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2021.08.19

【第8回】個人の健康を守り、企業の成長を支える

花王株式会社 全社産業医
加藤 杏奈先生

すべての働く人が快適かつ健康に、それぞれの能力を発揮しやすい環境づくりは、今や社会全体で必須、かつ最優先の課題です。加えて近年は、社員の健康増進によって会社の生産性向上を目指す「健康経営」が広がりを見せ始めています。これらを背景に、ますます重要になっているのが、働く人々の心身の健康を守る産業医の役割です。企業において日々忙しく働く人々を支える仕事には、どのような魅力や難しさがあるのでしょうか。今回は、花王株式会社で産業医として働く、加藤杏奈先生に話を伺いました。

父の背中を追いかけ、目指した「産業医」

加藤先生が医師を志し、中でも産業医に興味を持ったきっかけを教えてください。

小学生の頃の私は、喘息もあって身体が弱く、いつも保健室のお世話になっていました。つらい気持ちを癒し、励ましてくれる「保健室の先生」にあこがれ、当時は養護教諭になることを夢見ていました。そこから医師を目指したのは、父の存在が大きかったと思います。内科医だった父は、私が高校生のときに産業医へ転身し、工場で働く社員の健康を支えるようになりました。作業服を着て巡視したり、健康相談室で社員の相談に乗ったりした話を聞いているうちに、「なんだか面白そう!」と興味を持ったのです。

そして、産業医について調べていくうちに、疾病を未然に防ぐという予防医学を軸とした仕事であるということを知りました。この予防医学の考えに、子供ながらにワクワク感を持ったことを覚えています。そのため、私はとにかく産業医になりたくて医学の道へ進みました。英語が好きだったこともあり、もしも産業医科大学に合格しなければ「文転」しようとさえ思っていました。そのくらい、産業医にこだわっていました。

産業医科大学では、1年次からさまざまな職場を見学させてもらうなど、一貫して産業医学を学ぶことができました。ただ、臨床医学を中心に学んだ4~5年次には、臨床へ気持ちが傾いたこともあります。しかし、産業医学を教えていただいた先生方や親身に相談に乗っていただいた先輩方の人柄に惹かれ、同じ世界で働きたいという思いが勝りました。最後の一押しは、恩師である森晃爾先生(現・産業医科大学産業生態科学研究所産業保健経営学研究室教授)から頂いた「迷っているならとりあえず(産業医学の世界に)来なさい」という言葉でした。

産業医は、病院で働く臨床医に比べて患者さんを診察する機会が圧倒的に少ないです。そのため、初期臨床研修の2年間は臨床の経験をしっかり積むことができる貴重な期間だと考えていました。そのため、限られた時間の中で多くの症例を経験できるように、研修医が少ないことや、二次救急を担う民間病院であることなどを条件に研修先を絞り込みました。ご縁があって、北里大学北里研究所病院にお世話になりました。その後は産業医大に戻り、産業医実務研修センターで2年間、専門修練医として学びました。

その後、すぐには就職せず、東京大学大学院に進学して公衆衛生学修士(MPH)を取得されています。

専門修練中に、森先生に連れられて米国職業環境医学会(American College of Occupational and Environmental Medicine;ACOEM)に参加しました。米国ではMPHが産業医学専門医資格の取得条件になると知り、興味を持ったというのが理由です。当初は、留学してMPHを取ろうと考えていましたが、労働に関する課題は国や地域で大きく異なり、海外で学んだことを日本で生かすのは難しいと気づき、思い直しました。また、国外の学会活動や調査に携わったとき、現地の医師から「日本の産業保健はどうなっているの」といった質問をされることが多く、まずは国内における公衆衛生学の知識を確かなものにしたかったのです。

とはいえ、実務から長く離れることには、ためらいもありました。そのため、大学院では1年でMPHが取得できるコースを選択して、集中的に学ぶことにしました。アイデンティティーとなる要素を、産業医学のほかにも得られたことは大きな自信になったと思います。

個人の健康にも、会社の成長にも貢献できる喜び

大学院卒業後、花王株式会社に就職した経緯を教えてください。

私の場合は、森先生から紹介していただきました。産業医大の卒業生が常勤産業医として会社に就職する際は、卒後支援課の求人情報を活用したり、先生や先輩から紹介を受けたりするパターンが多いと思います。産業医大卒でない先生方は、人材紹介会社の求人情報がメインで、その他に産業医の知り合いからの紹介もあると聞きました。専門修練医時代に嘱託産業医として10社ほどで働いていたのですが、どの会社も訪れるのは月1回程度でした。そうすると、どうしても「お客さん」のようなポジションにとどまってしまい、会社と深く関わることができないことを課題に感じていました。そのため、専属の産業医として一つの会社と長期的に関わり、組織の内部から社員の健康づくりに取り組みたいという思いが強まりました。

また、私が思い描いていた「なりたい産業医像」は、女性の健康をサポートするという側面が色濃かったように思います。さまざまな会社を見てきましたが、女性が生き生きと働いている職場は雰囲気が良く、結果的に全体の生産性も高くなる傾向があると感じていました。ですから、女性が多く活躍する花王という会社で専属産業医になることは、私にとって大きな意味がありました。

