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2023.08.25

田中かつら医師(3)廃校をリノベした診療所 七浦小学校の記憶

千葉県南房総市の七浦診療所は、廃校になった小学校の校舎を改築して運営している全国的に見ても珍しい医療施設です。どのような思いから校舎を活用するに至ったのか、東京からこの土地に移住し、診療所を始めた田中かつら医師が当時を振り返ります。

※4コマ漫画は事実を「少し」盛っています

作画:松鳥むう 原案:林よしはる(ニューカリカ)


夕暮れの「校庭」に、ちょうちんの明かりと太鼓の音が広がった。山車を引く人、後ろから付いていく人、見守る人。たくさんの地元の人たちが集まっている。7月の初旬、4年ぶりに七浦の夏祭りが開催された。3日間を通して行われ、にぎやかな時間が久しぶりに戻った。最終日クライマックスの会場は、七浦診療所の駐車場。かつては七浦小学校の校庭だった場所である。七浦小学校は2014年3月に閉校し、七浦診療所が校舎と校庭を引き継いだのだ。地域の人たちが慣れ親しんだ場所で患者を待つために。

文/田中かつら

東京から南房総市七浦地区に移住してきた私が、最初の七浦診療所を開業したのは2008年。当時、診療所は小学校と海を結ぶ中間地点にあった。児童が行列を作って浜まで歩いていく姿を、診察室の窓から眺めたのが懐かしい。七浦小学校は校舎での学習と同じくらい、外での学習を大事にしていると聞き、いい学校だなあと感心した。

1954年の町村合併で七浦村が廃止されて以降、「七浦」という名前が消えつつある。閉校がうわさになり始めた頃、名称に「七浦」と付く施設はすでに、小学校と郵便局と私の診療所くらいしか残っていなかった。また一つ「七浦」が地図から消えてしまうことも相まって、思い出の小学校がなくなることは地域住民にとってショックに違いなく、諦めの空気も漂っていた。スポーツ施設や介護施設に変わるかもしれないという話を耳にしたけど、本当かどうかは分からない。私も地域住民の一人として、みんなが通っていた思い出の場所がなくなるのは寂しいなあ、何とかできないかなあ、と考えながら日々を送っていた。

いよいよ閉校の話が現実味を帯びてきていた。そんな折、夫から「小学校で診療所やったら?」と提案された。不意打ちだったが、「施設が大きすぎない?」「地域のみんなのための場所にできるのかしら?」「知らない企業がやるよりは私がやった方が……」とさまざまな思いが巡った末に、心を決めた。当時の診療所は患者が増え手狭になってきていたことや、リハビリや介護ができる施設を併設したいと思っていたことも背中を押した。まずはというべきか、いきなりというべきか、南房総市長に直談判することから始めた。それから、診療所に改装する案が採択されるまで6カ月がたち、その間に、小学校は閉校になった。

広大な施設を改装するのには、2年近くかかった。そうして、七浦小学校は閉校から3年8カ月後の17年11月に、診療所、リハビリテーションセンター、病児・病後児保育施設、居宅支援事業所、薬局などが入る施設に生まれ変わった。「人がすばる(集まる)」場所にしたいと思い、施設を活用して盆踊り大会やクリスマスパーティーなども開いている。小学校の懐かしい写真を展示している図書室もあり、20歳を迎えた卒業生がミニ同窓会で利用してくれたこともある。

さらに、移転してからは診察に来る患者さんの数が目に見えて増え、かつては1日当たり30~50人だったのが、平均して60人以上になった。「広いところになって快適」「通いやすい」という、うれしい声も聞いた。90代の同級生のおばあちゃんが待合室で何十年ぶりに再会し「おめえも老けたな」と言い合っていたのを目にしたことも印象深い。もしかすると、旧小学校に移らなければ見られなかった光景かもしれない。

今年の夏祭りの客の中には、小学校が診療所になって以来初めてこの場所に来たという人もいたようだ。訪れた人たちは、大きな輪になって盆踊りをしたり、久しぶりに会った人同士でのんびりと語らったり、山車を眺めたり、思い思いに過ごしていた。校庭だっただけあって駐車場は広さがあるので、山車の車輪を軸に回転する「取り回し」も勢いよくでき、迫力があった。また一つ、この場所でみんなの思い出が増えたかな、と施設を開設して良かったなと思う。桃色のちょうちんが揺れて幻想的な七浦の時間だった。

「来年も元気でここにすばろう(集まろう)」と、みんなが思っていたはずだ。


実は廃校を利用するよりも、何もない土地に新しく施設を建てた方が、よっぽど効率的で経済的です。なので私のしたことは、単なる「もったいないおばさん」のこだわりなのかもしれません。ただ、お年寄りの多い地域だからこそ、「診療所は気軽に歩いて通える」というイメージを持ってもらうことが大切だと思います。元々小学校があった場所であれば、地域の皆さんには歩いて通った記憶が刻まれているはず。何かあればすぐに診療所に来てほしいのです。そうして、校舎や校庭を駆けて回った頃の思い出と共に、ずっと元気に過ごしてもらいたいと思っています。

廃校を利用した取り組みは全国各地で広がっていると聞きます。七浦にも多くの人が視察に来ています。一言で片付けられない苦労が山ほどあったこともお伝えしますので、興味のある方は七浦診療所のホームページからご連絡ください。

PROFILE

田中 かつら

七浦診療所院長。
1959年、東京都目黒区生まれ。85年、川崎医科大学卒業。北里大学病院内科で臨床研修後、同病院神経内科研究員として勤務した。97年に医学博士号を取得。青溪会駒木野病院(東京都八王子市)老人性認知症治療病棟医長、鹿児島県大島郡医師会病院(鹿児島県奄美市)の非常勤医などを経て、2008年に千葉県南房総市で七浦診療所を開業した。廃校となった七浦小学校の校舎を改装し、17年に診療所を現在の場所に移転。介護、病児保育、日用品の販売などを行う施設を併設し、地域住民の暮らしを支えている。 趣味はダイビング(水中写真)、料理、音楽鑑賞、温泉巡り。夫はプロのパーカッショニストの田中倫明氏。夫婦で06年に南房総市に移住し、自然と向き合いながら生活している。

松鳥 むう(4コマ漫画 作画)

松鳥むうさんのプロフィールイラスト

イラストエッセイスト。
「離島」と「ゲストハウス」と「廃れてしまいそうな郷土料理&民俗行事」をめぐる旅がライフワーク。これまでに118カ所(2023年4月現在)の日本の島、100軒以上のゲストハウスを訪れた。その土地の日常の暮らしに、「ちょこっとお邪魔させてもらうコト」が好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)や『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『むう風土記~ごはんで紐解く日本の民俗・ならわし再発見録~』(A&F)など。松鳥むうwebサイト

林 よしはる(4コマ漫画 原案)

林よしはるさんのプロフィールイラスト

七浦診療所総務職員、南房総市議会議員。
千葉県南房総市出身。1997年から吉本興業に所属し、高校の同級生であるマンボウやしろ氏(現在はラジオパーソナリティ、脚本家)と結成したお笑いコンビ「カリカ」のツッコミ担当として活動。2011年にコンビを解散し、事務所を退所したが、21年にマンボウやしろ氏と「ニューカリカ」を結成し、活動を再開した。現在も不定期でライブ活動や動画配信などを行っている。22年4月に南房総市議会議員に初当選した。