2020.10.19
「社会医学専門医」というと、まずは新型コロナウイルス対策に奔走するような公衆衛生領域に従事する医師をイメージする人が多いのではないでしょうか。しかし、社会医学専門医制度が包括する領域はより広範で、衛生学など基礎医学にかなり近い領域から、災害医学など臨床と広くクロスオーバーする領域まで、大きくカバーしています。
その中でも少し異色と言えそうなのが、医療制度やシステムの策定、組織管理、医療機関経営といったマネジメントにかかわる医療・病院管理学領域です。医学を学ぶ人にとっては、門外漢とも言えそうなこのフィールドの重要性と将来性に着目し、独自の視点で病院と地域にかかわる亀田義人先生が今回の主人公です。現在のキャリアに至る経緯と、仕事にかける思いを伺いました。

私は千葉県木更津市の出身ですが、「まったく自分の中にイメージを抱けない土地で大学生活を送ってみたい」と思って、縁もゆかりもない地の佐賀大学医学部へ進学しました。結果は最高で、毎日が新鮮で、友人や先輩にも恵まれた学生時代を過ごせました。初期研修時は地元に戻って「たすきがけプログラム」を選択し、1年目は千葉大学医学部附属病院、2年目は君津中央病院で修業しました。
当時、研修先を選ぶ時に考えたのは、患者さんの問題解決には何が必要か、ということです。私自身の力量を高めるのは当然ですが、頼れる人が多い方がいいのではないかと。患者さんは誰に治してもらってもいいわけで、知り合いの医師など頼れるリソースが多い方が患者さんのためになるし、そのネットワーク含めて医師の能力だろう、と考えたんです。
そういう視点で能力を高めるには、大学病院での研修がいいと思いました。市中病院で多数の症例を経験することも、一人前になるために必要だと思いましたが、まず1年目は大学で基礎的なことをしっかり学んでからにしよう、と。なので、1年目大学、2年目市中病院のたすきがけプログラムは最適な選択でした。
ローテーション研修をする中で、最も魅かれたのは循環器内科でした。循環器内科領域の疾患は、非常によく効く薬が多く、診療のダイナミックさを強く感じられたんです。また心臓カテーテル治療など、診断から手術まで単一の診療科の中である程度、医学的な解決が見込めるということも、魅力的に思えました。
また「目の前で倒れた人を助けられる」医者になりたい、という気持ちもありました。例えば心室細動の患者さんは発症後1分ごとに約10%ずつ社会復帰率が下がります。そういう緊急事態に対処できる能力を身に付けたくて進む道を選びました。
そうして後期研修先に選んだのは千葉県救急医療センター。全国的にも珍しい救急単独型の病院で、普通の外来がなく、救急車が到着すると即座に医師が駆け付けて対応する体制になっていました。
こうした現場で働いているうちに、「環境が整っているからこそ高度な治療ができる」ことをしみじみと感じたものです。医師1人が院外や設備のない場所で患者さんに出会っても、できることは限られるわけなので。
このことが、後に病院という環境やシステムの重要性に注目するきっかけにもなりました。臨床研修を終えた後は千葉大学で学位を取得してから、33歳の年に人事交流制度を使って厚生労働省に医系技官として出向する道を選択しました。千葉大循環器内科の医局は多様性を認めてくれるところで、非常に幸運でした。今も感謝しています。
実は、大学院生時代に産学連携講座を受講し、中小企業診断士の先生から経営の基礎を教わっていました。そのときに知ったのは、「異業界にこそ問題解決のヒントが転がっている」ということ。むしろ、官僚がどのように政策を立案・調整しているのか、大きな好奇心を抱いての転身でした。
1年目は雇用均等・児童家庭局母子保健課(当時)に配属され、今につながる働き方改革や、児童虐待防止、妊産婦の健康などを取り扱う部局でした。母子保健は公衆衛生の基本と言う人もいるくらいで、そういう部局で学べたのは大きな収穫でした。2年目は医薬食品局血液対策課に異動し、主にHIVや肝炎関連など血液安全というデリケートな領域を担当しました。
