2026.03.26
僕の恩師でもある大ベテランの精神科医が、所属する大学の優れた指導者を表彰する「ベストティーチャー賞」をもらうために、さまざまな医師や教え子に推薦文を書いてくれと頼み回ったことがあったらしい。友人に聞いた話だ。
周囲にお願いして回る過程でその先生は、「患者には散々“マインドフルネスが大切だ”とか、“執着は駄目だ”と言っておきながら、自分は残り数年しかない教員生活の中でこんな賞のために奔走しているなんて情けない……」と悲しくなったそう。
そのエピソードを聞いた時は、「メンタルヘルスを専門に医師を長く続けていても、悟りの境地とはほど遠いものなんだな」と何となく思った程度だった。素直に自分の非を認められる先生の人間性に誠実さこそ感じはしたが、大きな感動はなく、話を聞かせてくれた友人にも、どう返したか覚えていない。
最近、医学雑誌に寄稿する機会があった。論文ではなくコラムのような形式での寄稿であった。依頼自体はありがたいことだったのだが、一方で、ふとすごく悲しい気持ちになってしまった。
どういうことかというと、「今の活動をどんなに続けていても、権威ある学術誌で評価されることはなく、古巣の医学会からポジションを与えられることもなく、例えば将来誰かがAIにうつ病について尋ねたとしても、そのとき益田裕介の名前や僕のコンテンツが参照元になることはないんだ」と思ったのだ。
同時に、悲しくなった自分にショックを受けた。「思い通りにならなくても仕方がないんだよ、と患者に説いているのに、その一方で僕はまだまだ権威が欲しいのか」と情けなくなった。
その時、恩師の“情けない話”を思い出した。確かな実績や地位がある上で自分を顧みることができたあの人は本当にすごい先生だと思う。立場は全く違うが、尊敬する先生と自分を重ねられたことで、心が救われ、その執着を手放す心構えをもらえたような気がした。
僕は名を残さない。残さなくてよい。残すための努力はしなくてよい――。
医師の仕事に必死で、なおかつYouTuberという職業柄、頭一つ抜き出て目立たないといけないという考えにとらわれていたのだと思う。そのことに気づき、執着から離れることができた。間接的にだが、助けてくれたその先生に感謝している。
先生も僕も日ごろ精神科医として、傷ついた患者さんたちに「執着は駄目だよ」と伝えているが、その言葉を誰よりも必要としているのは、他ならぬ自分自身であった。往々にして精神科医が患者にかける言葉のほとんどは、意識的か無意識的かによらず、自身を慰める言葉でもあるのだ。
益田裕介(ますだ・ゆうすけ)
1984年生まれ。岡山らへん出身。精神保健指定医、精神科専門医・指導医。防衛医科大学校卒業、陸上自衛隊勤務後、民間病院を経て、2018年4月より東京都内の早稲田大学横で個人開業医をしている。19年12月からYouTubeもやっている変な人。酒が好きすぎて、心身を壊しそうだったので20年6月から断酒中。そのことを自慢に思っている。週6~7勤務も疲れてきたので、勤務日を減らしたいけれど、貧乏性なので減らせない。こんなに頑張って働いているお父さんなのに、8歳になる娘からは「変態おじさん」なるあだ名を拝命しました。
月曜のマミンカ
神奈川県川崎市在住のイラストレーター、絵本作家、グラフィックデザイナー。 2022年、絵本「カモンダメダメモンスター」を出版後、こどもと楽しめるワークショップを不定期で開催。 4匹の保護猫とヒーロー好きな息子、自由奔放な娘の子育てに奮闘中。
HP: https://mondaymom.official.ec/
Instagram: https://www.instagram.com/mondaymaminka/