icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc
SEARCH

2025.03.19

田中かつら医師(10)「ずっと二人で暮らしたい」 認知症のある夫婦を支える訪問診療

七浦診療所の田中かつら医師が訪問診療で診ている患者に、認知症のある夫婦がいるそうです。「家で二人で暮らしたい」。その思いを支えています。

※4コマ漫画は事実を「少し」盛っています

作画:松鳥むう 原案:林よしはる(ニューカリカ)


私は訪問診療が好きだ。家に上がるとその人の生活や、その人の本当の顔が見えてくる。同居する家族や、遠くに暮らす子どもたちとの関係性もよく分かる。診察室で会うだけでは「到達できないところ」から患者を診ることができる。訪問診療は私にとって、医者として働く醍醐味(だいごみ)の一つだと思う。

文/田中かつら

常備薬切れでパニック 認知症のある夫婦の生活

診療所の昼休みに訪問診療をしている。その中に、90代の夫婦が二人で暮らす家がある。元々は、認知症の症状がある奥さんに旦那さんが付き添い、二人で通院していた。「俺がいないと駄目な女にしてしまった」。それが旦那さんの口癖で、仲睦まじい夫婦だ。そのうちに旦那さんも認知症を発症し、奥さんよりも進行した。さらに、奥さんが脚を骨折したため、二人そろって訪問診療に切り替えたという経緯がある。

ある日、旦那さんから「すぐ家に来てほしい」と電話があった。軽くパニックを起こしているようなので何事かと思ったが、どうやら便秘の薬がなくなってしまったのだという。周りから見ればささいなことでも、本人たちにとっては一大事だ。この時は、外来診療後に往診に出向き、無事に解決した。

いつでも私が駆けつけられるわけではなく、だいたいは訪問看護師が対応してくれている。離れて暮らす子どもたちは、訪問看護師を通してこの状況を知っており、「そろそろ二人で暮らすのは限界かもしれない」と考えているという。私からも二人で一緒に住める施設への入所を勧めたことがあるが、断固拒否された。「この家で二人で暮らし続けたい」という思いは相当固いようだ。

高齢者の暮らしを考える

二人が暮らす家を訪ねるようになって分かったことがある。ちょっとしたことでパニックになってしまうが、普段の自炊はできているし、ちゃんと片付けもできている。何とかかんとか暮らしを維持している。長い付き合いのご近所さんも、気にかけ、声をかけてくれている。何といっても、「このまま二人で暮らしたい」という思いが強く感じられる。多少うまくいかなくても、である。

高齢になってからの生活については、「誰かの世話になる」という悲観的なムードがあるが、そればかりではないと思う。いろいろなサービスを提供する環境が出来てきている。認知症の症状があるからといって、施設に入ったり、家族との同居をしたりすることは、必ずしも取るべき手段ではない。もちろん、本人たちの安全を守るのが第一ではあるが、希望を最大限かなえられるように、生活支援をする人たちと我々医師が連携して、支援をするのも医療・介護のあり方だ。

訪問診療への運転中に、おそろいの「シルバーカー(手押し車)」を押し、肩を並べて、ゆっくりと散歩する二人の姿を見かけることがある。認知症の進行を予防するため日課にしていると聞いた。「動けなくなったら施設に入らないといけないよ」と子どもたちや周りの人に言われていることが、効いているのだろう。二人のほほ笑ましい後ろ姿に、遠くから「頑張れ」と声をかける。少しでもその時間が長く続くように、微力ながら支えていきたい。


訪問診療をしていると、「忙しいのにわざわざ来てもらって……」と申し訳なさそうに言われることがありますが、私はそのたびに「いえ、実は訪問診療、好きなんです」と心の中で返事をしています。人生のほんの一部分でも、関わらせてもらえるのはありがたいことです。最後の瞬間まで立ち合わせてもらえれば、それは医者冥利(みょうり)に尽きるのではないでしょうか。

PROFILE

田中 かつら

七浦診療所院長。
1959年、東京都目黒区生まれ。85年、川崎医科大学卒業。北里大学病院内科で臨床研修後、同病院神経内科研究員として勤務した。97年に医学博士号を取得。青溪会駒木野病院(東京都八王子市)老人性認知症治療病棟医長、鹿児島県大島郡医師会病院(鹿児島県奄美市)の非常勤医などを経て、2008年に千葉県南房総市で七浦診療所を開業した。廃校となった七浦小学校の校舎を改装し、17年に診療所を現在の場所に移転。介護、病児保育、日用品の販売などを行う施設を併設し、地域住民の暮らしを支えている。 趣味はダイビング(水中写真)、料理、音楽鑑賞、温泉巡り。夫はプロのパーカッショニストの田中倫明氏。夫婦で06年に南房総市に移住し、自然と向き合いながら生活している。

松鳥 むう(4コマ漫画 作画)

松鳥むうさんのプロフィールイラスト

イラストエッセイスト。
「離島」と「ゲストハウス」と「廃れてしまいそうな郷土料理&民俗行事」をめぐる旅がライフワーク。これまでに118カ所(2023年4月現在)の日本の島、100軒以上のゲストハウスを訪れた。その土地の日常の暮らしに、「ちょこっとお邪魔させてもらうコト」が好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)や『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『むう風土記~ごはんで紐解く日本の民俗・ならわし再発見録~』(A&F)など。松鳥むうwebサイト

林 よしはる(4コマ漫画 原案)

林よしはるさんのプロフィールイラスト

七浦診療所総務職員、南房総市議会議員。
千葉県南房総市出身。1997年から吉本興業に所属し、高校の同級生であるマンボウやしろ氏(現在はラジオパーソナリティ、脚本家)と結成したお笑いコンビ「カリカ」のツッコミ担当として活動。2011年にコンビを解散し、事務所を退所したが、21年にマンボウやしろ氏と「ニューカリカ」を結成し、活動を再開した。現在も不定期でライブ活動や動画配信などを行っている。22年4月に南房総市議会議員に初当選した。