2021.12.23
日夜、膨大な情報が行き交う医療現場では、その管理や運用にも「プロの技術」が求められます。近年、電子カルテなどを通じて各医療機関が患者の情報を共有することで医療の質を高める「地域医療連携ネットワーク(EHR)」や、患者個人が健康状況などを記録・管理を行い医療機関と共有する「パーソナルヘルスレコード(PHR)」の重要性が高まっています。並行して、医療に関する情報全般を効果的かつ効率的に扱うことで人々の健康増進に寄与する「医療情報」分野が特に注目されるようになってきました。京都大学医学部附属病院で電子カルテの更新プロジェクトに携わり、現在は北野病院(大阪府)で医療情報部部長を務める平木秀輔先生に話を伺いました。
小学生のころ、銀行マンが主人公の経済小説「金融腐蝕列島」を何の気なしに読み「青年実業家」という言葉を知りました。当時、実業家の堀江貴文さんが世間をにぎわせていたこともあり、事業を行うことが面白そうだと思ったのです。10代の私に起業のアイデアはなかなか思い浮かばなかったのですが、医師である父親が開業したことで「医療も一つの事業だな」と気付きました。折しも小泉改革の真っただ中で、診療報酬の問題がメディアで騒がれていた時期でもあり、子どもながら「医療とお金」は重要なキーワードだと感じていました。そこで、経済学部や法学部ではなく、あえて医学部に進学して医療技術を身に付け、それから事業としての医療を考えていこうと思うようになったのです。
京都大学に入り医学生になってからも、興味の対象は変わりませんでした。医学の勉強だけでなく、日本商工会議所の簿記検定試験の1級や、行政書士の資格を取るなど、同級生の中でもかなり変わったタイプだったと思います。また、学部生のころから医療経済学を専門にされている今中雄一教授の研究室に出入りを許され、データ分析などをお手伝いしながら勉強させていただきました。
将来的には医療を軸にした事業に携わりたいと考えていましたが、そのためにも初期研修を経験しておきたいという思いを抱きました。どうせなら思い切って自分の知らない土地に行こうと福井赤十字病院を研修先に選び、のびのびした環境で幅広い領域を学ぶことができました。自分のキャラクターが内科系だと思ったことと、全身に影響する臓器ならではの興味を覚えたことから、腎臓内科を専門に選びました。半分冗談ですが、ナトリウムや水分の出入りを計算する感覚は、どこか簿記の考え方にも近いものがあり、個人的な適性にも合っている気がしています。
腎臓内科の臨床で、ある程度の経験を積んだ後は、京大大学院医学研究科の医療情報学教室に入りました。幸いにも翌年には京大病院の医療情報企画部に助教として採用されました。京大病院は医療ITにおけるフロントランナーといえる存在で、ここで電子カルテの更新などのプロジェクトに携わることができたことは今に生きる重要な経験でした。また、この時に経営学の基礎を体系的に学ぶため、オンラインでMBA(経営学修士)を取得したことも少なからず役立っています。
私は「情報技術は経営のツールだ」という考え方でこの領域に入りました。医師として「病院経営」に携わるなら、スキルセットの観点から、何かもう一つの柱があると強みになるかもしれません。私の場合は情報技術に強いことと、簿記会計のデータが読めることが特徴だと思っています。ICT(情報通信技術)で実現できることがここ10年で大幅に増えたので、そうした時代の波にうまくフィットできたように感じます。
病院経営にかかわる医師は「臨床能力を極めた結果、管理者となる」というルートをたどるケースが多く、最近では「コンサルティング会社などで経験を積む」という選択もあります。その中でどちらにも該当しない私は珍しい部類に入ります。社会医学系専門医制度が創設されたことを契機に、より多様な背景の医師や医学生が関心を抱いてくれたらうれしい限りです。

