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2025.06.24

田中かつら医師(最終回) 医師生活のこれからと、七浦のこれから

医師になって40年。その半分を千葉県南房総市で過ごしてきた七浦診療所の田中かつら医師は「医師免許を取ったのは、ここで生きていくためだったと思える」と語ります。そして残りの医師生活も地域の人のために捧げる覚悟です。コラムは今回が最終回。未来の医師たちへの熱い思いがこもったメッセージは必読です!

※4コマ漫画は事実を「少し」盛っています

作画:松鳥むう 原案:林よしはる(ニューカリカ)


今年、医師になって40年目の節目を迎えた。思えば、その時その時でできることを探していたら、あっという間に今日まで来たような気がする。千葉県南房総市の七浦地区に移り住んで20年近くになる。医師生活の半分を過ごしたこの土地に、医師として大きく育ててもらった。診療所を開業したのは自分の意思というより、周囲から強く押され、ほぼ成り行きに身を任せたようなものだった。しかし、偶然にも医師免許がもらえたのは、ここ七浦で生きていくためだったと思えるほど、日々の医療を楽しむことができている。どんな形でもいいので、ここに住む皆さんが幸せに暮らせるように私のあと少しの医師生活を捧げたい。

文/田中かつら

誰もが気軽に来られる、「学校の保健室」のような存在に

診察に来た70代の女性から「介護」についての相談を受けた。最近、90代後半の母親の介護をするようになったという。数日前にお母さんのケアマネージャーから、「最期」のことは考えているか聞かれ、「まだ元気なのに、今からそんなことを考えないといけないの?」と不安を感じたそうだ。

女性は30年ほど前に父親を亡くしている。その当時は病院で看取(みと)るケースがほとんどで、父親も病院で亡くなったそうだ。そのため女性は、最期のための入院の準備を、と思ったらしい。

しかし今は、自宅や介護施設で過ごし、病院以外でも最期を迎えることもできる。彼女にそれを伝えると、「家に先生が来てくれるの!?」と、とても驚いていた。今から少しずつ先のことを考えて、お母さんや家族と一番良い方法を話し合うことが大切だと話した。診察室を出る頃には少し安心した様子で、その後ケアマネージャーと歓談している姿も見られた。

初めての介護はとにかく不安が大きく、戸惑うことも多いだろう。そんなときに、少しでも心を軽くしてあげたい。心配なことがあるときはいつでも診療所に来てほしい。いつでも気軽に立ち寄れる「学校の保健室」のような存在でありたいと思っている。

地域に足りないものを補う「ななうら」

七浦診療所は、閉校した七浦小学校の校舎と跡地を利用して運営している。診療所のほかにも、居宅介護支援事業所、病児・病後児保育施設、通所リハビリテーション施設、食堂、日用品や食料品の販売所などを併設しており、全てを含めて「ななうら」と呼んでいる。

昨年から、不登校の子どもたちのための「居場所」を提供し始めた。地域の支援事業に携わっている人から、房総地区に不登校児を支援する場所を作りたい、と相談されたのがきっかけだ。図書館や校庭を常時開放して、子も親も来られるようにしている。いつでも、ななうらに来て、自分の時間を過ごしてくれればいい。その中で、興味を持てることや将来の道につながることを見つけて、自己肯定感を育む機会を得てくれたらうれしい。

私は常々、七浦の皆さんには不自由がない生活を送ってもらいたいと考えている。家に居るのが不安な夜に寝泊まりできる場所や、足腰が弱く転倒が心配な人でも安全に入れる入浴施設、若い子育て世代が楽しめる場――など切りがないほど、作りたいものがある。私の体力、気力、財力がいつまで続くか分からない。自分に残るものは何もなくてもいいので、皆さんの力を借りながら、やれるだけやろうと思っている。七浦診療所を始めるきっかけをくれた、みよばあちゃんと和子ばあちゃんが、天国からいつでも「あんた医者だろ?」と発破をかけてくれている気がしているからである。

