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2024.10.29

小徳羅漢医師(4)僕の育休奮闘記 「育休を取ってもできることなんてない」って? いやいや、産後は「夫婦で力を合わせなきゃ無理ゲー」です!

第2子誕生後に1カ月の育休を取った小徳羅漢医師。「幸せで穏やかな家族の時間の始まりだ!」と思っていましたが…。男性が育休を取る時の心得をお伝えします!

今年の3月、第二子である長男が生まれました。そして僕は、1カ月の育休を取得しました。取得前は「幸せで穏やかな家族の時間の始まりだ!」と思っていたのに……。実際は想像を絶するてんてこ舞いの日々が待ち構えていたのです。

文・写真提供/小徳羅漢

僕と妻と長女の3人で撮った初めての家族写真=2021年7月
妻と2人で奄美大島(鹿児島県)に移住した2020年、僕らの最初の子ども(長女)が誕生しました。「子どもができたら絶対に育休を取る」と決めていたのですが、この時は育休を取ることができませんでした。取得申請をしたところ、「男性医師が育休を取った例がないので有給を使ってほしい」と事務の担当者に言われてしまったのです。

当時、勤め始めて約1カ月の駆け出しの産婦人科医だった僕は、病院内での立場のことなどを考えて事務担当者の言う通りにしました。午前は病院で仕事をし、午後は有休を取って家で妻と長女を見る生活を1週間続けたのです。

短い期間だったのですが、これがかなり大変でした。赤ちゃんは3時間おきに目を覚まします。そのたびに僕たちも起きて、ミルクをあげ、おむつを替え……。この繰り返しで僕も妻もくたくたでした。

でも、どんなに疲れていても、我が子を抱っこしたら全部吹っ飛んじゃうんですよね。

生後3日くらいの長男のおむつ替え=24年3月
それから4年がたち、長男が誕生しました。

「今度こそ必ず育休を取る」と固く決心していたので、その日までに1年かけて準備をしました。妊活前から重要な役職には就かないようにして、妻の妊娠が分かるとすぐに上司に報告しました。そして、事務に育休の申請をしにいくと、なんと、実にスムーズにたくさんの提出すべき書類を渡してくれたのです。たった4年でこうも変わるものかと、少し驚きました。

出産までの間、一番悩んだのは「上の子どうする?」問題です。陣痛が来た時、妻の入院中、ごはん、幼稚園への入園、送り迎え……。僕1人ではどうにもならないと思ったので、妻と2人の「ばあば」と出産後の役割分担について話し合い、息子の誕生を待ちました。

長男を取り上げた瞬間。分娩室に入ってから4時間半でスポーンと出てきてくれました!=24年3月
予定日を5日ほど過ぎた明け方、妻の陣痛が始まりました。入院用の荷物を抱え、長女を抱っこひもに。つらそうな妻とともに病院へ急ぎました。娘を病院の家族控え室で寝かせ、僕は自分で息子を取り上げるために妻と一緒に分娩(ぶんべん)室に入りました。

無事に息子が生まれ、産後の妻をねぎらっている間に娘が起き、病棟の看護師のお姉さんたちが塗り絵などで遊んでくれたそうです。一段落した後、娘を病院の食堂に連れて行って朝ごはんを食べさせ、帰宅しました。そしてそのまま、2人で気絶するように眠りました。

その日の夜、妻がいないので娘は何となく寂しそうでした。でも、絵本を読み、入院中の妻とテレビ電話で話をすると、安心したようですぐに眠ってくれました。

娘が寝た後に通園バッグを片付けていると、底から「頑張った跡」が。妻はいつもすぐに見つけて褒めていたことを思い出し、反省することもありました=24年3月
次の日から始まった本格的な育休は、目が回るほどの忙しさでした。

朝ごはんを作り、娘の幼稚園の準備をしてスクールバスに乗せます。見送りをしたらその足で、医師ではなく「お父さん」として病院に息子の顔を見に行きます。そして、昼過ぎには家に帰り、幼稚園から帰ってくる娘を迎えます。夜ごはん、お風呂、歯磨きなどを済ませたら、絵本を読んであげて寝かしつけます。その後、洗い物や部屋の片付けを終え、毎日倒れこむように眠りました。

