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2020.11.18

【第3回】「地域を診る医師」として保健所で住民の健康をサポート

東京都大田区保健所感染症対策課長 高橋 千香先生

公衆衛生領域で働く医師にとって、代表的な職場の一つである保健所。2020年は特に新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、保健所の医師の働き方、その使命や悩みが過去になく、クローズアップされました。

しかし、それでもなお、保健所という行政組織の中で働く医師が平時にどんな役割を担っているか、毎日どんな覚悟を持って働いているかは、意外に知られていないのではないでしょうか。今回は、日本のコロナ対策の最前線に立つ、東京都大田区保健所感染症対策課長の高橋千香先生に登場いただきます。インタビューは2020年の盛夏、区の新型コロナ対策会議の合間を縫って行われました。

挫折から拓けた公衆衛生の道

学生時代から地域保健に関する活動に参加していたそうですが、どんな取り組みだったのですか。

私が進学した東京女子医科大学には数十年の歴史を持つ「地域保健研究会」という学生団体があり、そこに1年生のときから所属していました。私の入部当時で20年近くの歴史がある研究会で、学生が医療過疎地に赴いてフィールドワークを行う伝統があったのですが、私の時は新潟県の豪雪地帯の村に伺いました。

その地域では、雪深い冬の食料として食品を長期保存する文化が根付いていることもあってか、住民の塩分摂取量が非常に多く、胃がんの発症率が高かったのです。そこで、1週間かけて公民館に泊まり込み、各地区を回りながらその住民の方に向けて「健康教育」を行いました。

最後には大学の公衆衛生学教室の教授にも来てもらって、講義をしてもらい、翌年はがん検診の受診率が改善したそうで、地域の保健師さんにも喜んでもらえました。1年生から参加していましたが、その頃はまだ大学でも医学の授業を受ける前ですし、血圧を測るとか簡単なことしかしていません。でも病気のことを分かりやすく、かつ押し付けがましくならないように説明する大切さに気付いたのは、この時だと思います。

でも当時の私は「大学を卒業したら病院で臨床医として働く」という将来像を描いていました。人体をオールラウンドで診られる内科医になって地域のために働きたいと思い、初期臨床研修はさまざまな診療科をローテーションできる東京医療センターでお世話になることにしました。

卒後3年目からは、内科の中でも感染症もあればがんもあり、アレルギー疾患もあるなど、幅広い領域の疾患を扱い、画像診断や病理診断にも携われる点に魅力を感じて、東京女子医科大学病院の呼吸器内科で働き始めました。

病院臨床をめざして歩んでいた高橋先生が、公衆衛生の道を本格的に考え出したきっかけは何ですか。

正直に言うと、当時の大学病院の勤務環境は、私にとってはかなりハードでした。当然、研修医時代と違って誰かのサポートを期待するわけにはいかず、3年目でも当直時には現場の責任者として1年目、2年目の後輩やスタッフをリードする必要もありました。

その頃の呼吸器内科は人が少なかったんだと思います。他科との交渉も、相手がずっと上の先生だとまったくかなわず……。厳しい思い出です。また、想像よりはるかにハードな毎日を過ごす中で、「この働き方のままでは結婚や出産は難しいかもしれない」とも考えました。そこで臨床以外で働くことを考えたとき、頭に浮かんだのが学生時代からなじみのあった公衆衛生分野だったのです。

当時の大学の月給は当直代を含めて10万円ほどでしたから、アルバイトに行かないと生活できません。そのアルバイト先で外来診療をたくさん経験したことも、転身を後押ししてくれたように思います。

それまでは入院している患者さん、つまり病気がすでに悪化した方を担当することがほとんどでした。特に東京女子医大はCOPDの権威の先生がおられたこともあり、かなり重症の患者さんが多かったのもあります。一方、外来では「生活しながら病気と向き合う」患者さんとの出会いが多くなります。重症化する前の段階で予防的に介入することの大切さをあらためて実感し、そこに医師としての興味も移っていきました。

そこで4年目途中で呼吸器内科の教授に相談したうえで、5年目から母校の大学院の公衆衛生学教室に進みました。公衆衛生学の先生方には、地域保健研究会で指導もいただいていたので、その影響もあったと思います。4年間かけて博士課程まで修了した時は、大学に残って研究を続けようかとも思ったのですが、現場に出て患者さんやいろんな方と話をして仕事をするのも面白いかな、と2010年に東京都へ入職しました。

「積極的な提案」ができることの楽しさ

これまで都内3か所の保健所で勤務経験があるそうですが、具体的にどんな業務を担当してきたのでしょうか。また仕事の面白さはどんな点でしょうか。

まずは多摩小平保健所(感染症対策担当係長)と北区保健所(結核感染症係長)で主に結核対策に関する業務に携わり、感染が起こった背景の調査、専門家委員会の開催、対策の立案・実行という一連の流れを経験しました。

その後、北区保健所で保健予防課長になりました。それまでは地域の皆さんや患者さんと直接お会いする機会が多かったのですが、課長となってからは病院管理者や医師会の理事などとのやり取りが増え、関係機関との連携体制を整えることが主な業務となりました。

