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2026.08.25

ドラキュラの診察室 第5回:診療所の(非)典型的な一日【トカン・ヴラッド】

文・写真:トカン・ヴラッド

佐賀県では今年、4月頃から手足口病が増え始め、7月の前半まで流行が続きました。そのほか、周期的に増えるRSウイルス感染症とヒトメタニューモウイルス感染症、毎日のように検出される溶連菌、なぜか今年は収束しない水痘(水ぼうそう)。そして6月末からは新型コロナウイルスまで加わって、冬の感染症シーズンとほとんど変わらない忙しさでした。

今回は、診療所のありふれた日々の中で、特に小児科医としての対応力を試された一日について、共有したいと思います。振り返ってみると、この日は診療所の小児科医が仕事をする上で大切なことが詰まっていました。

※個人情報保護のため患者さんの年齢などの特性や一部の症状を変えています

溶連菌感染治療後の皮疹を診て教科書を開く

診療開始直後、2週間前に溶連菌性咽頭炎でアンピシリン(ペニシリン系抗菌薬)治療を行った6歳の女の子が来院しました。問診票には、数日前から出たり消えたりする皮疹があり、首が痛くて前に曲げることができないと書かれていました。

溶連菌感染症では、咽頭の強い赤みのほか、全身に細かい発疹を伴うことがあります。また、治療に使った抗菌薬による薬疹(薬の副作用によって生じる発疹)が出ることも珍しくありません。問診票を読んだ時点では、遅れて表れた薬疹か、たまたま出た別の皮疹か、それとも溶連菌感染の再燃か――という可能性を疑っていました。

ところが診察すると、熱も咽頭の赤みもありません。体幹(胴体)と四肢には硬貨大の紅斑が数個あり、そのうち二つほどは、縁が少し盛り上がった「輪状紅斑」でした。それから、首の痛みに加え、左手首にも痛みがあるようでした。

それを知った瞬間、小児科専門医試験の勉強中にしか意識したことがなかった「リウマチ熱」という疾患が思い浮かびました。

リウマチ熱は溶連菌感染後に起こりうる合併症で、発熱、関節炎、輪状紅斑、皮下結節、舞踏病(意識とは無関係に体が不規則に動く)といった症状に、心炎、心電図の「PR間隔」の延長、炎症反応の上昇などの検査所見を組み合わせた「Jones診断基準」を用いて診断します。リウマチ熱は、日本を含め溶連菌感染症に対して抗菌薬治療が行われる国では、発症率が1万人当たり1~2人とまれです。しかし、もし心臓に何らかの影響がある場合は重篤な合併症を引き起こしている可能性があるため、決して見逃してはいけません。

朝一番で外来が慌ただしい時間帯でしたが、片手に教科書を持ち、心電図をとり、採血しました。心配するような所見はなかったので、可能性は低いと思いながらも二次病院に紹介しました。結果として、心エコーでも異常が見られず、安心しました。可能性は低くても「除外する必要がある疾患」が頭をよぎったときは、一度立ち止まって確かめる。その姿勢で行動できてよかったと思っています。

水痘を侮るべからず

先の患者さんを送り出して間もなく、前日に水痘(水ぼうそう)と診断した5歳の男の子が再診に来ました。もともと難治性のアトピー性皮膚炎があり、サイトカインシグナル(免疫細胞が分泌するタンパク質「サイトカイン」によって、免疫や炎症が調節される仕組み)を抑制するJAK阻害薬(バリシチニブが代表的)を使用中でした。

前日に診た時は発熱もなく、水痘疹も少なく、一部はすでに痂皮(かひ:かさぶた)化していました。皮膚科の主治医に確認してJAK阻害薬を中断し、抗ウイルス薬の内服を処方して経過を見る方針にしました。ただ、免疫を調整する薬を使っている以上、悪化する懸念は残っていました。

