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2026.06.24

ドラキュラの診察室 第4回:クリニックでできるPrecision Medicineを求めて<下>【トカン・ヴラッド】

一次診療の現場でも、患者さん一人一人の特性、特に遺伝的背景を全く考えずに医療を行う時代ではなくなっていくのではないか――。佐賀県武雄市で働くトカン医師は最近そう感じているといいます。一次診療の現場でいわゆるPrecision Medicineがどこまで可能なのかを、上下の2回に分けて考えてくれました。今回は<下>。

文・写真:トカン・ヴラッド

前回は、Precision Medicine(精密医療)とは何かと、クリニックで現在できることについてお話ししました。今回は、今後何ができるのかを考えてみます。

これからのPrecision Medicine①:ポリジェニックスコア

保険診療の枠を越え自由診療まで視野を広げると、近い将来、多くの人が受けるようになるかもしれない予防医療としてのPrecision Medicineが見えてきます。その一つがポリジェニックスコアです。

遺伝子の塩基配列の違いの中で、一般的に集団の1%以上に見られるものを遺伝子多型と呼びます。ポリジェニックスコアは、多数の遺伝子多型の分析から疾患のリスクを評価し、「一般集団と比べて高血圧症になりやすい」「アルツハイマー病のリスクが相対的に高い」といった形で結果が示されます。

天気予報と同じで100%当たるわけではありませんが、「傘を持って外出するかどうか」などを考える材料にはなります。もちろん、不安を喚起する側面もあります。でも、リスクが低いと分かった場合は安心材料にもなります。

こうした情報を基に食事や運動を計画的に調整することで、発症リスクを下げられる可能性があります。将来的にはポリジェニックスコアが健康診断に組み込まれるのではないかと、私は予想しています。多くの人の人生設計の大事な要素になるかもしれませんし、その情報を提供する医師にとっては患者さんと一緒に未来への道を歩むためのツールになり得るのです。

これからのPrecision Medicine②:薬剤感受性の遺伝学的検査

もう一つは、薬剤感受性と副作用のリスクを予測する遺伝学的検査です。抗がん剤ではすでにガイドラインで推奨されている検査ですが、実は日常診療でよく使う薬にも、この考え方は広がりつつあります。

例えば、高尿酸血症で処方するアロプリノールや高コレステロール血症治療薬のプラバスタチン、胃薬のオメプラゾール、鎮痛薬のイブプロフェンなどについても、効果や副作用に関わる遺伝子多型の情報が蓄積しています。「この薬が効きにくい体質だ」「この副作用が出やすい体質だ」ということが、処方前に分かる時代がすぐそこまで来ています。

また、国が進める電子処方箋の普及により、医療機関・薬局間での情報共有が進んでいて、重複投薬や併用禁忌投与の防止、薬剤数の適正化が期待されています。私のクリニックでも電子処方箋を導入しています。このシステムに薬剤感受性の遺伝的情報が統合されれば、より安全で個別化された医療の実現に近づくはずです。

遺伝学的検査の課題

もちろん、課題がないわけではありません。多くの遺伝学的検査は自由診療で、費用が高額です。また、まだ発症していない段階で将来の疾患リスクを知ることは、心理的な負担になる可能性があり、慎重な対応が求められます。

小児科医の立場からいうと、遺伝学的検査のほとんどは小児期に行うべきではありません。遺伝子は生涯変わらないものであるため、成人後によく検討した上で、本人が自分の体質を知りたい場合に、インフォームド・チョイス(医師から説明を受けた上での選択)として検査を受けるべきです。

医療機関を介さず直接消費者に提供されるDTC(Direct to Consumer)遺伝学的検査も普及していますが、注意が必要です。手軽に検査が受けられる一方で、検査項目の根拠、検査自体の精度、そして結果の解釈が適切かどうかを見極めるのには、高度な専門的知識と経験が必要です。その見極めは、医療者であっても容易ではないのです。

終わりに

医療は年単位、時には月単位で変わっていきます。さらにAIの進歩が加わり、その変化は一段と加速しています。個別化医療が一次診療の現場でも当たり前になる日は、そう遠くないでしょう

「不易流行」という言葉があります。いつまでも変わらない本質を大切にしながら、新しいものを取り入れていくという意味です。医師として、クリニックの管理者として、そして社会の一員として、私はそういう姿勢でこれからの変化に向き合っていきたいと思っています。

開院1周年を迎えたクリニックのエントランスに立つ筆者

トカン・ヴラッドプロフィール画像

トカン・ヴラッド

ルーマニア出身の小児科医。1995年に来日。京都大学で日本文化を専攻し、卒業後に茶道裏千家に勤めながら茶道の修行を積む。

その後、九州大学医学部に入学し、医師国家試験合格。専門は小児内分泌学、先天代謝異常症、臨床遺伝で、小児科専門医・指導医、内分泌専門医、人間・環境学修士、医学博士の資格を持つ。

九州大学病院をはじめ福岡県内の病院での勤務を経て、2025年に佐賀県武雄市で小児科クリニック「わかば子どもクリニック」を開業。