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2024.08.27

田中かつら医師(7)安房医師会も支えた「ダイヤモンド・プリンセス」の新型コロナ集団感染

「医師会って何してるの?」と思っている人、必見です。千葉県安房医師会の理事・田中かつら医師が、新型コロナの対応を振り返り、医師会の存在意義を語ります。

※4コマ漫画は事実を「少し」盛っています

作画:松鳥むう 原案:林よしはる(ニューカリカ)


「医師会」と聞いて、皆さんはどんな組織を想像するだろう。医学生や若手医師の中には「何をしているかよく分からない」という人もいると思う。私自身も若い頃、いや、診療所を開業するまではそう思っていた。今は縁あって、七浦診療所のある千葉県南房総市を管轄する「安房(あわ)医師会」の理事として活動している。私の中で医師会の存在意義は、新型コロナウイルス感染症への対応に追われていたここ数年でより明確になったように思う。

文/田中かつら

新型コロナの上陸、感染拡大 地域の中核病院が奮闘するが…

医師会は、医師の生涯研修、地域医療の推進と発展を目的としていて、全国各地に存在する。所属しているのは主に開業医だが、病院に勤務する会員もいる。安房医師会には、館山市・鴨川市・南房総市・鋸南町の医師、約300人が所属し、ワクチン接種や住民健診の方法を決めたり、学校医・産業医の推薦や選任をしたり、感染症の流行や災害発生時に備えたりすることで地域の医療を支えている。

2020年、安房医師会はこれまでにない緊急度で、対応が求められた――。

安房地域には、全国有数の医療体制と設備を誇る亀田総合病院(鴨川市)がある。それゆえに、新型コロナの感染者が世界で初めて確認された中国・武漢からの帰国者と、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」に乗っていた患者を当地で受け入れ、地域を挙げて診療に当たった。その後も、感染が拡大していく中で、亀田総合病院は安房地域だけでなく、周辺地域の感染者を積極的に受け入れた。しかし、新型コロナの感染力はすさまじく、患者は急増し、これ以上亀田総合病院だけでは対応ができない状況に……。地域医療がひっ迫し、限界直前まで来ていた。

リソースが限られた中、医師会を通した医療機関の連携

亀田総合病院を中心とした安房地域の医療崩壊の危機が迫る中、安房医師会のメンバーや行政の担当者などが集まり、負担が一極集中している状況を改善すべく緊急会議を開いた。

話し合いの末、重症患者は引き続き亀田総合病院が担当し、それ以外の軽症・中等症患者は、感染症対応の設備を元々持っている南房総市立富山国保病院が、病院の全床を新型コロナ患者専用に転換し、受け入れることになった。

この時、解決しなければいけない問題が二つあった。一つは、富山国保病院に入院している患者の転院先を決めること。もう一つは、新型コロナ患者を入院させるにあたり、通常の外来診療を縮小するため、その分を代わりに別の医療機関が受け入れなくてはならないことだ。

どこの医療機関も余裕があるわけではないが、「うちが引き受けるよ」と病床を持つ病院、クリニックや診療所などが手を挙げ、周辺の医療機関で協力して、対応することに決まった。スムーズに一大事を乗り越えられたのは、志を共にする仲間がいる医師会の存在があったからだと思う。

新型コロナが生んだ行政との新たな関係性

行政と連携することの大切さを学んだのもこの時だ。上述の会議には、南房総市などの職員も多数参加していた。その後も、医療機関と行政サイドは、新型コロナのワクチン接種についての情報交換や、実際に接種を行う際の連携などを行う必要があった。ワクチンの配送手順、接種券の配布、誤接種への対応など、行政機関だけでは決定できなかったり、また一医療機関では対応が困難だったりする問題が次々と浮上していた。障害者施設で発生したクラスターにどう対応するか? ワクチン接種会場まで来られない老人ホームなどの入所者の接種をどうするか? 決めなければいけないことが、山のようにあった。

それからというもの、感染拡大が収束するまでは保健所長、消防署長や各市の担当者と顔を合わせ、週1回のペースで会議を行った。

ある日の会議で、医師から行政側へ「接種券の配布はまだ始まらないんですか」と質問が挙がった。その声には、焦りがにじんでいた。当時、なかなか始まらないワクチン接種に不安を感じた患者が「ワクチン接種の順番はまだか」「いつ接種券が配られるんだ」と病院に怒鳴り込んで来ることもあり、外来業務に支障が出ていたのだ。しかし、持っている情報は自治体の職員も同じで、ワクチンの配布時期や各自治体に割り当てられる数を国から知らされるまでには時間がかかった。そのため彼らにもどうにもできない……。この時は、医師も自治体の職員もやるせない思いをしたのだった。それでも会議では、「正式ではないが……」という枕詞がついていたとしても、いち早く情報を得られたことで、医師側のいら立ちも少しは落ち着いたと思う。

