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2026.04.07

ドラキュラの診察室 第3回:新米開業医が考える「一次医療」<下>【トカン・ヴラッド】

トカン医師が佐賀県武雄市に小児科クリニックを開業して一年が経とうとしています。開業まで長らく働いた大学病院からクリニックに軸を移したことで、一次医療の見え方に変化があったといいます。今回は<下>。

佐賀県武雄市のシンボル御船山の麓にある御船が丘梅林に咲く白梅の花=2026年3月

文・写真:トカン・ヴラッド

「春在枝頭已十分」
――春は枝頭にあってすでに十分。

中国(宋時代)の詩人・載益(たいえき)によるこの詩は、春を探して遠くまで出かけたものの見つからず、疲れて帰宅した時に、庭の梅の木の枝先に小さなつぼみを見つけた場面を歌っています。探していた春は、実はすぐ近くにあったというわけです。私たちが求めているものも、案外身近なところにあることを教えてくれます。

私が暮らす佐賀県武雄市にも、どうやら春がやってきたようです。梅の名所「御船が丘梅林」の白梅が美しい花を咲かせていました。

さて、今回は開業して一年足らずの私が考える「一次医療」について<上><下>の2回に分けて、少しお話ししてみたいと思います。今回は<下>です。

小児科の一次医療は多彩だ 予防接種と乳幼児健診

小児科の一次医療では診療だけでなく、予防接種と乳幼児健康診査(乳幼児健診)も重要な仕事です。

乳幼児健診には自治体の集団健診とクリニックでの個別健診があります。特に集団健診では、短時間で多くの子どもを診察する必要があり、実はかなり高度な技術が求められます。私の地域では25〜30人ほどの子どもたちを約1時間半で診察します。ではどのように診るかというと、とにかく五感を研ぎ澄まし、集中するのみです。

一組の親子が診察スペースに入ってきたら、私はまず、子どもの歩き方や周囲への反応を観察し、運動発達と精神発達、さらには親子関係を大まかに評価します。次に、聴診器を準備しながらあいさつをして、子どもに声をかけ、保護者に追加の質問をして必要な情報を集めます。診察では、聴診に加え皮膚の状態や筋トーヌス(筋肉の緊張の程度:神経筋疾患などの可能性を診ています)、頭頸部(とうけいぶ)の所見などを短時間で確認します。そして、その間も「何か引っかかる点はないか」ということに注意を向け続けています。

最後の子どもを診察し終えて聴診器を首から外す瞬間、私はいつも、長い戦いを終えた剣士が刀をさやに収めるような気持ちになります。

休日・夜間の急患センター

佐賀県武雄市には急患センターがあり、日曜・祝日の日中の急患に対応しています。また、毎日午後7~9時は同センターで「小児時間外診療」を行っています。

小児科の開業医はどちらにも出勤しますが、それだけでは人手が足りないので、夜は佐賀大学医学部小児科学教室などから支援を受けて、昼間に受診できなかった子どもたちを365日体制で診られるようにしています。

筆者が月数回勤務する武雄市の「小児時間外診療」の外来の風景=2026年2月

都市部の救急センターと比べると設備は限られています。炎症反応を確認するための血液検査はできますが、レントゲンは撮れません。そのため、診断や治療方針はかなりの部分を医師の経験に頼ることになります。

以前勤務していた福岡市の急患センターではCT(コンピュータ断層撮影)検査が可能で、なおかつ内科と小児科は複数の医師が勤務していました。そこには、やはり地域の医療資源の差を感じます。しかし人口の少ない地域で、都市部と同じ医療体制を整えることは現実的ではありません。

武雄市の急患センターの小児時間外診療の受診者は1日当たり平均2~3人で、そのほとんどが軽症です。まだ重症患者を診たことはありませんが、入院が必要な患者さんも一定数存在するので、夜間救急は決して不要ではありません。

福岡県内の急患センターで診療していた時は心肺停止や呼吸不全やけいれん重積(長い発作が持続する、または、短い発作が反復して意識の回復がない状態)の患者を診たことがあり、夜間診療の重要性を身をもって経験してきました。

一人で判断する責任と、チーム医療の重要性

クリニックで働くようになって強く感じているのは、一人で判断する責任の重さです。

病院では迷ったときに、検査を追加したり同僚に意見を求めたりできます。しかしクリニックでは、限られた情報から患者さんを家に帰してよいかどうかを短時間で判断しなければなりません。必要な対応をしなかったことで1人の患者さんの状態が悪化すれば(十分な対応をした上での自然増悪ももちろんありますが)、千人の患者さんを安全に診療できたとしても、その失態は相殺されるものではありません。

だからこそ私は、他の医療機関との連携も広い意味でのチーム医療だと考えています。必要なときに高次の救急医療機関を紹介することは、患者さんの安全を守るための大切な判断です。

春は案外、すぐそばにある

少し重い話になってしまいましたが、実のところ私は今、とても充実した日々を送っています。

開院してからもうすぐ1年。これまでに約2700人の子どもたちに出会いました。短い期間でも、その成長を実感する瞬間があります。診療は決して楽ではありません。それでも、私は毎日ワクワクしながら仕事をしています。

もしかすると、私が探していた「春」は、まさに今ここにあるのかもしれません。
トカン・ヴラッドプロフィール画像

トカン・ヴラッド

ルーマニア出身の小児科医。1995年に来日。京都大学で日本文化を専攻し、卒業後に茶道裏千家に勤めながら茶道の修行を積む。

その後、九州大学医学部に入学し、医師国家試験合格。専門は小児内分泌学、先天代謝異常症、臨床遺伝で、小児科専門医・指導医、内分泌専門医、人間・環境学修士、医学博士の資格を持つ。

九州大学病院をはじめ福岡県内の病院での勤務を経て、2025年に佐賀県武雄市で小児科クリニック「わかば子どもクリニック」を開業。