厚生労働省での勤務は、救急医療の現場に引けを取らないくらい大変でしたが、同僚も非常に優秀だし、相手にする人も学会長クラスの人ばかりなので、学ばせていただけることがとても大きかったと思います。ある程度仕事に慣れてくると、医療も政策立案も本質は同じだと気付き始めました。
診療の現場では、ベースとなる知識を持ったうえで、問診や検査で患者さんの状態を把握して、薬物療法や手術といったアプローチで介入し、その効果を評価、確認しますよね。これは一種のPDCAサイクルです。政策立案も、統計データや現場の声から状況をつかみ、それを改善するための政策を立て、事業を実行して、どう変化したかを評価します。
経営の場合は、経営指標を元に経営戦略を立てます。これら、本質はすべて同じで、個人とその疾患を対象にしているのか、病院や企業、地域を対象にしているのか、の違いだけです。研究においてもやるべきことは同じです。それが見えてくると、一方で使った手法をほかに転用することができるようになりました。
一方で、患者さんやご家族から直接的に感謝の言葉を頂ける臨床医と違い、厚労省だと働きぶりは外部から極めて見えにくいですし、感謝の声も届きづらい存在です。でも特に公衆衛生の分野では、自分の利益や評価を上げることよりも、全体がうまく回ることを価値と考えることができる人が多かったように思います。
いわゆる「サーバントリーダーシップ」ですね。トップダウン型ではなく、全体を見て全体を回らせるために発揮するリーダーシップ。霞が関には、目立たないけど、日本をうまく進ませるリーダーがいると思います。

厚生労働省時代、中央省庁と地域をつなぐ役割が欠かせないことを痛感し、私がその一助になりたいという思いが芽生えました。中央にこんなに優秀な人がそろっているのに、どうして地方はうまくいっていないのか、という疑問がベースにありました。
そうした時、千葉大学医学部附属病院の山本修一病院長(当時)から、新設の病院長企画室で働いてみないかと誘っていただいたのです。この部署は病院長直轄の組織で、病院の経営戦略やマネジメントを継続的に担うために生まれました。
病院経営において重要なのは、職員や設備、予算といったリソースを最適配分すること。大学は人事異動が多く、継続性がないため、ノウハウが蓄積しにくいですし、経営というマインドセットを持つ人も少ない。そこにテコ入れをする、という目的もありました。そして、「すべては患者さんのため」という病院の使命を達成すべく、具体的な戦略に落とし込むことを求められていました。
しかし、こうした役割を担える人材はまだまだ不足しています。そこで、病院経営に関わるマネジメントスキルを養成する場として、2018年に「ちば医経塾――病院経営スペシャリスト養成プログラム」(履修証明プログラム)を開講しました。
本塾の受講生は、病院長を含む医師、事務スタッフ、コメディカル、地方自治体の議員も職員もおられます。病院の経営アドバイザーとして広く活躍してきた塾長、病院長企画室長の井上貴裕先生をはじめ、経験豊富な講師陣が「医療経営学」「医療制度論・医療政策学」「医療安全概論」など、全部で120時間以上の実践的な授業を展開しています。
私自身もキャリア形成に大きな影響を受けた近藤克則先生のもと、千葉大学予防医学センターで地域マネジメントに携わっています。健康面でもサステイナブルな街づくりをめざして、社会予防医学の視点から研究や事業のお手伝いをしているところです。また、同じく近藤先生が代表を務めるJAGES(Japan Gerontological Evaluation Study:日本老年学的評価研究)にも参加しています。
これは、人間の健康に影響する要素を分析するため、各種データの収集や活用などを行うプロジェクトで、関連して千葉県船橋市の健康増進の総合的な推進を図る「ふなばし健やかプラン21」で推進評価委員会会長を務めるなどしています。
