初期研修医の皆さんにも指導医がいるだろう。医師にとって指導医とは、単なる臨床的な技術や知識を伝える存在ではない。臨床現場での特有の価値判断や意思決定の羅針盤であると同時に、医師そして人間としての生き方そのものを教えてくれる重要な存在だ。
ただ、臨床現場での特有の価値判断や意思決定については、AIなどのツールが発展した現在において、その価値や役割は相対的に減っている。だから、「何を、何のために、なぜするのか」という問いを設定する力を付けさせることこそ、指導医の重要な役割だと思う。これは、AIを使いこなすための要素でもあるのだし。
僕は、ある先輩医師に対して実力不足を感じていた。マネジメントが下手で、視野は狭く、普段は優しいのだが、追い詰められた時に感情が乱れ、常に何となく頼りのない感じがあった。彼とは雑談するぐらいならいいが、2手3手先を見通せないので、真面目な話をするのはつまらなくて嫌だった。この評価は僕だけでなく、他の人も共通していた。
その医師には障害のある子どもがいた。さまざまな話題から、育児の経験や苦労、発見が垣間見られ、それが僕や周りの人の大きな学びになった。それは、彼の頼りなさが帳消しになるほどで、僕も周りの人も彼を尊敬していた。
医学的判断など頼りにならないところも多数あるが、良いと思えるところもたくさんある。結局のところ、指導医といえども、完璧な存在ではないわけだ。ほどほどに信用し、良いところから学んでいくしかないだろう。
「何を、何のために、なぜするのか」という問いを設定する力を付けさせることが指導医の役割だと言ったが、これらに一つ一つにちゃんと答えられる指導医は案外少ない。若い時の僕は答えられない指導医らに対し、幻滅しているところもあった。しかし、指導医らの人間らしい部分、つまり正直さや素朴さ、弱さを知ることで、「自分を許す術」を知った。
なぜ医局(僕の場合は自衛隊)に残るのか? なぜ貯金をするのか? なぜ家を建てるのか? なぜ子供に受験勉強をさせるのか? なぜ地方に住むのか? なぜ医学博士を取るのか? その研究はなぜ行うのか? その論文はなぜ書くのか?
同じ問いに対しても、人によって答えは全く異なる。しかし、その人の人生を知ると、その答えはしっくりくるものである。
別のある指導医は、医学的判断や人前での立ち居振る舞いは良いが、プライベートでは不倫をし、離婚し、高級車を乗り回し、旅行で散財するのが好きな人だった。患者や看護師らが彼のプライベートを知っても評価を変えないことは不思議だった。それでも、彼の「見せ方」についてもまた、学ぶことのできる部分であった。
どんな人生であっても、僕はその人たちの人生の話を聞くのが好きだ。
益田裕介(ますだ・ゆうすけ)
1984年生まれ。岡山らへん出身。精神保健指定医、精神科専門医・指導医。防衛医科大学校卒業、陸上自衛隊勤務後、民間病院を経て、2018年4月より東京都内の早稲田大学横で個人開業医をしている。19年12月からYouTubeもやっている変な人。酒が好きすぎて、心身を壊しそうだったので20年6月から断酒中。そのことを自慢に思っている。週6~7勤務も疲れてきたので、勤務日を減らしたいけれど、貧乏性なので減らせない。こんなに頑張って働いているお父さんなのに、8歳になる娘からは「変態おじさん」なるあだ名を拝命しました。
月曜のマミンカ
神奈川県川崎市在住のイラストレーター、絵本作家、グラフィックデザイナー。 2022年、絵本「カモンダメダメモンスター」を出版後、こどもと楽しめるワークショップを不定期で開催。 4匹の保護猫とヒーロー好きな息子、自由奔放な娘の子育てに奮闘中。
HP: https://mondaymom.official.ec/
Instagram: https://www.instagram.com/mondaymaminka/