当院の医療情報部はシステム管理課10人と診療情報室10人で構成されており、私は部長職に加えて病院長補佐を担っています。京大病院から北野病院に移ったことで役職も変わり、責任の重さを実感すると同時に大きなやりがいも得られています。京大病院では情報システムの導入を含め研究寄りの案件も多く、一つ一つにじっくりと取り組むことができたのですが、今度はより実践的な経営に即した案件を中心に任せてもらっています。経営に関する会議にも情報技術とデータの専門家として参加するため、複数の領域が重なり合うところで働いている感覚です。
医療情報部の業務を一言で説明するなら、「医療における情報を包括的にマネジメントする仕事」だといえるでしょう。情報には「つくる」「つたえる」「あつめる」「つかう」という4つのフェーズがあります。各フェーズを俯瞰的に見て、実務上うまく回るように管理することが主な役割です。たとえば、医師や看護師は電子カルテに患者さんに関する情報を記載していきます。しかし、多くの人が入力した情報は、記載のルールがまちまちで、後々読むときにそのままでは分かりづらくなりがちです。そこで、情報を常に効率的に扱うために整理整頓する作業が必要になるのですが、それが「医療情報のマネジメント」という仕事のごく一端です。もう少し具体的に紹介するなら、がんと診断された患者さんの情報をデータベースに登録する際に、病状や実施された治療の有無を示すコードを正確に付与して、管理しやすくするという仕事などがあります。
4つのフェーズのうち、近年、特に重要だと考えられているのが「つたえる」の部分です。電子カルテは現代の病院のインフラとして普及してきましたが、設定によっては、院内の人であれば主治医や担当看護師以外の人でも患者さんのセンシティブな個人情報を比較的容易に見ることができてしまう、という面があります。しかし医療情報は、どの情報を誰に伝える必要があるのか、言い換えれば誰に伝えてはいけないかをしっかりと定義せねばならない情報です。今は、情報の「つたえ方」をきちんと制御できる仕組みづくりにも力を注いでいます。
一方で、腎臓内科医として臨床にも携わっており、週1回は外来業務を、月2回は当直業務を行っています。情報システム管理の仕事は「院内で顔を売ってなんぼ」という側面があり、各病棟を回って直接スタッフと話をすることで、初めて現場の課題を引き出せます。その点からも、臨床に出ていることにはとても意味があると思っています。私が当直に入ったとき、居合わせた看護師さんが「この部分が使いづらいです」などと気軽に相談してくれる関係性が理想ですね。
医療情報にかかわる医師の仕事は、プロジェクトマネジメントの能力がカギになります。医師自身がエンジニアのようにシステム開発に技術面でかかわる機会は少なく、むしろマネジャーとしての役割が問われます。特に必要だと感じているのは、現場で求められていることを見極め「何がしたいのか」を言語化する力と、それがどこまでなら技術的に実現可能か見当を付ける力です。必要な技術レベルを持った会社を見極め選定したり、長期にわたるプロジェクトをしっかり進行管理したりすることも大切です。
1999年に電子カルテが解禁され、20年以上が経過しています。多くの場合、院内の情報インフラを一から構築するフェーズはすでに過ぎており、現在では維持やリニューアルがメインとなります。当時は最先端だったシステムが今となって問題を起こしているケースもしばしばで、業務を止めずに改修することが多くの医療機関で課題になっています。病院業務、情報技術、経営という3点にバランス良く目配りできる医師のニーズは、今後も高まっていくでしょう。
また、病院スタッフがシステムを運用するに当たっての教育も極めて重要です。ここは医療情報の担当者からすると、最も難しい部分であると思います。新しいシステムを導入する際、その使い方の指導はどんな医療機関でも必須です。ICTの技術そのものは頑張って勉強すれば習熟できますが、それを人に教える「教育」となると、途端に高度な対人スキルが求められ、病院の歴史やパワーバランスまで踏まえた配慮が必要になることも少なくありません。構築したシステムを最大限に生かすには、「どうすれば正しく使ってもらえるか」まで考え抜くことが欠かせません。

社会医学領域の中で臨床に最も近いところにあるのが、医療情報分野だと思います。医療情報を正しく運用することは、臨床の効率化や、安心して診療を受けてもらえることにつながります。担当している患者だけでなく、病院を訪れるすべての人の健康を支える仕事と言えます。できるだけ臨床から離れず社会医学にかかわりたいという方にぴったりではないでしょうか。病院の中にいるからこそ積み重ねられる実績や得られる研究テーマもありますし、経営にもタッチしやすいはずです。もし、私の仕事に興味を持ってもらえたなら、情報をツールにして経営に携わることを考えてみてください。
京都大学医学部附属病院では、医療情報の実習に訪れる医学生の興味の対象は「コンピューターや技術そのもの」「病院経営」「医療行政」に三分されていました。技術的な知識はゼロという人も少なくありませんでしたが、2カ月の実習期間を経れば、誰でも簡単なコードくらいは書けるようになるものです。中には、所属しているサークルの困りごとを解決するような、実用的なシステムを作った学生もいました。ただし、先にお話しした通り、プログラミングの知識や技術力に加えて、サービスを総合的に設計する論理的思考力もさらに大切なものですから、そうした点を意識して学習するといいと思います。
コンピューターと結び付けるまでもなく、患者さんは情報の塊そのもので、医療とは情報の集合体です。どんな医療も一人で完結することはなく、複数のスタッフがかかわっているので、その中で情報を上手に伝達・共有することは、病院の根幹を成す要素だといえるでしょう。ICTのC(コミュニケーション)に当たる部分をとりわけ大切にしながら、自らが思い描いた構想を形にしていくプロセスは、非常にエキサイティングです。
医療情報の実習希望者は年々増加傾向にありますが、それでも全体から見ればごく少数です。私自身のキャリアが世に役立っていることを証明した上で、この領域でまだ確立していない、体系的な人材育成のフローを組み立てていくことが私の夢です。そうして、医療情報で患者の健康を守り、病院経営を支える医師たちを増やすことができれば、これ以上の喜びはありません。

2012年、京都大学医学部医学科卒業。福井赤十字病院と京都大学医学部附属病院で初期研修を修了後、2014年に京都大学医学部附属病院の腎臓内科医員となる。2015年、京都大学大学院医学研究科博士課程(医療情報学)へ進学。2016年に京都大学医学部附属病院医療情報企画部に助教として採用され、2019年からは病院運営企画室副室長を兼務。2021年より田附興風会北野病院医療情報部部長および病院長補佐。博士(医学)、腎臓専門医、社会医学系専門医。MBA(米国マサチューセッツ州立大学ローウェル校)、日商簿記1級、行政書士試験合格。