2024.02.29
千葉県南房総市、七浦診療所の田中かつら医師の夫は、著名なパーカッショニストの田中倫明さん。全く違う世界にいたという二人の出会いは海の中でした。趣味のダイビングから多くのものを得た田中医師は、仕事や勉強だけに没頭するのではなく、よく遊び、人に出会うことを勧めます。

※4コマ漫画は事実を「少し」盛っています
作画:松鳥むう 原案:林よしはる(ニューカリカ)
私の夫はプロのパーカッショニスト(打楽器奏者)。自分の楽曲を作って表現するほか、さまざまなアーティストのサポートとしてライブやレコーディングで演奏することをなりわいにしている。私とは全く違う世界で生きている。そんな私たちが、どこで出会えたのかというと、なんと海の中だ。40歳を目前にして結婚願望に諦めがつき、趣味であるダイビングを満喫していた頃の出来事であった。
文/田中かつら
小さい頃から、ほとんど泳げなかった。どれだけ練習しても水に顔をつけるのが怖く、息継ぎがうまくできなかったのだ。それなのにダイビングを始めたのは20代後半に行った沖縄の離島旅行がきっかけだった。せっかくだから海に触れたいと思い、体験ダイビングに参加した。怖かったけど、明るくきれいな青い世界に圧倒された。空気のタンクがあるので、苦手な息継ぎをすることなく海中にいられる安心感。そして、この地球上で「無重力」になれる時間に心を奪われていった。
ダイビングは一人でも行けるのが良い(潜る時は現地のガイドや他の参加者と一緒だが)。友達とスケジュールを合わせて……なんてことは、気にしなくていい。時間があれば飛行機に乗って、沖縄県の石垣島や宮古島 、鹿児島県の奄美大島――と、とにかく南の海へ向かった。奄美大島では、現地病院の非常勤医として1カ月に一度は島を訪れ、仕事終わりに海へ向かうという生活を12年間続けた。海で出会った見ず知らずの人でも、一度でも一緒に潜ると、特別な体験を共有したような不思議な感覚になり、一気に距離が縮まる。そうして、仕事とは関係のない友人がたくさんできた。
ダイビングが趣味になってしばらくたった頃、好きなシンガー・ソングライターのダイビングとライブをセットにしたツアーがあると知り、米国・サイパン島まで飛んで行った。そこで出会ったのが、バックで演奏していた夫だった。海には彼と同じグループで潜ったのだが、ちょっと油断をしている隙に、一団を見失うという失態を犯した。その時に、夫は私がいなくなったことに誰よりも先に気づき、心配してくれていた。 大きな体で、小さなサンゴやイソギンチャクをじっと見つめている姿が印象的な人——。メールもまだ普及していない時代で、それをきっかけに文通が始まり、一緒にダイビングに行くようになった。持っていて良かったダイビングライセンス、である。
海に潜ると、その人の本当の姿が分かる(気がする)。例えば、陸上ではとても優しいが、海中では周りが見えなくなってしまう人。普段はおとなしくて何も言わないけど、困ったら目を見て助けてくれる人。特に追い込まれたときにどう立ち回るかによって、その人の本質が見えてくる。結婚を考えているカップルにはぜひダイビングを勧めたい。
夫は優しく穏やかな性格で、何ごとも私のやりたいようにやらせてくれる。私も夫の価値観を尊重し、自分の価値観を押し付けるようなことはしないので、けんかはめったにしない。そんな彼とインド洋の島国モルディブで潜った時、珍しく意見が食い違うことがあった。
モルディブは歩いて一周ができるほどの小さい島が多い。そのためガイドを付けずに、バディ(二人組)で潜ることができる。水深10~15メートルまで潜り、1時間くらいかけて島を一周すればゴールだ。潜ってしばらくして、私は「もう、一周したのではないか」という考えに取りつかれた。身振り手振りでそれを伝えたが、夫はまだまだゴールは先だと答える。不安になった私は戻ろうと繰り返すが、夫は進むべきだという。納得しない私に、夫は浮上して水面に出て確認しようと提案してきた。
通常、水面への浮上は「窒素酔い」や「減圧症」の危険があるため、一度のダイビングで何度もすることではない。それでも、夫は私のために提案してくれた。結果的に、夫の判断が正しかった。夫は私のわがままや誤った判断を、危険のない範囲で見守り修正してくれる。それまで以上に信頼が深まった、思い出深い出来事だ。
今から18年前(2006年)、結婚して8年がたった頃に、海が大好きな私達は、海の近くに引っ越した。毎日、水平線から日が昇り、波の音が絶えず聞こえてくる場所。魚がたくさんいる海を目の前にして、なぜか全く潜らなくなった。海のそばにいれば、それで満足なのかもしれない。でもあの無重力の世界にはいつか戻りたいなぁ、と青い海をいつも眺めている。
将来の結婚について、心配している医学生や若い医師が少なくないと、このコラムの担当編集者から聞きました。確かに医師は限られた空間で仕事をし、時間に追われ、自分の時間を満足に持てず、時が過ぎていきます。でも、若いうちはそれでも時間があります。仕事や勉強だけでなく、外へ目を向けることをお勧めします。確かに私にとって結婚は、世間に対する視野を広げ、医療を提供する上でも、とても大きなことでした。「結婚はいいもんだ」と思います。しかし、結婚する・しないにこだわらず、いろんな人と出会い、その人の生き方や価値観を知ることで、自分の世界が広がります。遊びも勉強の一つとして、何でも挑戦してみてください。その先に、いい人との出会いがきっとあるはずです。

七浦診療所院長。
1959年、東京都目黒区生まれ。85年、川崎医科大学卒業。北里大学病院内科で臨床研修後、同病院神経内科研究員として勤務した。97年に医学博士号を取得。青溪会駒木野病院(東京都八王子市)老人性認知症治療病棟医長、鹿児島県大島郡医師会病院(鹿児島県奄美市)の非常勤医などを経て、2008年に千葉県南房総市で七浦診療所を開業した。廃校となった七浦小学校の校舎を改装し、17年に診療所を現在の場所に移転。介護、病児保育、日用品の販売などを行う施設を併設し、地域住民の暮らしを支えている。
趣味はダイビング(水中写真)、料理、音楽鑑賞、温泉巡り。夫はプロのパーカッショニストの田中倫明氏。夫婦で06年に南房総市に移住し、自然と向き合いながら生活している。

イラストエッセイスト。
「離島」と「ゲストハウス」と「廃れてしまいそうな郷土料理&民俗行事」をめぐる旅がライフワーク。これまでに118カ所(2023年4月現在)の日本の島、100軒以上のゲストハウスを訪れた。その土地の日常の暮らしに、「ちょこっとお邪魔させてもらうコト」が好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)や『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『むう風土記~ごはんで紐解く日本の民俗・ならわし再発見録~』(A&F)など。松鳥むうwebサイト

七浦診療所総務職員、南房総市議会議員。
千葉県南房総市出身。1997年から吉本興業に所属し、高校の同級生であるマンボウやしろ氏(現在はラジオパーソナリティ、脚本家)と結成したお笑いコンビ「カリカ」のツッコミ担当として活動。2011年にコンビを解散し、事務所を退所したが、21年にマンボウやしろ氏と「ニューカリカ」を結成し、活動を再開した。現在も不定期でライブ活動や動画配信などを行っている。22年4月に南房総市議会議員に初当選した。