2024.11.20
千葉県南房総市で唯一の病児・病後児保育施設があるのは、七浦診療所の中。6年間運営を続ける田中かつら医師は、どんな思いを持っているのでしょう。

※4コマ漫画は事実を「少し」盛っています
作画:松鳥むう 原案:林よしはる(ニューカリカ)
「子どもが熱を出したのでお迎えに行かせてください……」。病院勤めの時、同僚が申し訳なさそうに早退することがあった。七浦診療所(千葉県南房総市)を開業してからも、職員が同じように早退したり休んだりすることがある。もちろん、子どものために仕事を休むのは、仕方のないことだ。とはいえ、抜けた人の穴をカバーするのは簡単ではないし、抜ける方も心苦しそう……。何とかできないのかなあと、悶々としていた時期があった。
そんな時に存在を知ったのが「病児・病後児保育」だった。保護者が仕事などで自分で子どもを見られない時に、病気の子どもや回復中の子どもを預かる施設である。しかし、当時は南房総市にそうした施設がなく、家も職場も保育園も市内なのに、近隣の市へ往復1時間以上もかけて送迎しなくてはいけない状況だった。だから、「ないなら作ろう」と2018年10月、七浦診療所内に病児・病後児保育施設「そらまめ」を開設した。現在、3人の保育士が、南房総市の病児・病後児保育を支えている。
文/田中かつら
そら豆は、房総地区の特産だ。鞘(さや)がふかふかのクッションのように、豆を守っているように見える。子どもたちにとって、地域にとって、そんな存在になりたいという願いを込め、施設の名前にした。「そらまめ」の保育士は、ある時はお父さんやお母さんのように子どものお世話をし、ある時は看護師のように体調を管理する。ただ預かるのではなく、少しでも心身を安らげて元気になって帰ってもらいたい、と子どもに付きっきりだ。高熱や体調不良が続くと保育士も不安になることがあるが、何といっても診療所内である。医師がいつでも診ることができるのが強みだ。
「そらまめ」では感染対策のため、一つの疾患に対して、1部屋と1人の保育士を割り当てている。定員は9人だが、3人の子どもがそれぞれ別の疾患の場合、4人目をお断りせざるを得ない。また、施設利用の予約があっても当日の朝、元気になり保育園に行く場合もあり、当日キャンセルになることも多い。夜間に熱を出す子も多く、朝から利用の問い合わせが殺到することもある。その時々の状況に応じて、保育士が柔軟に対応している。
2023年6月頃が、病児・病後児保育を始めて一番忙しい時期だった。コロナ禍が落ち着き、マスクをする人が減ったためか、新型コロナだけでなくインフルエンザ、手足口病、アデノウイルス感染症などなど、ありとあらゆる感染症が一度にはやりだしたのだ。利用希望者が続出し、子どもを預かれなくなる日も出てきた。そんな時は近隣市町村の施設も満杯のため、予約枠のキャンセルを待ってもらうしかなくなる。子どもを預かってもらうことができなかった保護者はどうするのだろう……と、受け入れを断るのはとても心が痛んだ。
逆にコロナ下の2020年は感染症対策が徹底された結果、他の感染症がほとんどはやらなくなった。そのため「そらまめ」の利用者もほとんどいなくなった。喜ばしいことなのだが、喜んでばかりはいられない大人の事情がある。施設の運営を支えるのは、利用料と、利用者数に応じて加算され自治体から支給される補助金だ。利用者が減ればそれだけ収入も減るのだ。どうなることかと思ったが、この時ばかりは全国の保育施設が同じ状態であったことから、国の特例措置で、前年度と同程度の助成金が支給されたため、保育士を何とか雇い続けることができたのだった。
このような運営の難しさは「そらまめ」だけでなく、全国各地の病児・病後児保育施設で共通のものだ。行政サイドは、私たちの事情を聞いてはくれるが、利用者数に応じた助成の仕組みは変わらない。丁寧に保育し、他の子に違う疾患がうつらないように最大限に配慮しようとすると、大人数を預かることはできなくなり、満足のいく助成は得られない。当日キャンセルがあれば、その枠を生かすことは難しく、収入は減る。地域で必要とされているのにもかかわらず施設が増えていかないことに対して、実際に運営して初めて合点がいったのであった。
こうしたドタバタが落ち着いた今年の夏、「そらまめ」の保育士と一緒に石川県金沢市に出向き、全国病児保育研究大会(第34回)に参加した。そこで、全国各地に、病児・病後児保育に携わる人たちがいて、国に対してさまざまな意見や実情を訴え続けていたことを知った。施設の当日キャンセル分を補てんする制度ができたり、コロナ下でも前年度同様の助成金が出たりする改革は、先人の方々の活動の成果である。
今回、参加して印象的だったのは、学会の会頭であり、病児保育施設「こりすの里」と、横井小児科内科医院を金沢市で営む横井透院長が話していた「病児・病後児を預かっている時にも『保育は続いている』」という言葉だ。
具合の悪い子どもを預かる施設ではあるが、看病するだけではない。なぜなら、その間にも子どもは成長する。健やかに育っていくための「保育」は続いている。そういう意味だ。
具合が悪い中、親から離れ、慣れない施設で過ごす不安な時間の心と体をどうケアしていくか――。いろいろな工夫を凝らして、病気であっても保育を継続することの重要さを学んだ。
房総半島の端っこで、「そらまめ」ならではの保育を展開できるように、保育士と共に工夫を重ねていきたい。そして、この地域に病児・病後児保育施設が充実し、若い世代が働きやすく、住みやすい土地になるようにと願っている。そのためなら一役でも二役でも買いたい。
「そらまめ」を開所してから6年、昨年の利用者は600人を超えました。その中に、時々利用してくれる兄弟がいます。ある日、風邪をひいた弟がやって来ました。預かる時に「お兄ちゃんが『そらまめ行きたい』って大泣きしていたんですよ」と、お母さんが教えてくれました。いつも忙しく保育している「そらまめ」の職員ですが、そんな話を聞くと「疲れも吹っ飛ぶ」と笑っていました。その頑張りに、心から感謝しています。
そのお兄ちゃんはきっと、以前に「そらまめ」に来ていた時の楽しい思い出が残っているのでしょう。そんなふうに「そらまめ行きたい!」と子どもたちに思ってもらえるような施設であることが目標です。私は、子どもたちの楽しそうな声を聞くと「何して遊んでいるのかな?」と、隣の診療所でいろいろ想像しています。大人になった時、そらまめが子どもたちの良い思い出の場所になっているといいなあ。

