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2021.11.19

【第10回】目指すのは「本当の意味で」社会にインパクトを与える研究

カリフォルニア大学ロサンゼルス校
フィールディング公衆衛生大学院疫学科
Assistant Professor
西 晃弘先生

一見したところ、医療からは遠いところにありそうな領域もカバーするのが、社会医学の特徴といっていいかもしれません。例えば、ある研究では「男性は息子の妻に介護されると長生きするが、女性は息子の妻に介護されると短命になる」という結果が出ています。また別の研究では「各々の財産が見えた状態だと人間は協力しないようになる」というような知見が得られたといいます。

これらの研究を手がけた張本人が、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)フィールディング公衆衛生大学院で疫学分野のAssistant Professorを務める西晃弘先生です。話を伺い、キャリアの足跡をたどることで、研究者としての葛藤や、社会医学の存在意義が見えてきました。

社会科目が大好きだった少年時代と、ケニア渡航を経て道が見えた大学時代

医師を目指し、社会医学分野に興味を持ったきっかけを教えてください。

小学生のときから「何でリンゴはこの地域で作られているのだろう」などと考えたり、習った地図記号でオリジナルのマップを作成したりするほど、社会科目がとにかく好きな子どもでした。その後進学することになる灘中学校(兵庫県)の入学試験には、試験科目に社会がなく、憤慨したほどです。相変わらず社会科目は好きでしたが、大学受験では、一番を目指す気持ちが強かったこともあり、入試の偏差値が高い東京大学の理科三類を受験して、医学の道を選びました。

大学に入ってからは、もともと国連やユニセフ、世界保健機関(WHO)などに興味があったこともあり、早稲田大学のインカレサークルで模擬国連に取り組んでいました。そんな中、転機となったのはケニアへの旅行です。伯父が環境省から出向し、現地で働いていたところに遊びに行きました。3週間ほどかけてサファリの大自然に身を浸し、満足して帰りました。しかし、後になってケニアの実状を知る機会があり、非常にショックを受けることになったのです。大きなスラム街があること、そこでエイズが蔓延していることなど、想像もしなかった現実を知り、そうした問題に取り組む人間になりたいと考えるようになりました。それからは模擬国連で、エイズに関する議題を中心に、国内外の学生と熱く議論を交わしました。
※実際に国連で行われる会議を模して、学生たちが議論や運営を行う活動。世界各国で行われている。

また、医療問題や理想の病院について考える団体にも参加し、医療関係の記者や政治家と話したことをきっかけに、ある参議院議員の下でインターンもしていました。その先生は医師でもあったので、臨床以外にも人々の健康に寄与する方法があると実地に学ぶことができたと考えています。

自身が手がけた「初めての研究」にはどのような思い出がありますか。

初めてデータに触れたのが、大学5年生のときです。東大の公衆衛生学の実習で、筑波大学の田宮菜奈子先生(現筑波大学ヘルスサービス開発研究センター・センター長)の元を訪ねました。エクセルに入力された解析可能なデータ、そしてアンケート用紙の原本を渡されて、「これを使って何をしてもいいよ。2週間後にまた来てね」と言われて驚いたことを覚えています。統計解析ソフト「SAS」の解説書を頼りに、手探りでデータ分析を始めてみたのですが、これが想像以上に面白く「向いているかもしれない」と思いました。SASの使えるコンピュータがあった東大の総合図書館に閉館まで居座りながら、夢中になって数字を追いかけたのが懐かしいです。

田宮先生は大恩人であり、その後も研究活動をご一緒することになります。私にとって初めての論文も、田宮先生と一緒に手がけた「家族介護に関する研究」をまとめたものです。「男性は嫁(子どもの妻)から介護されると長生きするが、女性の場合は短命になる」という結果が得られ、英国の医学誌「BMC Geriatrics」に掲載されました。