赤ちゃんの誕生をあんなに楽しみにしていた娘は「どうしてお母さんも赤ちゃんも帰ってこないの?」ととても寂しそうでした。そして、娘はだんだんごはんを食べなくなってしまいました。僕も余裕がなくなっていたので、「なんで食べないの?」と強く言ってしまったり、なかなか眠ってくれない娘とけんかをしてしまったり。たった3、4日のことでしたが、「もう無理だ……」となってしまいました。

その時ちょうど、本州から僕の母が手伝いに来てくれたのです。冗談ではなく、救世主だと思いました(笑)。ばあばは娘に付きっ切りで存分に甘やかしてくれ、その間に僕は同僚に会いに行くなど息抜きをすることができました。すると娘に笑顔が戻り、ごはんも食べてくれるようになったのです。

初対面の弟を「かわいい!」と抱きしめる娘=24年3月
さて、妻と息子の退院の日、娘が弟に会う初めての日がやってきました。娘がどんな反応をするのか見守っていると、赤ちゃんをいとおしそうにそっと優しく抱き締めていました。

ここで僕の母は妻の母とバトンタッチしました。

妻と赤ちゃんが家に帰ってきたので、見るべき対象が3倍になります。息子は生まれたてホヤホヤの赤ちゃん、妻は出産直後で体がボロボロです。そして娘は、赤ちゃんにお母さんを取られたと思い、メンタル崩壊……。最初の1カ月はなかなか母乳が出ないのに、2~3時間おきにやってくる授乳タイム、その度に「お母さんは赤ちゃんだけのお母さんなのね!」と発狂する娘のメンタルケアとの戦いです。もし、病棟でこの3人を「今日から1カ月間の受け持ちの患者さんです」と申し送りされたら、「無理です! 帰ります」と言いたくなるやつです(笑)。

そうしているうちに幼稚園が春休みに入り、娘が家にいる時間がかなり増えました。僕は娘のケアでいっぱいいっぱいになってしまい、食事や生活のことはお義母さんに、妻の身体や母乳のことは奄美市の訪問してくれる助産師さんや、名瀬徳洲会病院(奄美市)が行っている「産後ケア」の助産師さんにそれぞれお願いしました。

僕の膝の上で弟にミルクをあげる娘。お母さんを独占されないので、「ミルク激推し」でした=24年3月
おかげで、僕の育休は娘のケアにほとんどを費やすことができました。1カ月の中で、娘が赤ちゃんと遊んであげるようになり、その成長を見守ることができたのは育休を取ったからこそです。

男性の中には、「自分が休んでも育児に関してできることなんてない」とか思う方もいるでしょう。でも、そんなことは全くありません。それどころか、「育休を取って夫婦で力を合わせないと、子育てって無理ゲーじゃない!?」と感じました。

育児・家事のスキルは必ず上がるので、妻の負担を減らすことができます。結果として妻はマタニティーブルーが長引かず、体の回復も遅れずに済みました。息子にもすぐに父親だと認識してもらえるようになり、父親としての自覚も芽生えました。娘との絆も深まりました。今でも、娘が真夜中に眠れないときは、抱っこしながらお散歩をします。12kgもあるのでヘトヘトになりますが、こんな経験ができるのもきっと今だけだと思い、この瞬間を大切にしようと思います。

どうですか? 確かに心身ともにきつい日々ですが、育休を取るのは家族にとって良いこと尽くしです!

最後に男性が育休を取る時の心得をまとめておきます。

男性が育休を取る時の心得

・授乳以外の家事は全力で
→自分に母乳の出るおっぱいが欲しくなる時が絶対に来ます
・両親や社会的資源を有効活用
→日本は意外と優しい国で、子育て支援の制度がたくさんあります
・妊活時期からそれとなく職場に「育休」をほのめかしておく
→反応が良くなければ、転職も検討しましょう
・自分の息抜きも忘れずに
・子どもの成長を楽しむ

PROFILE

小徳羅漢(ことく・らかん)

小徳羅漢さんのプロフィール

鹿児島県立大島病院に勤務。
1991年、茨城県生まれ。小学校高学年の時から神奈川県で暮らす。16年、東京医科歯科大学卒業。鹿児島市医師会病院で初期臨床研修後、18年には長崎県上五島病院で、19年には離島へき地医療の最先端といわれるオーストラリア・クイーンズランド州で研修。20年から現職。街中で医師らに無料相談ができる「暮らしの保健室」を開催している。趣味は温泉巡りと映画鑑賞、そして島巡り。18年に結婚し、20年に夫婦で鹿児島県奄美市に移住。2人の子どもを育てている。
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