麻酔科医 川久保弥知の言いたい放題！ 第2回「10万分の1のリスクに備える」

初期研修医の皆さん、TBS系ドラマ『ブラックペアン』は見ましたか？　金にあくどい孤高の天才外科医が巨大な組織の闇を切り開く――という痛快なストーリーで、令和の『ブラック・ジャック』（漫画家・手塚治虫の代表作）ともいえる面白いドラマでした。

『ブラックペアン』の外科医は格好いいけれど…

『ブラックペアン』は医療監修もしっかりしていて、手術シーンもかなりリアルです。とはいっても、既に医療現場を経験している皆さんがこのドラマを見たら、「こんな医者いない」「こんな現場はありえない」といった感想も出てくるでしょう。

麻酔科医である私もドラマを見ながら、患者の安全をないがしろにし過ぎではないか、と思うところが確かにありました。しかし、フィクションと割り切ると、一般人が想像する「格好いい外科医」を最大限に表現していて、私も「格好いいなぁ」と思いながら見ていました。

ドラマ的な外科医の格好良さとは、患者の危機にさっそうと現れ、神業手術を成功させて患者を救うことです。これを演出するにはドラマ上で患者を危機にさらさなければなりません。『ブラックペアン』では重要な情報が共有されていなかったり準備不足のまま無理やり緊急手術に突入したりして、それが原因で患者が危険な状態に陥り、そのたびに主人公が窮地を救うのです。

ただ、これは、「予防可能な患者への危害をなくし、医療に伴う不必要な危害のリスクを許容可能な最小限まで低減する」という「患者安全」の考えに反しています。現実世界で臨床をしていく皆さんは、患者の情報や方針については事前にチームでしっかりと共有し、患者安全を常に心がけてください。

ほとんど起こらなくても。麻酔科の「患者安全」へのこだわり

全ての医療従事者が患者安全を心がけるのは当然のことです。その中で、患者の安全について特にこだわっている科が麻酔科です。

『ブラックペアン』シーズン2第9話で、「悪性高熱症」が出てきました。悪性高熱症は全身麻酔を受けた患者10万人のうち1～2人が発症する重篤な合併症です。1960年代には死亡率が70～80%と非常に高いものでしたが、80年代に特効薬ダントロレンが登場し、これを使用することで死亡率を10%以下にできるようになりました。

非常にまれなので、麻酔科医でも一度も経験したことのない人が多いのが実情です（私もありません）。しかし、そのわずかでも起こり得る、予防可能なまれな合併症に対して、リスクを低減するために、麻酔科医は常にダントロレンを施設に備えています。大体は使われないまま消費期限を迎えて廃棄されますが、「それでも」です。

10万分の1のリスクを抑えるためにこだわる科、それが麻酔科です。研修で麻酔科をまわる際は、手技などだけでなく「患者安全」へのこだわりについてもぜひ学んでいってください。

それは、仕方ないわ！

……え？　『ブラックペアン』では麻酔科医がダントロレンを準備していなかった。あれはけしからんのではないか、って？？　いや、全くもってその通りなんですが、ドラマの医療監修を担当した心臓外科医・山岸俊介先生が自身のX（旧ツイッター）に、その訳を投稿していました。

前日にも悪性高熱症があってダントロレンを使ってしまっていた、という裏設定があったそうです。10万分の1に備える麻酔科医であっても、さすがにそれが2日連続で起こるなんて、そんな天文学的な確率にまでは備えられませんわ。

川久保弥知（かわくぼ・みとも）

1987年、高知県生まれ。初期研修までは高知で「育つ」も、麻酔と集中治療の両方を学びたいと思い立ち、後期研修（専門研修）から広島市民病院で研さんを積む。現在は呉共済病院に勤務。Twitter（現X）で麻酔科についていろいろな投稿をしていたところ、日本麻酔科学会の偉い人に拾われ、学会公式アカウント開設に携わる。
最近の趣味は、子どもと一緒に始めた「ポケモンカードゲーム」。どうせやるなら本気で、と親子で大会にも参加している。

X：@MitomoKawa