2022.07.29
数年で医師が入れ替わることが多いへき地の診療所では、長年在籍している看護師のキャラクターが診療所のカラーを決めるといいます。群馬県長野原町へき地診療所の金子稔所長が、共に働く看護師と事務職員の仕事内容を紹介します。
長野原町へき地診療所に着任して2カ月がたった頃だった。午後の診療が終わって帰り支度をしていると、診療所の電話が鳴った。診療所に通院している男性からで、彼の父親の具合が急に悪くなったので往診してほしいという内容だった。電話を取った女性看護師は「じゃあ私が今から行きますね」と言い、受話器を置いた。「あ、俺も行きます」。自然と体が動いた。看護師は「え? 先生も行ってくれるんですか?」と何やら驚いたような感じ。それまでは時間外の往診や診療を受け付けない先生が多かったと、後々聞かされた。「へき地医療のために体を張れる医師がいるのはとても心強い」と看護師が言ってくれ、この診療所で長く働けそうだと思ったことを覚えている。
文/金子稔
基本的に、へき地診療所の医師は3年ごとに交代する。だから、診療所のカラーは、長年在籍している看護師で決まると思う。現在、長野原町へき地診療所には所長の私のほかに、看護師が3人、事務職員が2人在籍している。冒頭に登場した女性看護師のAさん(50代後半)は、長野原町へき地診療所に22年間勤務する一番の古株だ。
スタッフ全員の個性が合わさり、一つの診療所が出来上がってはいるが、土台はAさんだ。どこまでも患者に寄り添うのが彼女のスタイル。私としては、自分と感覚が近いため、何をするにしても動きやすくて助かっている。

在宅看取(みと)りの実施を提案した時もそれを感じた。「私が思っていたへき地医療が実践できると思うとうれしいです」とスムーズに受け入れてくれた。このコラムの初回『在宅看取り奮闘記』で書いたように、私が着任した2015年以前、診療所は在宅看取りを行っていなかった。在宅看取りを始めて間もなく、近くの訪問看護ステーションが24時間対応になり、そこの看護師と一緒に行うことになったが、それからもAさんは夜中でも手伝ってくれた。7年間で、26人の患者さんが自宅で最期を迎えられたのは、彼女の存在が大きいと感じる。
仕事のことで言い合うこともたまにはあるが、それも患者に寄り添う気持ちが強いが故だ。例えば、患者さんに余命に関する説明をした際、もっとオブラートに包めなかったのかと指摘を受けたことがある。とても信頼しているし、周囲からも「良い看護師さんが右腕で良いね」と言われている。
もう一つ、患者さんの病状が良くなった時も、自分のことのように喜べるのが、彼女の素晴らしい特長だと思う。感情を素直に出すことについては賛否両論あるが、私は在宅医療を行っていく上で、どんな時も正直でいる方が良いと感じている。うれしい時は笑い、悲しい時は泣けばいい。特に、医療従事者は、「涙を見せるな」という教育を受けてきた人が多いと思うが、大切な患者が亡くなった時に泣くのは決して悪いことではないと思う。それは、自分の心の健康を保つためでもある。プラスの感情を出すことも、悲嘆というマイナスの感情を出すことも大事だと感じている(怒りや憤りは別だ)。
ほかの仲間たちも紹介したい。
Bさん(60代前半)は経験豊富で頼りになる、姉御肌の看護師だ。採血や点滴がうまい。長野原町へき地診療所よりも忙しい診療所で働いていたことがあるので、診察の回し方をよく分かっている。女性看護師のCさん(40代後半)は、仕事が丁寧。子どもの予防接種のスケジュールの管理などにも真剣に取り組んでくれている。


唯一の男性が、事務職員のDさん(30代後半)。「ノー」と言えないタイプのスポーツマンである。年齢も彼が私の一つ上で近いため、同級生のように話すことができる。長野原町役場の職員であり、役場とのパイプ役として予算関連の仕事を担っている。同じく事務員のEさん(60代前半)は、医療事務歴が長く、指定難病の医療費のことなど分からないことがあればすぐに調べてくれる。まめな性格だ。


スタッフ5人とも自分より年上のため、初めはうまく束ねることができるか心配だったが、報告・連絡・相談を徹底しつつ、みんなの人となりも分かり、うまくいっている。
私が着任した当初は看護師2人、事務職員2人だった。着任後に診療所の利用者数も年間5000人から7200人ほどまで増えたのに加え、訪問診療や在宅看取りの件数も増加したため、看護師は疲弊していた。なかなか休みが取れない状況が続いたことから、2人体制から3人体制へ変更となったという背景がある。
いろいろな経緯があり、今のメンバーが診療所に集まっている。へき地医療に対する考え方は、それぞれ違うかもしれない。でも、新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、発熱患者の診察をするために「へき地の診療所だからこそ、熱が出て困っている人を診療しよう」と伝えた時、反対する人は誰もいなかった。
みんなを信頼していたので、その反応を「当然」だと思ったが、未知の感染症への恐怖から反対意見が出る可能性もゼロではないと覚悟していた。そのため、どんな伝え方をすればいいのか、かなり悩んだ。それなのに、反論がないどころか、「どうやって診療するか」というのがすぐに議題になったため、スタッフに対して失礼なことを考えてしまったと深く反省したのを覚えている。新型コロナワクチンの集団接種に診療所が全面的に協力することに関しても同様に、嫌な顔をする人はいなかった。この時のことは『新型コロナ対応-へき地診療所編-』と『新型コロナ対応-ワクチン接種編-』に詳しく書いたので、読んでほしい。

有事の際に本音が出ることが多いと聞く。新型コロナの対応から、スタッフのみんなの、一生懸命へき地医療に貢献しようという思いをひしひしと感じている。本当に良いメンバーに恵まれたと痛感する。これからも難局があるかもしれないが、一緒に乗り切ってくれる仲間たちだと信じている。
群馬県北西部に位置し、山林・原野が町の80%を占める。5409人、2509世帯(2021年9月)が暮らし、高齢化率は32.8%(15年。全国平均は26.6%)。前橋市まで車で1時間強、東京都心までは3時間弱。温泉や牧場、ゴルフ場やキャンプ場があるほか、町の南部の北軽井沢地区は別荘地で、夏場は蜂に刺された人やレジャーでけがをした人がへき地診療所に訪れることもある。長野原町ホームページ

1984年、前橋市生まれ。2011年に自治医科大学卒業後、13年に群馬大学医学部付属病院で初期研修を修了。同院救急部を経て15年、長野原町へき地診療所の所長に就任。勤務しながら、17年には群馬大学大学院医学研究科で博士号を取得している。趣味は家庭菜園、野球、ボウリング(ベストスコアは238)、ランニング(月間250㎞走ることも)、ダイエット(96㎏→70㎏)。「汗をかく。人の2、3倍頑張る」がモットー。
