精神科の専攻医ウサミ(ハンドルネーム)と初期研修医スズキ(同)の対談の続編をお届けする。
医師の心と患者の心が向き合うという精神科の診療では、医師も「時には心が疲れる」という。どのようにして心の健康を保つのか、ウサミ医師が専門的な視点から、その秘訣を語った。また、精神科にはQOL(生活の質)重視でその領域に進んできた医師が少なからずいるという。精神医学が好きで選んだウサミ医師はどう思っているのか、本音で語った。
初期研修医スズキ
精神科にはどんな難しさがあるのか教えてください。
専攻医ウサミ
基本的に私は、患者さんと自分を切り離して考えられる方なんですけど、境遇が似ている場合や被害が明確である場合、共感の引き出しが開きやすくなってしまいます。あくまで例えばですけど、虐待の疑いがあるお子さんがいたとします。精神的な虐待の場合は特に、親が子どものことを思って取った行動が虐待につながってしまうケースがあります。主治医として、子どもに共感しすぎて立ち位置が偏ると、親御さんからしたら「自分の敵」「親としての私の気持ちを分かってくれない」ということで、「医師と子どもVS親」という対立構造ができてしまって、何の解決にもならないんですね。だから、難しいんですが、バランスを取ることが大事です。
初期研修医スズキ
精神科医も人間なので、思い入れがあると、それが出てしまうことがあるということですよね。
専攻医ウサミ
はい。その人のことばっかり考えてしまって、「あれ、偏りすぎちゃってるかな」と思ったら、同期に相談することがありますね。私には今、一歩引いた立場ではっきりとアドバイスをくれる仲間たちがいます。
初期研修医スズキ
リフレッシュ方法はなんですか。
専攻医ウサミ
最近は、患者さんにお薦めされたアニメを見ています。元々はアニメを見る方じゃないんですけど、患者さんがどんなこと考えているか知ってみたくて。それで、おとなしく勧められた通りに見ています(笑)。あとは絵を描くとか、本当に好きなことをして、休みの日はしっかり仕事以外のことをしようと心がけています。
初期研修医スズキ
なるほど。仕事から離れるというのが大切なんですね。精神科医は特に、入り込みすぎると自分までしんどくなってしまう。その予防として、趣味をしっかり持つという工夫がいるのかなと感じました。
専攻医ウサミ
たしかに、「精神科医やってたら病まない?」と、知り合いからすごくよく聞かれます。普通にしてたら病むかもしれません(笑)。それは、心対心で、心が心を治すからです。友達、親、恋人みたいに診療していたら、きっと巻き込まれていくと思います。だけど、そこはプロなので、巻き込まれている場合じゃないというか。単にお話を聞いてあげる相手ではないし、ただひたすらに同情するために自分がいるわけではありません。その人がどんなことを、どういうふうに考える人なのか、表面に出していることと本当のことがどれくらい違うのかなどを、見つけていかないといけません。そういうことを考えてやっていると、あまり巻き込まれないと思います。
初期研修医スズキ
ただ傾聴するだけでなく、冷静な視点で患者さんを観察するというところですかね。
専攻医ウサミ
精神病理学的な考え方で、「了解」という用語があります。患者さんの話を聞いて、それがその人の人生や価値観を基に考えた場合に、理解できるかどうかということです。ただ、「あ~分かる分かる」と共感することではなくて。
初期研修医スズキ
「了解可能」とか「了解不能」というように使う言葉ですよね。
専攻医ウサミ
そうです。患者さんの話を聞くときに、自分の持っている価値観を一旦放り投げて、その患者さんの価値観を物差しにして、考えるんです。自分の物差しで共感することも大事なんですけど、それをやり過ぎると気持ちが巻き込まれていくと思います。患者さんの物差しを使って考えるので、「“納得”はできないけど“理解”はできる」という状態が生まれることがあります。
初期研修医スズキ
患者さんの物差しに当てはめて。それが病まない秘訣なんですね。
専攻医ウサミ
他人の物差しを使って、その人を映す鏡になっているだけだから、自分自体は影響を受けないという感じかもしれないです。
初期研修医スズキ
この患者さんならこう考えるのは理解できるかな、そういう人もいるな、という視点で見るという。
専攻医ウサミ
そうです。そういう感じに近いです。
初期研修医スズキ
精神科はプライベートの時間を作りやすい診療科と聞きます。実際はどうですか。
専攻医ウサミ
そうですね、精神科を「QOL最高!」「遊べるの最高!」という感じだけで選ぶ人も一定数います。プライベートを充実させるために精神科一択という人と、本当に精神科の仕事が好きという人に分かれていると思うんですよね。
初期研修医スズキ
僕の病院もそうです。
専攻医ウサミ
最初は、QOL重視の人たちともうまくやっていくのは難しいなと感じていました。私は精神医学が好きというタイプなので、彼らに対しては「その程度のモチベーションかい!」みたいに憤っていました。だけど、年次が上がり、彼らが私にとって良い医者であるかはどうでもいいことに気がつきました。患者さんにとって、その医師が何かの救いであったり、この先生に出会えて良かったと思っていたりするなら、私の価値観は関係ありません。
初期研修医スズキ
たしかにその通りですね。
専攻医ウサミ
実際に、意外とそういう先生が、患者さんにとっては良い先生なことってあるんですよね。だから、その人の一面しか見られていなかったなと反省したこともたくさんあります。あと、チームで動いているので、「やる気がないからあの医師はだめだ」と切り捨てていたら、患者さんにその雰囲気が伝わってしまいます。だから、適材適所で役割分担するようにしています。今となってはモチベーションが違う人がいても、いろんな先生がいていいじゃないか、と思うようになりました。
初期研修医スズキ
一方で、QOL重視の医師は病むことがほぼないから精神科に向いているという話を聞いたことがあります。いつもその人がピンピンな状態でいるから、患者さんも安心できると。根を詰めて真剣にやり過ぎても……という面もあるんでしょうかね。
専攻医ウサミ
それはあります。真剣だけが正解じゃないというのは学びました。
tica ishibashi
イラストレーター、ファッションクリエイター。
アパレル商社のデザイナー職を経てフリーランスに。見た瞬間に「ずきゅん」と一目ぼれするような胸に響くクリエーションをモットーに、ファッションに特化したクリエイティブワークを展開する。イラストレーション、ファッションデザイン、アートディレクションと幅広く活動。広告グラフィックやブランドイメージビジュアルなどのさまざまなファッションイラストの制作と、アパレル企画や衣装などのファッションデザインを手がけている。2023年度JIAイラストレーターオブザイヤー最優秀商品イラスト賞受賞。
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