。年齢が近い身近な先輩から学ぶことは大切ですが、それだけでは視野が狭くなりやすいもの。現場のベテラン医師や強い思いで地域に貢献する医師、教授クラスの医師などの歩みも参考にしながら、「より先」を見通すことがキャリア形成のカギになるでしょう。医師として最初の10年間の目標は、10年以降のロールモデルを見つけること――そう表現することもできるほどです。

これまで本連載に登場した先生方にしても、そうした出会いが人生のターニングポイントになっていることがよく分かります。社会医学に関心がある方はもちろん、人生の岐路に立つ医学生や医師の皆さんが、本連載から一つでも多くのヒントを得ていただけたら幸いです。

磯先生プロフィール写真

PROFILE

磯 博康(いそ・ひろやす)

1982年、筑波大学医学専門学群卒業。同大学大学院医学研究科博士課程環境生態系専攻を修了後、米国ミネソタ大学大学院へ留学(公衆衛生学修士)。大阪府立成人病センター集団検診I部技術吏員、筑波大学教授(社会医学系)などを経て、2005年より大阪大学大学院教授(医学系研究科公衆衛生学)。また、2013年から2015年にかけて大阪大学医学系研究科副研究科長。2019年より現職。日本医学会連合副会長、日本学術会議会員、日本公衆衛生学会理事長、日本疫学会前理事長、日本循環器病予防学会理事、日本衛生学会代議員、日本脳卒中学会幹事、日本高血圧学会評議員、日本動脈硬化学会評議員。一般社団法人社会医学系専門医協会では、設立時より理事を務める。