常勤産業医として、主にどのような仕事をしているのでしょうか。

花王では「健康づくり」のための取り組みとして、「生活習慣病」「メンタルヘルス」「禁煙」「がん」「女性の健康」の5分野に注力しています。私は「女性の健康」にフォーカスし、女性特有の疾病の予防や悩み相談、情報提供などに力を入れています。例えば、とある研究では、日本女性の月経随伴症状による年間労働損失は4911億円に上ると試算されており、会社にとって大きな損失となっています。女性が働きやすい職場環境を整備できれば、当事者にとってプラスになることはもちろん、企業の成長にも結び付くのです。健康課題の解決を通して経営にも貢献できることに、大きなやりがいを感じています。

もちろん、産業医面談もたくさん行っています。ここでカギになるのが、病気やその症状を指す「疾病性」と、職場や仕事上で問題となっていることを指す「事例性」です。疾病性に原因があると判断した場合は、医療機関を紹介するのが基本の対応になります。一方、事例性に原因がある場合は本人と相談の上、会社に対して提案を行うことがあります。例えば、人間関係によって精神的に不調の社員がいる場合、原因となっている人から距離を取るためのシフトや職場の変更を提案します。当事者の上長や人事部と連携しながら、チームとして最善の道を探っていくことが大切です。

可能性に満ちた社会医学の世界を開拓しよう

加藤先生が考える、産業医のやりがいとはどのようなものでしょうか。

産業医の仕事では、例えば手術の手順書のような、既存の指針が存在しないこともあります。正解が一つでない、それどころか正解が存在しないことも多いです。新型コロナウイルス感染症への対応がそうであるように、世の中の変化を受けて「今までになかった業務」が発生しやすいことも特徴です。毎日がトライ&エラーの連続ですが、自らの手で成功事例を積み上げていく面白さと難しさがある仕事だと思います。会社内でポピュレーションアプローチを実践できることや、産業医ならではのPDCAサイクルを回して社員の健康状態を継続的に向上させていくことにも大きな魅力があります。
※疾病を予防する、あるいは悪化を阻止するための、集団を対象にした取り組み。

特に花王のような大きな会社では、同じ社内でも社員が置かれた環境は一様ではありません。本社でデスクワーク中心に働く社員、工場で製品を生み出す社員、デパートなどでカウンセリングや販売を担う社員では、それぞれの健康課題も大きく異なります。したがって、地域の特性や事業所の規模といった条件も加味し、それぞれに合ったアプローチをすることを心がけています。

「仕事の難しさ」という点でいうと、チーム医療が根付いている臨床医と比べて、産業医は孤独に陥りやすいようにも感じています。簡単には答えが出ない判断を自分ひとりに委ねられる場面があり、「これでよかったのだろうか」と悩むこともあります。だからこそ、これまでお世話になった先輩方や同期とのつながりを大切にしています。特にコロナ禍の状況では、そうした人たちと相談し合ったりディスカッションしたりする機会が増え、他社の取り組みからも学ぶことが多くなっています。

最後に、社会医学系に興味を持つ医学生や医師たちへメッセージをお願いします。

社会医学系専門医制度ではMPHの取得が実績として考慮されるため、後輩だけでなく先輩産業医からも、資格取得について相談されることがしばしばあります。公衆衛生学修士課程に興味を寄せている医師は、確実に増えてきているようです。実際、その中で学ぶ高齢者保健や母子保健、精神保健などの幅広い知見は、産業医の仕事に生きるものがたくさんあります。産業保健の根底をなす公衆衛生学を学ぶということは、とても大事なことだと感じています。

私が学生だった頃は、産業医学や公衆衛生は今ほど一般的でなく、医学を志す者の間でさえあまり浸透していない印象でした。しかし、ここ数年で公衆衛生学の認知度は大きく高まり、社会医学領域で働く医師の存在が広く知られるようになってきました。メジャーな領域に比べたらまだまだ少数派であることも事実ですが、だからこそ若い人たちにとっては開拓しがいがあるのではないでしょうか。また、日本だけでなく世界保健機関(WHO)などの国際機関や海外の大学など、グローバルに活躍する選択肢がたくさんあります。社会医学は、チャレンジ精神あふれる医師や医学生にとって、今後ますます面白くなっていく領域だと考えています。

画像:花王株式会社 全社産業医 加藤杏奈先生プロフィール写真

PROFILE

加藤 杏奈(かとう・あんな)

2009年、産業医科大学医学部医学科卒業。北里大学北里研究所病院で初期研修後、産業医科大学産業医実務研修センターで専門修練医となる。その後、14年に東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻を修了し、公衆衛生学修士号(MPH)取得。同年花王株式会社へ全社産業医として入社し、現在も「女性の健康」「海外駐在者の健康管理」を中心テーマとして社内外で精力的に活動している。産業衛生指導医。社会医学系専門医・指導医。労働衛生コンサルタント。