麻酔科医 川久保弥知の言いたい放題！ 第10回「美容外科の麻酔には、“とんでもないもの”がある！？」

Xの麻クラでも話題になっている「自由診療の危険な麻酔」

先日、日本麻酔科学会が『自由診療における麻酔行為の適正と、専門医・認定施設の品位について』という声明を発表しました。

自由診療の麻酔において、SNSでは「安全な麻酔」と宣伝しているのに、実際には不安全な麻酔が提供されていることを問題視する内容です。実はこの声明が出る前から、X（旧Twitter）の麻酔科医の間（麻クラ）では、「美容外科の麻酔の中には、とんでもないものがある」という話が流れていました。

美容外科が宣伝としてSNSに投稿している動画には、モニターを付けていなかったり、酸素投与をしていなかったりといった不安全な麻酔の様子のほか、シーソー呼吸（シーソーのように、吸気時に胸郭が下がり腹部が膨らむ異常呼吸。麻酔による上気道閉塞などが疑われる）のような危険な状態も映っていました。

さらに、うわさレベルではありますが、美容麻酔の現場では「SpO2 80%（※）は普通、SpO2 60%まで大丈夫」と言われていることもあるとかなんとか……。これでは美容麻酔の患者が低酸素脳症になってもおかしくありません。
※ SpO2：血中酸素飽和度。基準値 96〜99％

SNS上には、美容麻酔を複数回受けた後からずっと頭がボーッとする、と訴えている投稿もあり、事実であれば軽い低酸素脳症が起こっていることが疑われます。

安全性が軽視される自由診療の構造的な問題

保険診療を行っている研修医の皆さまがこの話を聞いたら、「患者の安全が第一ではないのか」と憤慨されるかもしれません（どうかその憤りを忘れないでいただきたい）。

自由診療において安全対策をするか否かは金銭的な期待値で決まります。つまり、その診療によって起こり得る事象の確率を考えた場合に、収入がどのように増減するかで、何をやるのかが変わってくるということです。

比較的安全な軽度鎮静では患者は痛みなどで不快な思いをする確率が高くなるため、患者の満足感が下がって減収につながります。それに対して、本来は十分な知識技術が必要な中等度鎮静は、何も覚えていない状態で手術が終わるので、患者の満足感は高くなります。中等度以上の鎮静は専門家でない医師が行うと呼吸停止の危険がありますが、それについて患者は知らされていないのですから、こちらが選ばれてしまうのは当然のことです。

また、まれに（ただし一般的な保険診療施設より高頻度で）起こる重篤な麻酔事故に対しては、期待値的に「麻酔科専門医を雇う人件費」＞「示談金の額×麻酔科専門医なしで事故が起こる確率」と計算し、麻酔科専門医を毎回雇うよりもたまに示談金を払う方が儲かる、と判断している美容外科クリニックもあるようです。

つまり、収益が優先される自由診療の現場では、構造的に麻酔の安全性は軽視されがちになるのです。

「安全第一」の心を忘れないで！

残念なことに、たとえ志が高い研修医であっても、美容外科に進むと自由診療の環境に染まってしまい、安全軽視な医師になってしまうといわれています。このコラムを読んでいる美容外科志望の研修医の皆さまにおかれましては、初期研修で習う安全第一の心を忘れないでいただきたい……！

とはいえ、美容麻酔の問題は、研修医の心掛けだけでなんとかなる問題ではなく、構造から直していく必要があります。麻酔科側から、患者さんへ麻酔の危険性や安全対策について啓発する▽美容外科医へ麻酔の正しい知識技術を教育する▽美容外科における麻酔科専門医の有用性をアピールする――などの働きかけが必要でしょう。日本麻酔科学会は声明を出すだけでなく、このような働きかけも行ってほしい、と私は願います。

※今回のコラムは、美容麻酔が専門の金山旭先生（東京美容外科麻酔科診療部長、LOCHIC CLINIC GINZA、CONTOUR CLINIC TOKYO）に取材して執筆しました。美容麻酔の問題点だけでなく、美容外科業界に入るためのキャリアパスについてもお伺いしたので、次回はそのことをお話しします