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2024.11.27

小徳羅漢医師(5)島バカ日誌~恋した島は数知れず~

奄美大島で働く小徳羅漢医師の「離島恋愛遍歴」をご紹介! 長崎県や鹿児島県、オーストラリアなどで、数々の離島に「恋」しちゃったんだそうです。

実は僕、けっこうプレイボーイなんです。相手は「島」ですけど――。

奄美大島に移住して、今年で4年がたちました。ここに来るまでにたくさんの島を訪れました。島と医者は一期一会。島との出会いは医者を成長させ、別れもまた、僕らを強くしてくれます。今回は、そんな僕の「離島恋愛遍歴」を紹介します。

文・写真提供/小徳羅漢

高校の修学旅行で長崎県へ。ここから「島バカ」人生が始まりました。中央の黒ベストが僕です(照)=2008年
高校2年生の秋、修学旅行先で一目ぼれでした。とってもきれいだったんです。相手は、長崎県長崎市の伊王島という人口200人ほどの小さな島です。高速船に乗って、遊びに行きました。その帰りに、ある話を聞き衝撃を受けました。医師は島に住んでおらず、毎朝、船で長崎県本土から来て、夜になると帰っていくというのです。当時の僕は「この島の人が夜に病気になったらどうするんだろう?」と真剣に考え、「そうだ、僕が医師としてこの島に住めばいいんだ!」と離島医療を志すようになりました。

そんな思いを胸に医学部に入学したのですが、エラそうな先生に「地方は出世コースから外れた落ちこぼれが行く場所」と言われてしまいました。さらに、伊王島と本土に橋が架けられたことを知り、僕の気持ちはしぼんでいき、自堕落な大学生活を過ごすようになりました。

そんな僕が再び離島医療を志すようになったのは、大学5年生の時に友達と旅行がてら訪れた鹿児島県の病院の見学がきっかけでした。そこにいたのは「出世コースから外れた落ちこぼれ」ではなく、患者さんのために本気で地域医療に向き合う先生たちで、その姿がとても格好良かったのです。

しかも、その時訪れた病院の一つの鹿児島市医師会病院の研修プログラムでは、漫画『Dr.コトー診療所』(小学館)に出てくる離島のモデルになった下甑島(しもこしきしま)で、主人公・五島健助のモデルになった「本物のDr.コトー」の下、研修ができるというんです。ミーハーな僕は「Dr.コトーにモデルがいたの!? ぜひ会いたい!」と、卒業してすぐに縁もゆかりもない鹿児島県に単身移住し、研修医生活をスタートさせました。

「本物のDr.コトー」瀬戸上健二郎先生(中央)の最後の診療日を一緒に過ごしました=下甑島で2017年3月
初期研修医1年目の終わりに、下甑島で「本物のDr.コトー」瀬戸上健二郎(せとうえ・けんじろう)先生と一緒に働かせてもらえることになりました。小さな島で医師をしていると、診察した患者さんと町で偶然出会うことがあり、「ありがとう」と言ってもらえたり、「あの薬、効かなかったよ」と言われたりします。すると、自分が診た患者さんがしっかりと病院の外で生活しているんだという当たり前のことを、リアリティーを持って感じられました。病院でしか会わないと、意外とその実感が持てないんです。この経験から、医師として必要とされていることが強く感じられる離島医療の魅力に、完全にハマ(沼)りました。

またこの時が、瀬戸上先生は医師を引退する前、最後のひと月でした。先生から「(外科医が離島で活躍するような)Dr.コトーの時代は終わったんだ。これからは君たち(総合診療)の時代だ」と言われて以来ずっと、離島医療には何科の医師が、どんな医療が必要なんだろうと考えています。

屋久島徳洲会病院・山本晃司院長と。この世に同じ島は二つとないことを学びました=屋久島で2017年8月
離島医療に完全に首ったけになった僕は、いずれも鹿児島県の種子島や屋久島、口永良部島(くちのえらぶじま)で2年目を過ごしました。種子島と屋久島では何でも診ることができる超人のような医師たちに出会いました。彼らが僕が初めて出会った「総合診療医」です。「総合診療医は本当に何でも診るんだ! 診ていいんだ! 離島には絶対、総合診療医が必要だ!」と確信しました。

また、種子島では分娩(ぶんべん)施設が無くなり、出生率が激減したことがあったそうです。その後、行政側と市民が何度も話し合って再び産婦人科を作ったと聞きました。「島を元気にするには、総合診療医だけでは駄目だ。人口が減ったら島が消滅してしまう。それを止めるには、産婦人科医も必要だ!」と、「お産のとれる総合診療医」という僕の目標が決まったのはこの時です。

医師のいない島を守る看護師の河野さん(中央)と屋久島での指導医だった川崎研一医師(右)=口永良部島で2017年8月
次に訪れた口永良部島は、医師のいない島でした。人口100人ほどの島で、看護師さんが一人いるだけです。研修で過ごしたのは1週間だけで、診療所には一日に2、3人の患者が訪れるだけでした。だけど、看護師さんから「来てくれてありがとうございました。先生がいるってだけで安心します」と言われ、島民の一人一人の命を守ることの重責を実感しました。

離島医療を志す仲間たちとの送別会。おそろいの白衣を作りました!=長崎県の中通島(上五島)で2019年3月
夢のような離島生活(初期研修)も終わりが近づき、3年目からどうするかを考えなければいけなくなりました。初期研修の2年間で島には「お産がとれる総合診療医」が必要だと感じましたが、一度に総合診療と産婦人科の専門医の両方を取得できるプログラムは日本にありません。果たして、総合診療に進むべきか、産婦人科に進むかべきか……。