七浦診療所院長。
1959年、東京都目黒区生まれ。85年、川崎医科大学卒業。北里大学病院内科で臨床研修後、同病院神経内科研究員として勤務した。97年に医学博士号を取得。青溪会駒木野病院(東京都八王子市)老人性認知症治療病棟医長、鹿児島県大島郡医師会病院(鹿児島県奄美市)の非常勤医などを経て、2008年に千葉県南房総市で七浦診療所を開業した。廃校となった七浦小学校の校舎を改装し、17年に診療所を現在の場所に移転。介護、病児保育、日用品の販売などを行う施設を併設し、地域住民の暮らしを支えている。
趣味はダイビング(水中写真)、料理、音楽鑑賞、温泉巡り。夫はプロのパーカッショニストの田中倫明氏。夫婦で06年に南房総市に移住し、自然と向き合いながら生活している。

イラストエッセイスト。
「離島」と「ゲストハウス」と「廃れてしまいそうな郷土料理&民俗行事」をめぐる旅がライフワーク。これまでに118カ所(2023年4月現在)の日本の島、100軒以上のゲストハウスを訪れた。その土地の日常の暮らしに、「ちょこっとお邪魔させてもらうコト」が好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)や『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『むう風土記~ごはんで紐解く日本の民俗・ならわし再発見録~』(A&F)など。松鳥むうwebサイト

七浦診療所総務職員、南房総市議会議員。
千葉県南房総市出身。1997年から吉本興業に所属し、高校の同級生であるマンボウやしろ氏(現在はラジオパーソナリティ、脚本家)と結成したお笑いコンビ「カリカ」のツッコミ担当として活動。2011年にコンビを解散し、事務所を退所したが、21年にマンボウやしろ氏と「ニューカリカ」を結成し、活動を再開した。現在も不定期でライブ活動や動画配信などを行っている。22年4月に南房総市議会議員に初当選した。