その後も行政と協力して課題解決に取り組んだ。ワクチンの無料接種が終わってからも、月1回程度「医療戦略会議」として協働会議を続けている。コロナ禍前よりも、行政を頼りやすくなった。顔が見えることでお互いに相談しやすくなった。反対に、行政の人も医師会に声をかけやすくなったようだ。医師会が中心となって医療に関する問題について共有し、対策を練り、即時に対応することができるようになった。これは、新型コロナが生んだ数少ない「正(プラス)の遺産」ともいえる。


最近、新型コロナが勢いを強めている状況なので気は抜けませんが、当時は本当に大きく混乱しました。単なる噂から、私自身が「感染者だ!」という誤った情報が広まり、診療所に誰も来てもらえなかったことがありました。医療機関そのものが不安の対象だったのでしょう。安心して利用してもらえるために、感染症の患者を診療するための場所を建物の外に新設し、動線を分けて診療するようにしました。いろいろな経験をして、個人でも問題を一つ一つ解決してきました。しかし振り返ってみると、医師会がなければ、行政とのやり取り、交渉にもっと時間がかかり、対応も遅れていたと思います。地域医療を良くするには、医療機関で挙がった意見をまとめ、医師会が窓口となり、行政と協力していくことが大事だと痛感する出来事でした。

医師会に入れば、自分一人では動かせないことに対して、組織として働きかけることができます。地域に貢献したいという思いがある人は、ぜひ医師会に入って、組織の活動を通して、地域医療に役立ててほしいと思っています。決して難しい団体ではなく、気難しい人たちの集まりでもないと思います。興味がある方は、活動する地域の医師会理事の先生に声をかけてみてくださいね。

ちなみに、医師会の活動はまだまだたくさんあって、「学校保健」「公衆衛生」「救急医療」「産業保健」「介護連携」「地域包括ケア」「広報」「学術」など幅広く取り組んでいます。安房医師会は、現在13人の理事が活動しています。国や県からの情報を整理して会員へ伝えたり、研修会の企画をしたり、連携に関する課題解決に動いたり――。そういったことに、診療以外の時間を割いて対応しているのです。「こうあったらいいな」と思う地域医療を作ることができ、充実した医師会活動が行えている実感があります。小さい地方医師会だからできているのかもしれませんが、理想を現実にする方法の一つでしょう。医師会の仲間が同じ方向を見ながら協力して、この安房地区の医療をより良くしていく活動ができるから、忙しい中でも頑張れるのだと思います。

PROFILE

田中 かつら

七浦診療所院長。
1959年、東京都目黒区生まれ。85年、川崎医科大学卒業。北里大学病院内科で臨床研修後、同病院神経内科研究員として勤務した。97年に医学博士号を取得。青溪会駒木野病院(東京都八王子市)老人性認知症治療病棟医長、鹿児島県大島郡医師会病院(鹿児島県奄美市)の非常勤医などを経て、2008年に千葉県南房総市で七浦診療所を開業した。廃校となった七浦小学校の校舎を改装し、17年に診療所を現在の場所に移転。介護、病児保育、日用品の販売などを行う施設を併設し、地域住民の暮らしを支えている。 趣味はダイビング(水中写真)、料理、音楽鑑賞、温泉巡り。夫はプロのパーカッショニストの田中倫明氏。夫婦で06年に南房総市に移住し、自然と向き合いながら生活している。

松鳥 むう(4コマ漫画 作画)

松鳥むうさんのプロフィールイラスト

イラストエッセイスト。
「離島」と「ゲストハウス」と「廃れてしまいそうな郷土料理&民俗行事」をめぐる旅がライフワーク。これまでに118カ所(2023年4月現在)の日本の島、100軒以上のゲストハウスを訪れた。その土地の日常の暮らしに、「ちょこっとお邪魔させてもらうコト」が好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)や『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『むう風土記~ごはんで紐解く日本の民俗・ならわし再発見録~』(A&F)など。松鳥むうwebサイト

林 よしはる(4コマ漫画 原案)

林よしはるさんのプロフィールイラスト

七浦診療所総務職員、南房総市議会議員。
千葉県南房総市出身。1997年から吉本興業に所属し、高校の同級生であるマンボウやしろ氏(現在はラジオパーソナリティ、脚本家)と結成したお笑いコンビ「カリカ」のツッコミ担当として活動。2011年にコンビを解散し、事務所を退所したが、21年にマンボウやしろ氏と「ニューカリカ」を結成し、活動を再開した。現在も不定期でライブ活動や動画配信などを行っている。22年4月に南房総市議会議員に初当選した。