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2022.12.26

【金子稔医師】へき地医療の現場より(編集後記)

通常3年で終わる任期を10年に延長し、へき地医療に人生をささげる医師はどのように患者と向き合っているのだろう。1年にわたり連載「地方からの便り」を担当してもらってきた金子稔医師に会うため、群馬県の長野原町へき地診療所を訪ね、密着取材させてもらった。

1年にわたりこの連載を担当してもらってきた金子稔医師に会うため、9月に群馬県の長野原町へき地診療所を訪ねた。東京駅から新幹線とバスを乗り継ぎ、計3時間弱でたどり着いた。土砂降りで遠くが見えず、周囲の森が強調されて見えたこともあってか、想像していたよりも「自然に囲まれた土地」だと感じた。バスを降り、診療所の玄関前で呼び鈴を鳴らすと、すぐに金子医師が迎えてくれた。「やっぱり、生で会うとちょっと印象が違うものですね」とはにかんだ。 これまでコロナ禍で出張が制限されていたこともあり、実はその日が初めての対面だった。少し気恥ずかしさもあったが、うれしさが勝った。午後からの半日間、金子医師に密着し取材させてもらった。

マイナビRESIDENT編集部

診療所まで来られない住民のための出張診療 午後1時半

午後の仕事は、診療所から車で10分ほどの距離にある栗平(くりだいら)住民センターで行う「出張」診療から始まった。診療所まで足を運ぶのは難しいが、近所なら出向くことができるという住民のために月に一度、看護師と共に住民センターを訪れ、診療をする。現在は、80代の女性3人を診ている。

「出張診療」を行っている栗平住民センターと診察に訪れた町民

「元気ですか。夜は眠れていますか」と優しく問いかける金子医師。「元気ですよー、先生」と女性が笑顔で答える。血圧測定や採血を済ませると、女性の散歩コースの話題で盛り上がった。自宅から住民センターまで歩いて10分ほどという糖尿病の女性は「なんでも悩みを聞いてくれるいい先生がいてくれて安心だ」と話す。また、降圧剤などを常用している女性は、住民センターから徒歩5分の所で独り暮らしをしている。5年前に夫を亡くしてからは、用事があっても車で送り迎えをしてくれる人がいないという。薬をもらうために診療所まで行くことが大変なので、「先生が毎月ここに来てくれるから助かる。本当にありがたいよ」と感謝の言葉を何度も口にした。

患者の血圧を測る金子医師

診察は3人合わせて30分ほどで、住民センターの滞在時間は1時間弱だった。その間、3人が金子医師や看護師と楽しげに会話している様子は何とも和やかだった。

訪問診療を行っていた患者宅へ線香をあげに 午後2時半

それから、8月に亡くなった患者さんの自宅を訪ねた。家族にあいさつをし、仏壇に線香をあげるためだ。患者さんは筋委縮性側索硬化症(ALS)を患い、2年7カ月間の闘病の末、83歳で亡くなった女性だ。本人の希望で、最期を自宅で迎えた。そのために、金子医師は2年近く、訪問診療をしてきた。初めは月に1回の訪問だったが、体調に応じて、2週に1回、週に1回というように変更した。

亡くなった患者の自宅で、仏壇に手を合わせる金子医師

線香をあげ終えてから、女性の家族と、闘病中の出来事などを振り返った。長女は仏壇に置かれた遺影に目をやり、「母の望み通り、最期までおうちにいられて良かった。先生に診てもらってありがたかったです」と金子医師に伝えた。生前、女性は「先生、私が死ぬまでどこかに行っちゃだめだよ」と話していたという。

最期を迎えた時、金子医師は前橋市の自宅にいて、翌日に用事があったこともあり、駆け付けることはできなかったというが、患者や家族からとても信頼されていることを感じた。

認知症患者宅への訪問と外来診察 午後3時

続いて訪ねたのは、認知症の80代後半の女性とその息子夫婦が暮らす家だった。月に1回、訪問診療をしている。この日金子医師は、進行が見られる認知症の症状について相談に乗った。家族は、新たに出てきた認知症の問題行動に戸惑い、ショックを受けている様子だった。金子医師は「大変ですよね」と受け止め、「認知症は進んでいきますが、すぐに別の問題行動が出てきたり動けなくなったりするというわけではないと思います。何か心配なことがあれば相談してください」と言葉をかけていた。

診療所に戻ってからは一息つく間もなく、午後4時から5時まで外来の診療だ。駐車場には既に数台の車が止まっており、診療開始の時刻になると、待っていた患者6、7人が次々と出てきた。その中に、せきが出るという2歳の長女を連れて訪れた40代の女性がいた。聞けば、12歳の長男もかかりつけだという。「長男を他の医療機関に連れて行った時は、その先生が怖かったようなんです。でも、金子先生は優しくて安心しているみたい」と話していた。

発熱患者を診るプレハブ内の様子。新型コロナの感染対策で活用している

患者にとことん寄り添う医師の診察の心得 午後7時

その日の診療を終えた金子医師と食事をした際に、「診察中に心掛けていること」が話題に上がった。「本当はあんまり教えたくないんですが」と前置きをした上で、教えてくれた。

「目の高さを相手より低くするんです」。診察室の金子医師の椅子は、患者よりも目の位置が低くなるように調整されているという。子どもと話す時はかがんで、目の高さを合わせると良いというのは、聞いたことがあったが、相手よりも「低く」するというのは初めて聞いた。威圧感を与えないように患者よりも低くし、なるべくリラックスした状態で話してもらえるよう心掛けているということだった。ちょっとした工夫ではあるが、「患者にとことん寄り添う」という医師としての信条が現れていると感じた。

和やかな雰囲気で診察をする金子医師

最後に

金子医師の連載を通して、へき地医療の実情の一端を知ることができた。程度の差こそあれ、全国の地方・へき地が、似た状況にあるだろう。高齢者の割合が格段に大きい上、近くの診療所に医師が一人しかいないとなると、そのたった一人の医師が頼りになる人物なのかどうかというのは、地域にとって重要な問題だ。

医師としての技術もさることながら、患者のことをどれだけ思えるかというのが、特にへき地で老若男女を診るような医師に必要な素質なのだと考えさせられた。少なくとも、この日会った患者さんとその家族は金子医師に確かな信頼を置いているように見えた。

金子医師は、連載の最終回で次のようにつづっていた。「読者の中に同じ思いを持ち、私からのメッセージを受け止め、日本のどこかで、これからの医療を一緒に支えてくれる医師が一人でも出てくれたら、これ以上の喜びはない」。編集部も、同じ気持ちだ。