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2022.11.30

【金子稔医師】医学生、研修医の皆さんへ(最終回)

地方やへき地の医師の仕事や生活をテーマに、群馬県長野原町へき地診療所の金子稔所長が担当してきたコラムは、今回が最終回。医師を志した時から今までに積んできた経験から、医学生や若手の医師に4つのメッセージを送ります。

医師になろうと決めた時から今まで、いろいろな人からメッセージをもらった。自分の中で言葉を受け止め、反すうし、その時々で解釈し直して、さまざまな行動に移してきた。今回がこの連載の最終回になるので、それらを振り返りつつ、私から医学生や研修医の皆さんにメッセージを送りたいと思う。そんなに偉そうなことを言える立場ではないかもしれないけれど、皆さんが進路や判断に迷った時に、何かの助けになればうれしい。

文/金子稔

初心を忘れるな

「この命は絶対に救う」。中学生の時に夢中になって見ていた医療ドラマ「救命病棟24時」の中で、江口洋介さん扮する救命救急医の新藤一生が発したこの言葉が、多感な時期の私には「医師になって人の命を救え」というメッセージに聞こえた(笑い)。

その時から医師になりたいという気持ちが芽生え、高校生になって進路を考える時には、迷わず医学部進学を目指すことを決めた。とはいっても、医学部進学は簡単ではなく、現役の時はどこにも合格しなかった。何度もくじけそうになったが、「新藤医師からのメッセージ」を思い出しながら勉強し、1年間浪人して自治医科大学に合格。医師への道を歩み始めた。

自治医科大学入学時の写真=筆者提供

医学部に入るまでは新藤医師のようなスーパードクターになることを夢見ていた。しかし、大学で基礎医学や臨床医学などさまざまな分野の勉強をしていくうちに、「医師とは何か」「自分はどんな医師になれるのか」などという疑問が湧いてきてしまった。自分の中で整理が付かず、勉強に集中できなくなり、3年生の時に留年。その際に、初心に返らせてくれたのも「医師になって人の命を救え」というメッセージだった。いろいろ考えるのは医師になってからにしようと、気持ちを切り替えて勉強を頑張ることができたのだ。

そして、2011年に医師国家試験に合格した後は、事あるごとに初心に返り、「『医師になって人の命を救う』ために自分に何ができるのか」を模索し続けている。そこで、一つ目のメッセージとして「初心を忘れるな」を送りたい。当たり前のことではあるけれど。

現状に満足せず、チャレンジを続けろ

以前勤めていた病院の上司に「水は低い方に流れる。君は今の状況に甘んじるな」と言われた。当時は、「人は楽な方に進みがちだから、現状に甘んじていたら知らず知らずのうちに楽な方に行って堕落するぞ」という一般的な注意だと思っていた。しかし、へき地医療に携わるうちに、医療の体制自体を楽な方に進めてしまうこともあり得るということに気づいた。おそらくその上司は、この事を話してくれたのだろうと、今は理解している。

へき地の診療所は数年で医師が入れ替わる。スタッフの数も限られているので、新たに着任した医師は前任者が行っていた医療を継続するのが通常だろう。医師の判断で、自分が必要だと思う医療に絞って、行う医療の範囲を縮小することもできる。人員も限られた中で、新たにやることを増やすよりはずっと楽だ。

しかし、一度縮小してしまったら元に戻すのは難しい。放っておいたら「水は低い方に流れ」、へき地医療の状況は悪くなる一方だ。それを防ぐために、そしてより良い方向に持って行くために、踏ん張り、常にチャレンジを続ける者が必要なのだ。上司が言ってくれたように、私はその一人でありたいと思っている。だから、2015年にへき地診療所長に着任してから、訪問診療と在宅看取りの件数を少しずつ増やし、それまで休診日だった土曜日は18年から午前診療を始めた。

土曜診療の開始を伝えるチラシ=筆者提供

そして、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、有事の時には、現状維持の姿勢が「低い方への流れ」を一気に加速させてしまうことを実感した。

20年4月初旬に新型コロナに関する緊急事態宣言が出されて以降、多くの医療機関が一般外来や訪問診療を縮小した。つまり、平時であれば受けられていた医療を受けることができない人が出てしまったわけだ。この縮小は「楽」という表現はふさわしくないとは思う。ただ、業務を現状より減らすことを「楽」とするならば、たくさんの医療機関がそちらに進んだ。そうなると、今後、新型コロナ前の状況に戻すだけでも大変だろう。