再受診時は、水痘疹が全身に広がり、高熱もあり、ぐったりしていました。これぞ「ウイルス血症(ウイルスが血液を介して全身に広がり、強い炎症反応を起こした状態)」という印象でした。この症状の勢いを外来で止めるのは難しいと判断し、すぐに二次病院へ紹介しました。病院での点滴治療の効果もあり、数日後には元気に退院できました。

水痘はよくある感染症ですが、誰に対しても「同じ顔」を見せるわけではありません。患者さんの背景を考慮することの大切さを、改めて教えられた症例でした。

はしかは偽物でも大騒ぎ

午後には、1週間ほど鼻水やせき、そして間欠的な発熱を繰り返していた1歳前後の男児が来院しました。

その子は、いったん熱が下がった後に再び発熱し、食欲も元気もありませんでした。前日から全身に派手な皮疹が広がり、皮膚の表面が小さく盛り上がった丘疹(きゅうしん)と紅斑が入り混じっていました。突発性発疹の好発年齢ではありましたが、しっかり高熱があるので突発ではないと考えました。

数日前に眼脂(がんし:めやに)もあって、経過として二相性の発熱(一度熱が下がった後、再び発熱すること)でした。これは、麻疹(はしか)の患者にみられる特徴です。ちょうどその頃は佐賀県と隣の福岡県、長崎県でポツポツと麻疹の報告があったため、麻疹を鑑別に挙げないわけにはいきませんでした。

麻疹を疑ったら、保健所に連絡が必要です。ご両親に説明してから保健所に連絡すると、1時間以内に職員が来院しました。それから、接触者の調査と、血液や咽頭ぬぐい液、尿の採取が始まりました。
左:感染症専用診察室で、麻疹を意識する前の筆者(普段の姿)
右:感染症専用診察室で、麻疹を意識した後の筆者(再現)
当院は感染症(発熱)エリアと非感染エリアを分け、発熱エリアには隔離室を三室設けています。しかしその日は、麻疹疑いの患者さんを隔離した状態で保健所職員に作業してもらうために、発熱エリア全体を閉鎖しました。他の発熱患者さんには車で待機してもらい、非感染エリアの動線を組み替えて、残りの診療を続けました。診療所全体がにわかに「小さな対策本部」になったような午後でした。

翌日、保健所に提出した全ての検体から麻疹ウイルスは検出されなかったことが分かりました。その結果を聞いてホッとしました。麻疹ではなかったからといって、あの半日が無駄だったわけではありません。麻疹を疑ったときに、何が起き、何をしなくてはならないのかを、職員全員が実地で学ぶ機会になりました。

終わりに

その日の受診患者数は約50人で、人数としては比較的少ない日でした。それでも、いつもと異なる鑑別を考え、診療の合間に調べ物をし、二次病院や保健所と連絡を取り、院内の動線を組み直す……という通常とは違う慌ただしさの中で、改めて一次医療の役割と重要さを考えさせられた一日になりました。

診療所の一日は、たいてい「よくある病気」の連続で、ほとんどの患者さんは軽症だということについては、このコラムの過去の回でも述べました。しかし、そのよくある病気の中には、時々いつもと違う一人、まれに二人あるいは三人の患者が混じることがあります(実は同じ日に、大学病院の症例報告に値するほど珍しい病態の患者さんも初診で来たのです)。こうしたとき、限られた時間と環境の中でも、これまでの経験や知識を丁寧にたどり、必要に応じて調べ、連携先につなぐ。その積み重ねが、地域の小児医療を支える一部になると信じたいです。
トカン・ヴラッドプロフィール画像

トカン・ヴラッド

ルーマニア出身の小児科医。1995年に来日。京都大学で日本文化を専攻し、卒業後に茶道裏千家に勤めながら茶道の修行を積む。

その後、九州大学医学部に入学し、医師国家試験合格。専門は小児内分泌学、先天代謝異常症、臨床遺伝で、小児科専門医・指導医、内分泌専門医、人間・環境学修士、医学博士の資格を持つ。

九州大学病院をはじめ福岡県内の病院での勤務を経て、2025年に佐賀県武雄市で小児科クリニック「わかば子どもクリニック」を開業。