奄美大島に来てから4回目の年越しを迎えようとしています。振り返ると、今年もいろいろなことがあったなあとしみじみ感じます。プライベートでは長男が生まれたことで家族が増え、仕事ではたくさんの初挑戦をしました。
文・写真提供/小徳羅漢
最近の息子はピアノがお気に入り。たまに上に乗ってしまうのでお姉ちゃんに怒られています=奄美大島の自宅で2024年10月
ただ、息子が生まれてからは無理がたたって夫婦で毎月のように体調を崩し、 仕事やプライベートでいろいろな人に迷惑をかけてしまいました。 改めて、自分と家族の体調管理や無理をしないことの大切さを実感しました。ただ、体調を崩すくらい限界を超えて挑戦した一年でもありました。
研究の成果をまとめたパネル。初めての英語のプレゼンはとても緊張しました!=横浜市で2024年4月
育休が明けた直後の4月、横浜市で開かれた第76回日本産婦人科学会学術講演会に参加しました。学術講演では、「妊娠高血圧腎症のスクリーニング、バイアスピリンの投与が島外搬送を減らす」というテーマで、3年近くかけてデータを集めた妊婦と胎児のリスク管理に関する研究結果を、初めて英語でプレゼンしてきました。
僕はもともと英語が苦手でしたが、初期研修医の時に医療ボランティアでカンボジアを訪れ、現地で活動をする中で英語の重要性を感じました。それから少しずつ英語の勉強を積み重ねてきて、ついにその成果を披露しました! 発表内容は事前に準備できますが、質疑応答はその場で対応する必要があるので、かなり緊張しました。奄美大島で僕たちが取り組んでいることは全ての離島・へき地のお母さんと赤ちゃんに必要なことなので、皆さんにちゃんと伝えることができて良かったと思います。
この出張では、娘と初めて父子ふたりだけで飛行機に乗りました。大好きなお母さんから長時間離れることになるので少し不安でしたが、そんな心配は必要なかったようで、娘は飛行機の中でも横浜にいる間も良い子で元気に過ごしてくれました。いつの間にか「お姉さん」になっていたんだな、と少し感慨深くなりました。
世界中から集まった婦人科医とフェリーに乗って、桜島のナイトクルーズ。奄美三線や太鼓の生演奏に合わせて、みんなで踊りました=鹿児島市で2024年7月
夏は鹿児島県で開かれた第66回日本婦人科腫瘍学会学術講演会に参加しました! この時は発表者ではなく、世界中から来た婦人科の医師たちの鹿児島観光のエスコートという大役を鹿児島大学医学部産科婦人科学教室の小林裕明教授から「小徳君、オーストラリアに行ってたからできるでしょ」と拝命しました。
観光ではバスガイドの補助のようなことをやったり、ナイトクルーズ中は英語で司会をしたりして大変な仕事でしたが、韓国や東南アジアから来てくれた医師たちと「おはら節(鹿児島民謡)」や「島唄(奄美民謡)」のリズムに乗って踊ったのは、夏の良い思い出になりました。
第70回の「宇宙航空環境医学会」。実は長い歴史のある由緒正しい学会なんです=東京都で2024年11月
11月は慈恵医科大学(東京都)で開催された第70回宇宙航空環境医学会大会で、宇宙医療と離島医療の類似点や共通点についてお話をしてきました。例えば、離島のけが人や病人を本土に搬送する際のオペレーションが、火星での活動中にけがをした宇宙飛行士を宇宙ステーションや地球への搬送に役立てられるのではないかということです。僕は昔、宇宙飛行士の選抜試験を受けたこともあったので、このオファーは本当にうれしかったですし、発表用のスライドも楽しみながら作りました。
会場には宇宙飛行士をはじめ、地上で宇宙飛行士に指示を出して彼らの健康を支える「フライトサージャン(航空宇宙医師)」、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の職員が集まり、皆が宇宙への熱い思いを語っているので、めっちゃくちゃワクワクしました。
奄美大島という離島に住んでいながら、日本中、世界中に奄美大島での自分の取り組みを発信することができ、研修医の頃よりも成長したことを実感できた一年でした。
保育園で園児と保護者に「ジェンダー教育」をしました=奄美大島で2024年9月
最後に性教育です。
第3回の記事では奄美大島の高校生1200人にコンドームを配って、使い方を教えたことを紹介しました。
活動を知ってくれた保育園や中学校、児童養護施設からも講演依頼があり、お話をする場をたくさん頂きました。島ではすっかり「コンドームおじさん」 として定着しつつ(?)あります。
医師の仕事を「川」に例えたとき、「溺れた人」を助けるのが普段の僕の役割です。性教育は「溺れそうな人」に「危ないよ」と声をかける非常に重要な仕事だと体感しました。
今年はたくさんのことに挑戦することができました。この連載もその一つです。研修医の時の自分が知ったら泣いて喜ぶと思います。研修医の時は趣味で「研修医ブログ」を書いていましたが、まさか、大人になってそれが仕事になるなんて想像もつきませんでした。
でも、発信することで、誰かに見つけてもらえる、縁がつながる、と思っているので、これからも奄美大島のこと、離島医療のことをどんどんと発信し続けていこうと思います。
皆さんはどんな一年だったでしょうか。それでは、良いお年をお迎えください!
PROFILE
小徳羅漢(ことく・らかん)

鹿児島県立大島病院に勤務。
1991年、茨城県生まれ。小学校高学年の時から神奈川県で暮らす。16年、東京医科歯科大学卒業。鹿児島市医師会病院で初期臨床研修後、18年には長崎県上五島病院で、19年には離島へき地医療の最先端といわれるオーストラリア・クイーンズランド州で研修。20年から現職。街中で医師らに無料相談ができる「暮らしの保健室」を開催している。趣味は温泉巡りと映画鑑賞、そして島巡り。18年に結婚し、20年に夫婦で鹿児島県奄美市に移住。2人の子どもを育てている。
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