2025.08.21
寂しいですが、ヤンデル先生のコラムは今回が最終回です。12回にわたる連載をありがとうございました! 今回のコラムに出てくる一文を紹介します。――私はぶれる。ぶれすぎてブレーリードッグだ。
この連載、始まった時には「だ・である調」だったのに、途中からシレッと「です・ます調」になっていた。今気づいた。うっかりだ。根が上品なので、いつしか……つい……敬語に……。にじみ出る品位。香ってしまう品格。誠に申し訳ない。
でも、まあ、あまり気にしないでほしい。過去を振り返ると「ぶれ」に気づく、そんなことはよくあることだ。編集部も一切気にしないと言ってくれて、よかった。まあ、まだ、問い合わせていないのだけれど、こう書いておけば大丈夫だ。今さらどうしようもないのだ。
私はぶれる。ぶれすぎてブレーリードッグだ。
Xだって、いったんやめたけどまたやっている。でもまたやめるかもしれない。そもそも、アイデンティティーというものは、世間がいうほど「確固たる」ものではない。どちらかというと、常に保留、仮止め、カッコに入れておく。「括弧たる」くらいでちょうどいい。統一された人格が、長年にわたって同じことを発信し続けるなんて、そんな、出荷してから毎日ずっと同じことばかり言っているペッパーくんと変わらないではないか。
私はずっとぶれている。ぶれすぎてブレンパワードだ。
大学を卒業した頃、私は自分の研究テーマが億兆の民衆を救うと信じた。初期研修もせずに大学院に直行し、毎晩遅くまで論文を読み、朝から延々と実験をした。しかしその一方で、なぜか病理診断にも手を出し、基礎研究との二刀流に挑んだ。実験の合間に診断の勉強もしていた。結果的にどちらも中途半端になった。どうして一本化しなかったのか。どうしてぶれを減らそうと思わなかったのか。
当時の研究テーマで今の私につながっているものはない。プラスミドの設計も免疫沈降もメチレーションスピーシフィックPCRも、その後の病理診断のキャリアとは関係がない。それは指導医が悪かったからでも運が悪かったからでもない。私がぶれたからだ。そして、それは、平凡な人類の末席を温めるものとしての私には避けようもない、生命の根源的な振動によるものではなかったか。私は本能にしたがってぶれ続けたのではなかったか。
大学院を出てから病理医になった。それからの私もぶれまくってブレインストーミングだ。
今、就職してからずっと使っていたデスクを何週間もかけて整理しているところなのだけれど、出てくる書類に統一感がない。「俺、こんなことに興味を持っていたのか」みたいなメモがたくさん出てきて、ちょっと引いている。えっなにこの研究会、ぜんぜん出た記憶がない、面白そうだなあ。わっなにこの本、表紙はけっこう折り目がついていてちゃんと読んでいるはずなのに、今この方面にはぜんぜん見向きもしていない。どうなってんだろうなあ。
本当に当時の私と今の私は地続きなのだろうか。アイデンティティーが虚数の密度(iデンシティ)だ。
もうちょっと計画的に生きておけばよかったな、と思わないでもない。でも、いや、どれだけ綿密に計画していたとしても、結局はそこから外れざるを得なかった。時代を振り返ってみれば分かる。あの頃の私は、これだけ世間がAIに狂うとも思っていなかったし、それなのに病理診断が一向にアナログな顕微鏡から抜け出さない(抜け出せない、ではない)ことも予測できなかった。2回も結婚するとも思っていなかったし、職場をこんな中途半端なタイミングで辞めることになるなんて、全くぜんぜんかけらも予想していなかった。
過去の自分との差分を観察する。これが人生の厚みか、と勘違いしてしまいたくもなる、そんな重層的な人生を、錯綜(さくそう)しながら歩んできたのだなと思う。それを他人がうまく錯覚して、奥行きを感じ取って、私という人間を必要以上に大きく見てくれるなら、それでもいいかな、みたいな虫のいいことを、少し思って、また懲りずにぶれながら暮らしていく。
次の私はまたちょっと変わっているだろう。それで誰かに迷惑がかかることも多少はあるとは思う。でも、世の中はわりと狡猾(こうかつ)で強(したた)かだから、今とちょっと違う私を、なんだかんだでうまいこと、すくいとって新たな甲斐(かい)の中に放り込んでくれる。あんまり大きな夢とかキャリアとか考えてもしょうがないのかもしれない。なんか、その、私の場合はそうだった。あなたは違うかもしれない。でも、そういう私とあなたの差もまた、人類のぶれとしてなんだかんだでうまく機能することだろう。
連載おわり
病理医ヤンデル:本名 市原 真(いちはら・しん)
1978年、札幌市生まれ。2003年、北海道大学医学部卒。医学博士、病理専門医。1年間のご愛読、誠にありがとうございました。
月曜のマミンカ
神奈川県川崎市在住のイラストレーター、絵本作家、グラフィックデザイナー。 2022年、絵本「カモンダメダメモンスター」を出版後、こどもと楽しめるワークショップを不定期で開催。 4匹の保護猫とヒーロー好きな息子、自由奔放な娘の子育てに奮闘中。
HP: https://mondaymom.official.ec/
Instagram: https://www.instagram.com/mondaymaminka/