悩んでいた時、へき地に特化した総合診療医を育てる 研修プログラムの広告を見つけました。広告には、日本国内だけでなくオーストラリアのへき地でも研修ができるとありました。オーストラリアの「へき地総合診療医」はお産もとるし、麻酔もするし、手術もするというのです。僕は「これしかない!」とすぐにラブコール(応募)しました。

この研修の一環で働いた上五島病院は、長崎県の中通島(なかどおりじま)という人口2万人の島にある唯一の救急病院でした。毎日、本当にたくさんの患者が来ました。今まで遊んでばかりいた僕は、ここで医師としての基礎を徹底的に学ぶことになりました。

この島での1年間の研修は、漫画『ドラゴンボール』(集英社)に登場する「精神と時の部屋(※)」での修行のように、普通の病院の3年分の経験値が得られたと思います。総合診療の「千本ノック」をひたすら繰り返しているような日々で、駆け出しだった僕も、いつの間にか総合診療医として「ムキムキ」になっていました。何より離島医療に熱を上げる若い医師が全国から集まっており、志を共にする仲間ができたことが、大きな財産になりました。今も連絡を取り合っていて、各地で頑張っている同志の存在が励みになっています。

※外界と時間の流れが異なるため、実質的に1日で1年分の修行ができる。外の世界より空気が薄く、重力が地球の10倍であることから、トレーニングにうってつけの環境。

ウェブカメラを使って遠隔地にリアルタイムで患者の状態を共有し、指示を受けながら治療をする練習の様子=オーストラリア・木曜島で2019年7月
中通島での1年間の総合診療研修を終え、次に向かった研修先はオーストラリア・クイーンズランド州にある木曜島です。オーストラリアは遠隔医療が発達しており、へき地や離島でも患者は質の高い治療を、医師は高水準の教育を受けられるシステムが構築されています。現地で見た離島医療の形は、僕が実現させたい目標の一つになりました。

グリー医師(左)。実は下甑島で出会ったご縁で、訪問させてもらいました=ノルウェー・トロムソ島で2019年7月
オーストラリアでの3カ月の研修を終え、もっと世界の離島医療を見たいと思った僕は、ノルウェーのトロムソ島に飛びました。そこでお世話になったグリー医師の言葉が印象に残っています。足場の悪い道を歩きながら、「腰が痛い患者さんが来たら、丸い石が転がっている浜辺を歩かせるわ」と言うのです。僕らは薬に頼り過ぎではないか、病気を予防するのが大事なのかもしれないと気づかされました。

世界を回って鹿児島に帰ってきた僕は、やる気にあふれていました。これまで得た経験と知識と情熱の全てをぶつけられる相手(場所)はあの島しかいないと思いました。そう、奄美大島です。実は、大学5年生の時の病院見学で一度訪れたものの、救急外来のあまりの忙しさを目にし、未熟な自分とっては「高嶺の花」だと感じ、諦めていたのです。しかし、しっかり成長した今ならふさわしい男になったはずと考え、この島に再びやって来ました。

奄美が大好きな僕は「お産がとれる総合診療医」として、この島と相思相愛になれるよう、日々修行しています。

小徳の島好きは、やや変態感が強すぎて参考にならないかもしれません。冒頭でもお伝えした通り、島との出会いは一期一会です。似たような島は一つもなく、多様性に満ちています。離島医療に興味がある人は、運命の島に出会うための旅に出てみてはいかがでしょうか。

小徳の「離島恋愛遍歴」年表
2008年 高校2年生
長崎県・伊王島:美しさに一目ぼれ。島に医師が住んでいないと知り「俺がずっとそばにいたる」と離島医療の道に進むことを決意。
2014年7月 大学5年生
鹿児島県・奄美大島:県立大島病院救急科を見学。自分の身の丈には合わない「高嶺の花」と感じ、勝手に失恋。
2017年3月 研修医1年目
鹿児島県・下甑島:離島医療の魅力に沼る。
2017年7月 研修医2年目
鹿児島県・種子島:(超人的)総合診療医に出会う。「お産がとれる総合診療医」を志す。
2017年8月 研修医2年目
鹿児島県・屋久島、口永良部島:一人の看護師が医師のいない島の医療を支える姿を目にする。
2018年4月 卒後3年目
長崎県・中通島:「精神と時の部屋」で修業。「ムキムキ」になる。
2019年5月 卒後3年目
オーストラリア・木曜島:高度な遠隔医療・教育を目の当たりにする。「海外の島も好き…かも…」
2019年7月 卒後3年目
ノルウェー・トロムソ島:予防医療とは何かを考えるようになる。「海外の島、好き…! でも俺にはあの島がいる」
2020年10年 専攻医1年目~現在
奄美大島:本命。「お産がとれる総合診療医」として、相思相愛になれるよう修行中!

PROFILE

小徳羅漢(ことく・らかん)

小徳羅漢さんのプロフィール

鹿児島県立大島病院に勤務。
1991年、茨城県生まれ。小学校高学年の時から神奈川県で暮らす。16年、東京医科歯科大学卒業。鹿児島市医師会病院で初期臨床研修後、18年には長崎県上五島病院で、19年には離島へき地医療の最先端といわれるオーストラリア・クイーンズランド州で研修。20年から現職。街中で医師らに無料相談ができる「暮らしの保健室」を開催している。趣味は温泉巡りと映画鑑賞、そして島巡り。18年に結婚し、20年に夫婦で鹿児島県奄美市に移住。2人の子どもを育てている。
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