精神科の専攻医ウサミ(ハンドルネーム)と初期研修医スズキ(同)の対談をお届けする。
ウサミ医師は話ぶりから、仕事にとても真摯(しんし)に向き合いながら、楽しんで働いていることが伝わってきた。質問に対して真剣に丁寧に答えているのだが、会話が重々しくならない。場の雰囲気を自然と和やかにしてしまうウサミ医師の素質ゆえだろう。スズキ医師は、落ち着いた雰囲気を持つ好青年だ。受け答えが柔和で、相手の発言を自分の言葉でまとめる力がある。研修で精神科を回って以来、強く興味を持ち、志望しているという。
「精神科を選んだ動機」「精神科の仕事は楽しいか」。それぞれの話題が深いところまで入っていき、人について突き詰めて洞察する精神科らしい対談になった。
初期研修医スズキ
まず、ウサミ先生が精神科を選んだきっかけを教えてください。
専攻医ウサミ
単純じゃないので、長くなってしまったらごめんなさい。医師になる前は、精神的に負担を抱えやすい業界で仕事をしていて、すごく才能があってもその道を諦める人を多く見てきました。私はそこで出世していくよりは、彼らを含め、心がうまくいっていない人を助けていく人生がいいなと考えたのがきっかけです。
初期研修医スズキ
へええ。とても立派な理由ですね。
専攻医ウサミ
というのは表向きの理由で、根底には別の動機があります。
初期研修医スズキ
!?
専攻医ウサミ
私は、血のつながった家族に精神疾患を持っている人がいます。周囲から「どうせお前も病気になるだろ」とか「きちがいの家系」と、陰口を言われてきました。それに対して子どもの時から、何で精神的な病気がある人だけ邪魔者みたいに扱われなきゃいけないんだと疑問に思っていたんです。
初期研修医スズキ
なるほど。
専攻医ウサミ
例えば、骨折やがんとか、他の病気なら、「元気になってね」と応援されるのに。「自分はそういう血が流れているから……」みたいに負の感情を持ったり、家族のことを隠したりするのが嫌だと思いました。そういう偏見を身をもって体感してきたので、この経験を社会に生かす仕事がしたいと思ったんです。
初期研修医スズキ
それが本当の理由なんですね。
専攻医ウサミ
この道を志してからも、家族に精神疾患を持った人がいるということに対する偏見・差別が付いて回りました。例えば、医学部の面接や小論文の練習の時です。本当の志望動機を挙げると「文章自体は良いけど、印象が悪いから落ちるかもしれない」と言われました。おかしな考え方だと思いましたが、社会を変えるためには、まず合格しなくてはいけません。それで、嘘ではない表向きの理由を作って、ここまで来たという感じです。
初期研修医スズキ
先生の話を聞いて思ったのは、精神疾患は家族を巻き込んだ問題であるということです。
専攻医ウサミ
おっしゃる通りです。
初期研修医スズキ
つまり、患者本人だけでなく家族にまで悩みを与えてしまう社会に対して、ウサミ先生は挑戦しているんですね。
専攻医ウサミ
すごくよくまとめていただいてありがとうございます。先生は、頭の回転が速い方ですね(笑)。
初期研修医スズキ
先生の話には共感するところがあります。というのも、精神科に進むことを考えていると祖母に伝えたら、心配されまして。医師として順調に歩んでいってほしいという願いがあってのことだと思います。
専攻医ウサミ
年齢が上の人ほど、精神科の印象はあまり良くないかもしれません(笑)。
初期研修医スズキ
初期研修で精神科を回って思ったのは、薬も進化しているということです。統合失調症など、昔だったら治らなくて隔離されていたような人も、今は徐々に社会復帰できている状況なのかなと、研修医ながら思いました。そこの誤解を解いていくようなことが社会には必要で、その時、先生が感じているような葛藤と闘うことになるのかなと思っています。だからこそ、おばあちゃんには「そんなことないんだよ」と言いたくなりました。
初期研修医スズキ
シンプルな質問です。精神科は楽しいですか?
専攻医ウサミ
楽しいです、楽しいです! 好きなので。
初期研修医スズキ
どういうところに面白みがありますか。
専攻医ウサミ
一つは自分の経験を人のために生かすことができることです。自分の技術とか知識だけじゃなくて、感情や人生そのものを誰かのために使えるというところに、喜びと楽しさを感じます。あと、いろいろな患者さんといろいろなことを話すので、それ自体がシンプルに楽しいです。人が好きなんだと思います。
初期研修医スズキ
自分自身の苦しいときの乗り越え方を患者さんにアドバイスすることはありますか?
専攻医ウサミ
自分の乗り越え方を患者さんにアドバイスすることは、私はないです。その人にはその人の乗り越え方があります。また、あまり啓発本みたいにはならないように心がけています。外来に来ている時点で、自分の人生を捨てないぞという気持ちがあって、何とかしようと精神科に助けを求めているので、まずそこに自信を持ってほしいんです。「私は、今のあなたが目の前に来てくれたことをうれしく思う」と伝えるだけで、つらいときはこうしたらいいよということをあまり言わないですね。
初期研修医スズキ
今、けっこう感動しました。
専攻医ウサミ
でも、例えばパニックになりやすい人に対してはすごく簡単な呼吸法を教えるということはありますよ。それは世界的に認められていて、エビデンスがあることなので。こういうやり方もいいらしいよと情報を伝える感じです。
初期研修医スズキ
あくまで押し付けはしないということですね。僕も兄弟に対して、こうした方がいいだろうと思って口を出したくなることは多々あるんですけど、置かれている状況が全然違うし、彼らなりの考えがあるんだろうと思いとどまることがあります。しんどい時にポジティブ過ぎる言葉を見たらさらにしんどい、みたいなことになるのかなあと思います。
専攻医ウサミ
うんうん、そうだと思います。
tica ishibashi
イラストレーター、ファッションクリエイター。
アパレル商社のデザイナー職を経てフリーランスに。見た瞬間に「ずきゅん」と一目ぼれするような胸に響くクリエーションをモットーに、ファッションに特化したクリエイティブワークを展開する。イラストレーション、ファッションデザイン、アートディレクションと幅広く活動。広告グラフィックやブランドイメージビジュアルなどのさまざまなファッションイラストの制作と、アパレル企画や衣装などのファッションデザインを手がけている。2023年度JIAイラストレーターオブザイヤー最優秀商品イラスト賞受賞。
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