私の診療所は「楽」を選ばず、逆にチャレンジする道を選択した。平時の医療を継続し、訪問診療は20年に過去最高の件数を行い、発熱外来も開いた。医師1人、看護師3人、事務員2人という少ない人数でこれをやったので、皆疲弊したけれど、何とか乗り切ることができた。

患者のことを第一に考えた場合、縮小どころか現状維持という選択肢も「あり得ない」と私は思っている。そこで「現状に満足せず、チャレンジを続けろ」を二つ目のメッセージとして送りたい。

自分を知り、常にBe nice

同じ医師という職業でも、働いている地域や立場によって必要とされていることは異なる。それを明確にして、役割を全うすることが「医師のあるべき姿」だと考えている。そのためには、患者や地域住民や関係者と真摯(しんし)に向き合い、積極的に関わりを持つことが重要だ。

私は、町のさまざまな祭りやイベント、会合に参加し、皆さんの話を聞くだけでなく、自分が行っている取り組みのアピールもしている。そうすると、プライベートなことを含めて自然といろいろな話をするようになる。その場にいる人の中には、医療介護職や町役場の職員、民間団体に所属する人などさまざまな立場の人がおり、距離感がグッと縮まる。 そういう場でいつも気を付けているのが、以前勤務していた大学病院の救急医学の教授から言われた、「常にBe nice」だ。できるだけ心を落ち着けて穏やかでいることを心掛け、話しやすい雰囲気を作る。そうすることで、地域や周囲に溶け込みやすくなり、自分に求められていることが分かってくる。

診療所の清掃活動を終えた町民との集合写真=筆者提供

もちろん、自分をコントロールするのは非常に難しい。私は、自分を知ることから始めた。自分で気分が良いと感じるのはどんな時なのかをじっくりと考え、そういう雰囲気や環境を作りだすようにしている。

私のようにへき地医療を担う医師だけでなく、都心部の大病院で働く医師も、患者や周囲の関係者と向き合って「必要とされていること」を確認して実践していくことが大切だ。そのために、大前提となる「自分を知り、常にBe nice」を心掛けてほしい。これが三つ目のメッセージだ。

忘己利他

最後に、私の信条としている言葉を送りたい。

忘己利他(もうこりた)。天台宗の開祖である最澄(さいちょう)の教えで、「自分のことは忘れ、他人のために生きる」という意味だ。

自治医科大学で教育を受ける中でこの考え方が染み付いたからかもしれないが、医師という職業を選んだ人にとっては当然のことだと思っている。医行為は医師にのみ許されているわけだし、患者は医師を信頼して診療を受けている。患者のために医師が粉骨砕身しなくてどうするのか。

医療は必要最低限のものがあればいいのではなく、それによって人生が豊かになるものであるべきだ。そのために医師は、初心を忘れず、チャレンジを続け、常にniceであることを心掛け、忘己利他の精神を持ち続けて、医療と向き合わなくてはならない。私は今後も、この事を自分自身にメッセージとして送り続ける。そして常に、自自分自身の行いを顧みていく。

私は、医師になって良かったと、心から思っている。全身全霊でこの仕事に取り組むことが、世のため人のためになっていることを微塵も疑っていない。読者の中に同じ思いを持ち、私からのメッセージを受け止め、日本のどこかで、これからの医療を一緒に支えてくれる医師が一人でも出てくれたら、これ以上の喜びはない。<おわり>

昼休みの診療所にて=筆者提供

長野原町について

群馬県北西部に位置し、山林・原野が町の80%を占める。5409人、2509世帯(2021年9月)が暮らし、高齢化率は32.8%(15年。全国平均は26.6%)。前橋市まで車で1時間強、東京都心までは3時間弱。温泉や牧場、ゴルフ場やキャンプ場があるほか、町の南部の北軽井沢地区は別荘地で、夏場は蜂に刺された人やレジャーでけがをした人がへき地診療所に訪れることもある。長野原町ホームページ

八ッ場あがつま湖畔の紅葉。水陸両用バスに乗って景色を楽しむことができる=つなぐカンパニーながのはら提供

PROFILE

金子稔(かねこ・みのる)医師

1984年、前橋市生まれ。2011年に自治医科大学卒業後、13年に群馬大学医学部付属病院で初期研修を修了。同院救急部を経て15年、長野原町へき地診療所の所長に就任。勤務しながら、17年には群馬大学大学院医学研究科で博士号を取得している。趣味は家庭菜園、野球、ボウリング(ベストスコアは238)、ランニング(月間250㎞走ることも)、ダイエット(96㎏→70㎏)。「汗をかく。人の2、3倍頑張る」がモットー。

金子医師プロフィール写真