私のモットーを一言で表現するなら、「健康な街づくりと健全な病院づくり」。現在は、病院経営や「ちば医経塾」に関することが仕事の8割を占めていますが、こうした活動もいずれは地域医療につながっていくと考えています。業務フローを改善した「健全な病院」が地域連携部門などを強化することの延長線上に、「健康な街」も存在するはずですから。

何よりも「皆がハッピーになれる仕組みづくり」に知恵を絞っています。大学時代の恩師の一人、戸田修二先生の口癖だった「人間はハッピーでないといかん」の影響を受けているのですが、この言葉は物事の本質を突いていると思いませんか。病院は、患者さんに良質な医療を提供する場であると同時に、医療従事者がやりがいを持って健康的に働ける場でもあるべきです。
もちろん、新しい仕組みを導入しようとすれば、組織内に軋轢が生まれることもあるでしょう。その大きな原因の一つは「余裕のなさ」ですから、まずは組織内の人々の負担を減らすことが大切です。現場を見渡すと、ろくな効果を生み出さない雑務が必ずと言っていいほど存在し、リソースの最適配分を阻んでいます。
そこに介入することで「楽になった」と実感してもらえれば、新しい仕組みも受け入れてもらいやすくなります。かのスティーブ・ジョブズも「経営において重要なのは、やらないことを探すことだ」と言っていますが、無駄を省くことで生まれた余裕を、より付加価値の高い行動のために割くというイメージです。
もう一つ、さまざまな学問の中で、経営学って歴史がかなり浅いんです。100年ほどでしょうか。さらに医療経営学となるとまだ十分に整理されておらず、発展途上というレベル。これから僕らの世代、次世代の人材がさらに整理していかねばならない分野だと思っています。それは海外でもさほど変わっていませんね。New England Journal of Medicineも最近、NEJM Catalystという経営系の雑誌を出しましたけど、まだ手探りのように感じます。
当院においても、病院経営に関する後進の育成にはまだまだ課題が残っています。そもそも医学教育のカリキュラムにはマネジメントの要素があまり含まれていないので、多くの医師にとって縁遠く感じられるかもしれませんが、医師がマネジメントを学ぶことには大きな意義があります。
高い専門性と倫理観、そして職業的使命を備えた人材がマネジメントに関与することは、病院のより健全な経営につながるからです。有為な人材を獲得するためには、当該分野の枠組みが明確になり、認知度が高まる必要があるので、そうした意味でも社会医学系専門医制度の確立は意義深いといえるでしょう。
少し現実的な話をしますと、医師の資格を「武器」と称する人がいますが、私は「何かあっても自分を守ってくれる盾」だと思っています。だから、リスクを取って戦う、挑戦するための「剣」としては、別の何かを持っていたいんです。会社経営をしている知人は、何の後ろ盾もない状態で自らリスクを取って奮闘しています。
医師は幸いなことに、失業することはまれで、ある程度の生活は保証されています。そんな恵まれた環境にいて、挑戦しない方がもったいない、という思いが、私の根底にあります。
近年は、臨床で感じた課題を解決したいと、キャリアを重ねてから社会医学の道に進んでくる医師も少なくありません。現状に問題意識を持ち、それを解決したいと思うこと自体が、実はとても「社会医学的」なことなのです。日ごろの診療で「モヤモヤ」を感じたとき、それは社会医学の門をたたくべきタイミングなのかもしれません。そして、挑戦はいつでもできるという思いを共有したいですね。

佐賀大学医学部を卒業後、千葉大学医学部附属病院循環器内科に入局。同大学大学院医学薬学府環境健康科学専攻循環器内科学博士課程修了後、厚生労働省へ出向(雇用均等・児童家庭局母子保健課 課長補佐、医薬食品局血液対策課 課長補佐)。現在、千葉大学医学部附属病院病院長企画室総合調整員、病院経営管理学研究センター特任講師、千葉大学予防医学センター特任助教。社会医学系専門医・指導医。