「富の不平等」は見えないほうがいい? 医療から少し離れた世界の真理

大学卒業後、ハーバード公衆衛生大学院に留学した経緯を教えてください。

公衆衛生学をもっと深く学ぶために、初期研修後に海外留学をしても良いかもしれないと考えていました。また、留学資金をためながら英語力を磨きつつ、興味があった救急・小児での臨床経験も積んでおきたいという思いもありました。そうした思いをかなえる初期研修先として懐深く受け入れてくれたのが、北海道の北見赤十字病院でした。当直のすき間時間にリスニングの勉強をして、救急車のサイレンが聞こえたらERまでダッシュするような生活を2年間続けました。その後、幸いにもハーバード公衆衛生大学院の修士号プログラムに合格し、奨学金を受けて2009年に渡米しました。

ハーバードで所属したのは、田宮先生からご紹介いただいたイチロー・カワチ先生のラボです。ここでは、社会のさまざまな要素と健康の関係を調べる社会疫学に取り組んでいました。私が力を入れていたのは、医療政策を健康の社会的決定要因の一つと捉えた研究で、例えば、「介護保険」や「国民皆保険制度」が日本人の健康や経済にどのような影響を与えているかというテーマです。この研究を行ったチームのサードオーサーとして「ランセット」に名前を載せることができました。元キングズ・カレッジ・ロンドン教授の渋谷健司先生や東京大学の橋本英樹先生、田宮先生など、公衆衛生学のトップクラスの先生方とご一緒させていただき、研究活動に没頭できたことは、かけがえのない経験となりました。

その後、エール大学、UCLAフィールディング公衆衛生大学院と活動の場を移すことになりますが、どのような研究を手がけてきたのですか。

ハーバード公衆衛生大学院で博士課程まで修了した後、初めて医学を離れた研究をすることにしました。健康の社会的決定要因には「経済格差」や「周囲との絆の希薄化」など、まさしく社会と密接にかかわる要素があり、それらの課題に焦点を当ててみたいと考えていました。そこで、エール大学に行き、ネットワーク科学研究所と社会学部に所属し、ニコラス・クリスタキス先生に師事しました。彼はネットワーク科学などを専門とする高名な医師・研究者で、「肥満は伝染する」と述べたユニークな研究でも知られています。21年5月には『疫病と人類知―新型コロナウイルスが私たちにもたらした深遠かつ永続的な影響』(講談社)という興味深い著書を出版されました。クリスタキス先生からソーシャルネットワーク研究について教わり、「他者の富が見えると協力行動が損なわれる」という趣旨の実験論文をまとめたところ、「ネイチャー」への掲載に至りました。

実はこの一本の論文が、研究者として大きな分岐点になりました。掲載までは決して平坦な道のりではありませんでした。13年から2年間ほど、ほとんど他の論文を出すことができず、「スランプ」とも言えるような状態に陥っていたのです。この論文が書けなければ、エール大学では成果が上げられず帰国を選択、なんていうことになっていたかもしれません。エール大学のあるコネチカット州ニューヘイブンは治安が悪く、さらに風が強かったり雪深かったりと、気持ちがどんよりと落ち込むことも多かったです。そんな中で、成果を出すために研究に明け暮れました。とにかく研究しかなかった、そんな時期がありました。

この研究は、お金の取り合いをするようなオンラインゲームを用いて「富の不平等と可視性」について調べたものです。プレーヤーが保有する富が他者に見えると協力関係を築けず、反対に見えない状況をつくると協力行動が成り立つ上に、全体の富も損なわれない――という結果が得られました。現代では情報の透明性が重視され、米国の経済誌「フォーブス」の世界長者番付のように、高額所得者の資産が公表されることもあります。しかし、こうした情報をやみくもに出すことが、社会にとってプラスに働くとは限らないのです。医療からは少し離れた話ですが、世の中に知られていない真理を見つけられたような思いがした、とても印象深い研究の一つとなりました。

