2023.12.12
「うちの地域を助けてもらえないだろうか」。千葉県南房総市、七浦診療所の田中かつら医師のもとに「SOS」が届きました。お隣、館山市の小さな港町で地域唯一の医院が閉院したのです。高齢化の進む過疎地の力になりたい田中医師ですが、そこには法律の問題が……。

※4コマ漫画は事実を「少し」盛っています
作画:松鳥むう 原案:林よしはる(ニューカリカ)
2023年7月、千葉県館山市の港町で、小さな医院がひっそりと閉院した。館山市は私が働く七浦診療所がある南房総市のお隣の自治体だ。この医院は、約700人が暮らす富崎地区の医療を長年担ってきた。院長は地域の行く末を心配し、なんと80歳を過ぎても診療を続けていた。閉院は苦渋の決断だっただろう。実は数年前から、医院が閉院した後のことを心配したこの地区の関係者から「富崎で診療所をやってほしい」という要望が私に届いていた。「自分にできることはなんだろう。相談されたからには力になりたい」と試行錯誤している。
文/田中かつら
七浦診療所のほかにもう一つ診療所を作り、両方運営することは現実的ではない。診療所の開設には多額の費用がかかるのも痛いほど分かっている。過疎化と高齢化が進んだ地域で開業しようという医師がいるとも思えない……。そこで考えついたのが、出張診療、移動診療だった。全国の過疎地で採られている診療形態である。
さっそく、保健所に「出張診療所を開設できないか」と問い合わせてみると、答えはまさかの「NO」。「当該地区は『無医地区』『へき地・過疎地区』ではないから」という回答だった。
無医地区とは、「医療機関のない地域で、当該地区の中心的な場所を起点として、おおむね半径4キロメートルの区域内に50人以上が居住している地区であって、かつ容易に医療機関を利用することができない地区」のことだ※1。医療法上、無医地区ではないと巡回診療(出張診療、移動診療)が認められていないという※2。調べてみると現在は山形県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、佐賀県には無医地区がないとされている。つまり、これらの都府県では、出張診療も移動診療もできないのだ。
※1厚生省の通達「巡回診療の医療法上の取り扱いについて(1962年)」より
※2厚生労働省の通知「へき地保健医療対策等実施要綱」より
実は、SOSをもらったのは富崎地区だけではない。館山市の山あいに位置する古茂口地区も私に助けを求めてきた。この地区では、七浦診療所の休診日に、グループホームの訪問診療を行っている。地域住民から相談を受けたのは2019年、房総半島を襲った台風15号(房総半島台風)が去った後だ。数日にわたりインフラが寸断され、心細い思いをした住民は「診療所のような、人の集まれる場所を確保したい」と考えるようになったという。高齢化の進んだ過疎地域では、診療所が単なる医療機関ではなく、有事の際に住民が身を寄せ合う場としても求められていると感じた。新たに診療所を作るのは難しいが、普段から出張診療を行う場所ができれば、そこが何かあった時のよりどころになるのではないだろうか。
古茂口地区は、市街地の病院まで車で10分の距離にあるし、少し歩けば路線バスも通っている。それだけ聞くと不便には思えない。しかし、この地区の高齢者は運転免許を返納している人もいる。さらにバスは運行数が少なく、段差が小さく乗り降りしやすい「ノンステップバス」ではない。足腰の弱った老人にとっては、気軽に使える交通手段では決してないのだ。しかし、当然この地区も例外ではなく、無医地区としては扱われないため、移動診療も出張診療もできない。
また、家族が遠方在住のお年寄りもいる。場合によっては、近所の人に「お礼」を支払って、病院に連れて行ってもらう人もいると聞く。ただ、近所の人に送迎を頼もうにも、周りも高齢のため、気軽に「連れて行ってほしい」とは言えない。移動のハードルが高いので、「風邪かもしれない」程度の症状だと、通院をためらう高齢者も多いだろう。医療機関とは「ちょっと調子が悪いかも」で気軽に行けるのが理想である。特に高齢者は重症化や急変の恐れがあるのでなおさらだ。
目下、富崎地区と古茂口地区が直面する問題を解決できないかと、何度も行政にかけ合っている。私が理事を務めている安房医師会から範囲を広げて、千葉県医師会へ問題提起するところから始めた。2023年4月には、南房総市と館山市を含む千葉県内の3市1町の首長から千葉県に対して陳情を行ってもらった。そして同年5月、県知事との面会がかない、直接実情を報告することができた。
ただ、思うようには事が進まないのが現実だ。先日、千葉県医療整備課の担当室長が陳情した内容を精査した上で報告に来たが、「開業が最も良い方法です」との回答だった。「それが現実的にできないから陳情しているのに……」と歯がゆい。
許可なく移動診療車で医療行為を施して回ることは法律上できないが、たしかに見知らぬ医師が安房地区に「私人ドクターカー(移動診療車)」で出没し、勝手に患者を診ていたら私も仰天する。しかし、隣町で曲がりなりにも15年間診療所を営み、その地域を知る医師が、医師会などの許可があり、当事者たちから頼まれて診療するようなことを認めるようにできないものだろうか。合法的に医療行為を継続できる仕組みを、一医師だけでなく、医師会や行政と共に考えなければいけない。無医地区の存在が認められた他県では、道の駅に出張診療所を併設したり、公的な病院が移動診療車を設置したりする試みもある。千葉県に無医地区は「ない」が、もっと柔軟に医療が提供できる仕組みを作れるようにするべきだと考えている。
この地区だけでなく私も高齢化している。元気のあるうちになんとかしたいが、目の前の壁が高すぎて、目まいがしている。
日本は人口が減少し続け、65歳以上の割合(高齢化率)が21%を超える「超高齢社会」に突入しています。富崎地区の高齢化率は64%(707人中448人)、古茂口地区は45%(248人中111人)と、超「超高齢社会」です。高齢化率が高まる一方で、高齢者の医療アクセスは年々厳しくなっているのが実情です。
「出張診療所構想」を胸に抱いてから4年がたちました。行政の立場は「無医地区」の定義に変更がない限り変わらないといいます。しかし、諦めるわけにはいきません。持続可能な医療の提供のために、医師にできること、医師にしかできないこと、医師がやらなければならないことがたくさんあります。

