麻酔科医 川久保弥知の言いたい放題！ 第3回「倫理観はどうなっている？　“悪ふざけ”で麻酔薬」

ある動画配信サービスが先日、出演者を静脈麻酔薬プロポフォールで麻酔し、もうろう状態でダイイングメッセージ（もどき）を書かせるという内容の番組を配信しました。これを問題視した日本麻酔科学会が放送2日後の10月16日、『静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について』という理事長声明を発表しました。声明では「プロポフォールが内視鏡クリニックを舞台に使⽤され、何らかの外科的処置を必要としない⼈物を意図的に朦朧（もうろう）状態にするという内容が含まれていることを知り、深い憂慮を抱いております」と伝えています。私もこの番組を見ました。その内容は悪ふざけであり、麻酔科医の視点からすると怖くてたまらないものでした。

不安全極まりない麻酔管理

この番組には二つの問題点があります。一つは麻酔管理が不安全であること、もう一つが倫理に反することです。

前回の「10万分の1のリスクに備える」で、麻酔科は「患者安全」のためにリスクを抑えることにこだわる科だとお話ししました。しかし、この番組の麻酔管理はその逆で、不安全の積み重ねでリスクが高いものでした。皆さんもご存じの通り、プロポフォールは気道閉塞（へいそく）や呼吸停止などの危険な副作用があるため、安全には十分に気をつける必要があります。

細かい解説は省いて、番組中の不安全行為を列挙してみます。プロポフォールの投与量が多い▽モニターが（血中の酸素飽和度を測る）パルスオキシメーターのみで血圧や心電図の測定をしていない▽出演者がいびき呼吸や一時的な呼吸停止を起こしているのに酸素投与や気道確保などの処置をしていない……などです。幸いにもこの番組でアクシデントは起こりませんでしたが、このような不安全な麻酔管理を続けていてはいつ医療事故が起こっても不思議はありません。

医行為が許されていることの重みを忘れるな

番組中に「検査のついでにロケを行わせていただきました」との注意書きが出され、確かに麻酔導入の撮影を行なった後で上部消化管内視鏡検査をしていました。しかし、もうろう状態で“ダイイングメッセージ”を書かせるという企画が主目的で、検査は言い訳に過ぎないことは明らかです。

プロポフォール麻酔は前述のとおり非常に危険なので、必要な処置や検査のためだけに安全に十分に配慮した上で行うべきです。このような企画は医療倫理の「無危害」や「善行」に反します。企画を考えた番組制作者や許可を出した医療機関の倫理観を疑います。

医学的判断に基づかないことは慎もう

われわれ医師は普段なにげなく医行為（医師法によると「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」）を行なっています。しかし、これは医師免許がなければ傷害罪に当たることです。医師として、医学的判断と技術を持って行なっているとされているから、その罪を免れているに過ぎません。その重みを決して忘れてはいけないのです。

皆さんの中には、「悪ふざけの企画のために麻酔薬を使う」という人はいないと思います。ただ、悪ふざけではないにしても、急性アルコール中毒の治療の際、”お仕置きのため”に必要以上に太い針で末梢静脈ルート取ることで患者さんに痛みを与えるといった話を聞くことがあります。

こんなことは、とても残念なことです。医学的判断に基づかない医行為は厳に慎みましょう。