七浦の人たちはここを「何もない場所だよ」と言うが、私は、七浦には都会にないものがたくさんあり、「本当に住んでよかった」といつも思っている。なので七浦の皆さんにも「七浦でよかった」と、そう感じてもらいたい。ユートピア、イーハトーブ、地上の楽園。「理想郷」にはいろいろな呼び方がある。住民の皆さんが七浦をここに並べてくれることが私の夢だ。


このコラムは医師を目指す医学生へのメッセージとして、こんな田舎でも楽しく医師生活を送ることができるということを伝えられればと思って書いてきました。
 
ただ、連載の中には、厳しい現実について書いた回もあります。過疎地域、超高齢地域が直面している問題は今後、日本各地に間違いなく広がっていくので、これから医師になる人にはそのことをしっかりと受け止めてほしかったからです。
 
南房総市はすでに高齢者が減り始めるフェーズにあります。働く医師も高齢化し、新たに開業する医療機関はほとんどありません。それでも、自然の豊かさや人とのつながりなど、地方だからこその魅力がたくさんあります。そのことを、少しでも皆さんに伝えることができたでしょうか。
 
皆さんが医師になった時に、自分にできることがもっとあるはずだと感じたら、その活躍の場と可能性をどんどん広げてください。医師だからできることは限りなくあります。都会でも田舎でも、日本でも世界でも(いつかは宇宙空間だって!)、求められる場があれば挑戦してください。その時にこのコラムのことを思い出し、さまざまな選択肢の中から田舎を選んでくれる人がいたら、書き続けてきた甲斐(かい)もあります。皆さんが、新しく仲間になる日を楽しみにお待ちしております。「あんた医者だろ?」を合言葉に。

PROFILE

田中 かつら

七浦診療所院長。
1959年、東京都目黒区生まれ。85年、川崎医科大学卒業。北里大学病院内科で臨床研修後、同病院神経内科研究員として勤務した。97年に医学博士号を取得。青溪会駒木野病院(東京都八王子市)老人性認知症治療病棟医長、鹿児島県大島郡医師会病院(鹿児島県奄美市)の非常勤医などを経て、2008年に千葉県南房総市で七浦診療所を開業した。廃校となった七浦小学校の校舎を改装し、17年に診療所を現在の場所に移転。介護、病児保育、日用品の販売などを行う施設を併設し、地域住民の暮らしを支えている。 趣味はダイビング(水中写真)、料理、音楽鑑賞、温泉巡り。夫はプロのパーカッショニストの田中倫明氏。夫婦で06年に南房総市に移住し、自然と向き合いながら生活している。

松鳥 むう(4コマ漫画 作画)

松鳥むうさんのプロフィールイラスト

イラストエッセイスト。
「離島」と「ゲストハウス」と「廃れてしまいそうな郷土料理&民俗行事」をめぐる旅がライフワーク。これまでに118カ所(2023年4月現在)の日本の島、100軒以上のゲストハウスを訪れた。その土地の日常の暮らしに、「ちょこっとお邪魔させてもらうコト」が好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)や『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『むう風土記~ごはんで紐解く日本の民俗・ならわし再発見録~』(A&F)など。松鳥むうwebサイト

林 よしはる(4コマ漫画 原案)

林よしはるさんのプロフィールイラスト

七浦診療所総務職員、南房総市議会議員。
千葉県南房総市出身。1997年から吉本興業に所属し、高校の同級生であるマンボウやしろ氏(現在はラジオパーソナリティ、脚本家)と結成したお笑いコンビ「カリカ」のツッコミ担当として活動。2011年にコンビを解散し、事務所を退所したが、21年にマンボウやしろ氏と「ニューカリカ」を結成し、活動を再開した。現在も不定期でライブ活動や動画配信などを行っている。22年4月に南房総市議会議員に初当選した。