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2026.03.31

ドラキュラの診察室 第3回:新米開業医が考える「一次医療」<上>【トカン・ヴラッド】

トカン医師が佐賀県武雄市に小児科クリニックを開業して一年が経とうとしています。開業まで長らく働いた大学病院からクリニックに軸を移したことで、一次医療の見え方に変化があったといいます。今回は<上>。

佐賀県武雄市のシンボル御船山の麓にある御船が丘梅林に咲く白梅の花=2026年3月

文・写真:トカン・ヴラッド

「春在枝頭已十分」
――春は枝頭にあってすでに十分。

中国(宋時代)の詩人・載益(たいえき)によるこの詩は、春を探して遠くまで出かけたものの見つからず、疲れて帰宅した時に、庭の梅の木の枝先に小さなつぼみを見つけた場面を歌っています。探していた春は、実はすぐ近くにあったというわけです。私たちが求めているものも、案外身近なところにあることを教えてくれます。

私が暮らす佐賀県武雄市にも、どうやら春がやってきたようです。梅の名所「御船が丘梅林」の白梅が美しい花を咲かせていました。

さて、今回は開業して一年足らずの私が考える「一次医療」について<上><下>の2回に分けて、少しお話ししてみたいと思います。まず、<上>です。

開業するまでに見えていた一次医療の姿

私がいう「一次医療」とは、いわゆるプライマリ・ケアを指します。医療の入り口であり、体調を崩したときに患者さんがまず受診する街のクリニックなどが担っています。

私は開業するまでは長らく大学病院で働いていました。すなわち、生命に関わる重症の患者や専門的な治療が必要な希少・難治性疾患の患者が集まる三次救急医療機関にいたわけです。ただし、一次医療と無縁だったわけではありません。大学病院の医師の多くは外勤、いわゆる「バイト医」(言葉の移り変わりで「ネーベン」とも呼ばれるようになっています)として地域のクリニックや休日・夜間急患センターに出向きます。私も多い時には週に2〜3回勤務していました。

そこでは急に具合が悪くなった患者さんたちを診察していました。非常勤医師である自分は、その後の経過を知ることはほとんどありませんでした。患者さんと接する時間はごく短く、外勤先を出る頃には自然と記憶が薄れていました。そのため、「大学病院の忙しい診療の合間に軽症の患者さんを何人か診る」という感覚で働いていました。

クリニックで生まれる患者さんとの関係

しかし、診療の拠点をクリニックに移すと、この感覚は大きく変わりました。一度診た患者さんが、症状が続けば数日後、あるいは翌日に(小児科では特に珍しくありません)再び来院します。短い間隔で何度も顔を合わせるうちに、患者さんとの関係は少しずつ形を持ち始めます。

私はそれを、綿菓子が製造機の中で割り箸の周りにふわふわと重なっていく様子に似ていると感じています。最初は細い芯だけですが、回転するうちにやがて大きく、そして粘り強く形を作っていきます。

そうなると、患者さんが帰った後、夜になっても「あの検査でよかっただろうか」「あの診断で本当に大丈夫だろうか」と考えることが少なくありません。

一次医療の役割はとてもシンプルで、患者さんが安全に家に帰れるようにすることだと考えています。実際、患者さんの困りごとの大部分はクリニックレベルで解決しています。しかし、クリニックで対応できないと判断した場合には、二次救急医療機関や三次救急医療機関などに紹介します。

一見遠回りのように見えるかもしれませんが、最終的に患者さんが安全に日常生活へ戻れることを考えれば、それも一次医療の大切な仕事だと思います。

一次医療はガラポン抽選

厚生労働省の「医療施設調査(2024年)」と「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況(2024年)」によると、日本には約10万の診療所があり、そこに約11万人の医師が勤務しています。全国の診療所の外来患者は1日当たり約449万人と同省の「患者調査(2023年)」にあるので、単純計算すると1人の医師が1日平均41人ほどを診察していることになります。

一次医療の毎日は、例えるならガラポン抽選器を回すようなものです。

上述したように来院する患者さんの多くは軽症ですが、時には専門医療が必要な患者さんや、緊急対応を要する患者さんが突然現れます。病院では同僚と相談したり、チームで対応したりすることができる安心感がありますが、クリニックでは基本的に一人で判断しなければなりません。

ちなみに病院でも「一人当直」はかなり心細いものです。私も大学病院や外勤先の当直中に、何度も冷や汗をかいた経験があります。

余談ですが、当直時に寝泊まりする「当直室」という空間は、病院ごとの文化が色濃く表れる場所です。漫画やドラマの舞台になりそうな部屋もたくさんあります。興味のある方は、私の大学時代の友人で、優れた教育者、エンターテイナーでもある湊しおり先生のコラムをぜひ読んでみてください。

<下>に続く
トカン・ヴラッドプロフィール画像

トカン・ヴラッド

ルーマニア出身の小児科医。1995年に来日。京都大学で日本文化を専攻し、卒業後に茶道裏千家に勤めながら茶道の修行を積む。

その後、九州大学医学部に入学し、医師国家試験合格。専門は小児内分泌学、先天代謝異常症、臨床遺伝で、小児科専門医・指導医、内分泌専門医、人間・環境学修士、医学博士の資格を持つ。

九州大学病院をはじめ福岡県内の病院での勤務を経て、2025年に佐賀県武雄市で小児科クリニック「わかば子どもクリニック」を開業。