七浦診療所院長。
1959年、東京都目黒区生まれ。85年、川崎医科大学卒業。北里大学病院内科で臨床研修後、同病院神経内科研究員として勤務した。97年に医学博士号を取得。青溪会駒木野病院(東京都八王子市)老人性認知症治療病棟医長、鹿児島県大島郡医師会病院(鹿児島県奄美市)の非常勤医などを経て、2008年に千葉県南房総市で七浦診療所を開業した。廃校となった七浦小学校の校舎を改装し、17年に診療所を現在の場所に移転。介護、病児保育、日用品の販売などを行う施設を併設し、地域住民の暮らしを支えている。
趣味はダイビング(水中写真)、料理、音楽鑑賞、温泉巡り。夫はプロのパーカッショニストの田中倫明氏。夫婦で06年に南房総市に移住し、自然と向き合いながら生活している。

イラストエッセイスト。
「離島」と「ゲストハウス」と「廃れてしまいそうな郷土料理&民俗行事」をめぐる旅がライフワーク。これまでに118カ所(2023年4月現在)の日本の島、100軒以上のゲストハウスを訪れた。その土地の日常の暮らしに、「ちょこっとお邪魔させてもらうコト」が好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)や『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『むう風土記~ごはんで紐解く日本の民俗・ならわし再発見録~』(A&F)など。松鳥むうwebサイト

七浦診療所総務職員、南房総市議会議員。
千葉県南房総市出身。1997年から吉本興業に所属し、高校の同級生であるマンボウやしろ氏(現在はラジオパーソナリティ、脚本家)と結成したお笑いコンビ「カリカ」のツッコミ担当として活動。2011年にコンビを解散し、事務所を退所したが、21年にマンボウやしろ氏と「ニューカリカ」を結成し、活動を再開した。現在も不定期でライブ活動や動画配信などを行っている。22年4月に南房総市議会議員に初当選した。