その後、16年にUCLAフィールディング公衆衛生大学院へ移り、現在に至ります。最近では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染対策に関する研究を手がけ、20年に発表しました。当時、実効再生産数(1人の感染者から何人に感染が広がるかを示す数値)は2.5ほどでしたが、1日に接触する人数をどのくらいまで減らせば1未満になるかをシミュレーションしたものです。

社会医学が気になる5%の、そして気にならない95%の医学生へ

社会医学における研究の難しさや魅力とはどのようなものでしょうか。

どれだけ素晴らしい研究成果を発表しても、それが社会実装に至るまでには非常に高い壁があります。「ランセット」や「ネイチャー」に論文が載ったところで、それで医療保険制度が変わったり、世界長者番付のようなものがなくなったりすることはありませんでした。COVID-19の実効再生産数をシミュレーションして日米の政治家などに向けて発信しても、政策に生かしてもらうのは難しいということも痛感しました。論文掲載は研究者にとっては大きな価値を持ちますが、そこにこだわりつつも、今後は「本当に社会へインパクトを与える」ことをより一層、目指していきたいと思っています。

ただ一方で、たとえ社会実装に至らなかったとしても、研究活動自体に面白さを見出せるタイプでないと、研究者としては息が続かないようにも感じています。新しいデータを読み解き、そこから考察やシミュレーションを繰り返し、世の人たちがまだ知らない新しい「何か」を発見する――。このプロセスにこそ純粋な喜びがあり、私にとってはこの上ないモチベーションになっています。

最後に、社会医学系に興味を持つ医学生や医師たちへメッセージをお願いします。

医学生に社会医学の重要性を説いても、95%は興味を持たないでしょう。関心を持ってくれた貴重な5%の学生たちには、「気になるなら飛び込んでみよう」と背中を押したいと思っています。もしかすれば、UCLAでも何らかの形で受け入れることも可能かもしれません。この領域では、私がクリスタキス先生の下で学んだように、世界のトップとの距離感が意外と近い。飛び込む勇気さえあれば、そうした卓越した先輩方と一緒に働ける可能性が高いということは、若き研究者にとって大きなメリットだと思います。ただ、関心を抱かなかった95%の学生も、社会医学のことを頭の片隅には置いていてほしいと思います。というのも、学生時代はまったく興味がなさそうだったのに、結果的に社会医学の世界に足を踏み入れた同級生や知り合いがたくさんいるからです。そうした人が皆さんの中からも、少なからず出てくるはずです。

進路に迷ったときには、「違和感」に注目してみてください。私は電車が好きだったので、灘中に進学してすぐに鉄道研究部に入りました。しかし、活動を続けるうちに、「あれ、他の部員と違って、自分は車両の型番にもエンジンの種類にもまったく惹かれていないぞ」と話が合わないことに気付き、退部しました。よくよく考えてみると、私が本当に好きなのは電車自体ではなく、「車両の色やデザイン」や「どのような駅に駅弁が売っているか」だったのです。

このように、自分の興味の対象を特定する際には、実際に何かを体験したり、ゆっくり考えたりする中で感じる違和感がカギになります。例えば風邪を引いてしんどい時、診察を受けるには病院までわざわざ足を運ばなければならないことに違和感を感じ取ることができれば、オンライン診療の制度やシステム作りに興味が湧くかもしれません。医学生や医師として、経験を積んでいく過程で何らかの違和感を感じ取った皆さんには、社会医学という選択肢があることをぜひ覚えていてもらいたいです。実はあなたにぴったりな学問かもしれません。

西先生プロフィール写真

PROFILE

西 晃弘(にし・あきひろ)

東京大学医学部医学科を卒業後、北海道の北見赤十字病院で初期研修を経て、2009年にハーバード公衆衛生大学院へ留学。修士・博士課程を修了後、13年からエール大学でニコラス・クリスタキス氏に師事。16年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)フィールディング公衆衛生大学院へ移り、疫学分野のAssistant Professorとなる。プライベートでは、タイの薬剤師である妻と共に一児を育てる父親でもある。社会医学系指導医。
Twitterアカウント→@Nishi_Akihiro