現在は、大田区保健所の感染症対策課長として働いています。課員は20人ほど、半分が保健師、残りが事務職、私のほかに係長職で医師が1人います。感染症に関する対策の検討・政策の立案に携わるほか、組織内のマネジメント、予算確保といった部分も担っています。

もともと私はこうした裏方でサポートするような役割が好きなたちで、学部生時代の地域保健研究会では活動内容を企業にPRし、協賛金や試供品の提供をお願いすることもありました。その経験も、実は今の仕事につながっているかもしれませんね。

臨床の現場で病院に来る患者さんを待つのではなく、私たちの方から元気な人にはそのまま健康を維持してもらい、病気や障害がある人には地域で生活しやすいサポートをこちらから提供できる立場に、私たちはいます。方法もたくさんあります。それを考えていく仕事はとても楽しいですね。

私たち行政の人間は法律を作る立場にはありませんが、現行の法律でできる範囲を見極めながら、地域の課題を解決しうる事業を実現することができます。病院では患者さんを「待つ」ことが基本姿勢ですが、ここでは地域の皆さんに「働きかける」ことが可能で、より積極的に健康な生活をサポートできることに魅力を感じています。

臨床から行政に移ったことで、どんな点に大きなギャップを感じましたか。

臨床では、自分が担当した患者さんの治療効果を、診療科にもよりますが数日から数週間の単位で知ることができます。しかし、行政では事業の効果が現れるのは数年後というケースが多く、異動によってそれを見届けられないこともしばしばあります。どちらもやりがいのある仕事ですが、達成感を得られるまでの時間的スケールが大きく異なることは確かです。

また、企業も同様かもしれませんが、組織としての意思決定までに多くの段階を踏む必要があったり、管轄の関係でいわゆる「縦割り」の弊害が出てしまうことも、行政ならではの特徴の一つかもしれません。特に東京都は地方自治法に基づく「特別区」があるので独特なんです。特別区はそれぞれに首長がいて、独立した予算を持ち、私たち職員は都に所属するのではなく、区の上位は国になります。

ですが、分野によっては都が統括するという特殊な建て付けになっています。業務分担についても他の自治体にない事例があって、たとえば診療所は区の保健所の管轄ですが、20床以上の病院は都の医療政策部が所管しています。

医療法に基づく病院の立入検査は都が行いますが、院内感染など感染症法にも基づく対応は都と区で連携して行っています。新型コロナウイルスのようなケースでは区の範囲内だけで物事を進めることは不可能ですから、複雑に絡み合う関係機関と信頼関係を築きながら、粘り強く調整を重ねる能力が求められます。

地域を守り切る「覚悟」を忘れずに

高橋先生は出産・育児を経験していますが、子育てと仕事の両立についてはどう考えていますか。

私は大学院時代に結婚し、夫や実家とも協力し合いながら、現在小学1年生の子どもを育てつつ働いています。保健所は9~17時勤務が基本ということもあり、比較的ワークライフバランスを保ちやすい職場だといえるでしょう。もともと公務員には女性が多く、出産・育児と仕事を両立するための制度が整っているため、東京都の医系技官は女性の方が多く、保健所長など女性管理職も珍しくありません。

ただし、「楽そうな仕事だから」という理由で行政職を選択するのは、後悔することになりかねないため注意が必要です。昨今のコロナ禍は極端な例ですが、有事の際にはかなり厳しい働き方も覚悟しなくてはなりません。頻繁ではありませんが、課長職ともなると24時間対応を求められ、深夜に連絡が来るようなこともあります。「地域住民の健康を守る」という大きな使命感を持ち、自らの職務を全うできる方に適している仕事だと思います。

最後に、社会医学系に興味を持つ医学生や医師たちへメッセージをお願いします。

病院にいると忘れてしまいがちですが、人間は社会全体の中で生きているものです。疾患の治療だけでなく、患者さんを取り巻く生活環境のことにまで興味の幅を広げられる医師には、社会医学はぴったりの分野だと思います。2017年に社会医学系専門医制度がスタートし、この分野で「専門医」という看板を掲げられるようになったこともこの領域で働きたい人には追い風になりますよね。

社会医学系に興味がある医学生の皆さんには、ぜひ今のうちから多様な経験を積んでほしいと思います。私がやっていたようなフィールドワークもいいですが、それ以外にも自分の視野を広げる方法はたくさんあります。私の場合は、家庭教師、ファストフード店での接客、野球場での売り子など、学生時代に複数のアルバイトも経験してきました。医学部という環境に閉じこもるのではなく、より広い視野で社会のあちこちを見て、たくさんの人と出会うことが、その後の自分の成長につながると思います。

PROFILE

高橋 千香(たかはし・ちか)

東京女子医科大学医学部を卒業後、国立病院機構東京医療センターにて臨床研修。東京女子医科大学呼吸器内科に入局後、同大学大学院(公衆衛生分野)へ進学。博士課程修了後、東京都へ入職し、多摩小平保健所、北区保健所を経て、現在は感染症対策課長として大田区保健所に勤務している。プライベートでは、2013年に出産して一児の母に。医学博士。社会医学系専門医、指導医。