春が来ました。
当院にも新たな研修医のみなさんがお越しになりました。皆さんハツラツとされていてとてもよい感じです。当院では、研修医は入職したら「シャドーイング」からスタートします。1週間、二年目研修医のうしろにぴったりとくっついて、2年目の仕事、電子カルテの使い方だとか医局の活用法だとか、勤怠管理の方法だとか、院内各所のインフラといったものをざっと学んでいきます。チュートリアル期間です。院内のたくさんのスタッフ(私含む)との初対面の期間でもあります。
新人の方々は、胸元の名札を手に持って掲げながらあいさつをしてくださる場合が多いんですよ。「まあそれはそうだろ」とお思いですか? 私は割とびっくりしました。昔は、ちょっと会釈してちょっと名乗る、くらいのものでした。患者に対してするようなあいさつを、私のようなうだつの上がらない中年医師に対してもしてくださるなんて、こちらとしても身が引き締まります。
サンダルを脱いで椅子の上にあぐらをかいて診断しているところにキラキラまぶしい研修医が襲来して「あっ、ちょっと待ってください」などと慌てて立ち上がって最敬礼でぎくしゃくおじぎをする私は本当に全然洗練されていないなあと思います。教わることの多い毎日です。
ところで、たまに、そういう「定型的なあいさつの様式」を取らない方というのがいらっしゃいます。
ぶっきらぼうというか、わりと圧のある目線を向けてくるというか、取って食おうというオーラというか、そういう感じの方が、そこそこの割合で混じっているのです。
二年目の斜め後方でただならぬ存在感を放ちながら「……ッス」みたいなあいさつをされますと、「こいつはちょっと見どころがあるな」と、気になってしまいます。脳内で戦闘モードのBGMがかかります。きっと、他人と同じことをしたくない、自分にしかできないことをしてやろうという野心があるのでしょう。実際そういう方をしばらく眺めておりますと、1年目の秋くらいには、新しい勉強会を立ち上げていたり、ときには論文を書き始めたりします。
逆に、最初にお目にかかったときから物腰がていねいであいさつが気持ちよい研修医というのはどうかというと、これはもう明らかに、ナースステーションでも医局でも好感度が高く、着実に実務を身に付けていきます。
私はそういう方の名前をなかなか覚えられないのですが、周りの医師やスタッフからは「とってもいい研修医なのでちゃんと名前を覚えてあげてください」と、めちゃプッシュされます。人気者です。入職時の抱負として、「まずは医師として最低限の仕事をできるように頑張ります」みたいな社交辞令があると思いますが、まさに有言実行、あっという間に日常業務を習得します。
皆さんは、DevOps(デブオプス)という言葉をご存知ですか?
ディベロップメント(開発)とオペレーション(運用)、それぞれの担当者が緊密に連携しながら、システムとかソフトウェアなどの開発をしていくというIT用語です。研修医の皆さんをみていると、初対面のあいさつの時点で、将来Dev(ディベロップメント)タイプの医師になるのか、Op(オペレーション)タイプの医師になるのかが、かなり伝わってきます。お分かりですよね。あいさつしないほうがDev、あいさつが強いほうがOpなんですよ。
で、えー、ここまでは単なる観察の「結果」なので、「考察」を足します。
DevOps、医師の場合、残念ながら両方を求められます。どちらもやった上で、さらにどちらかに秀でてくれと言われるのです。これはシステムとしては破綻しているような気もするんですが、現実なので否応なく対応しなければなりません。
どれだけ野望がありアイデアがあったとしてもあいさつができないと怒られます。いくら病棟業務に長けていても研究発表がないと物足りなく思われます。DevだけでもOpだけでも、医療業界で自在に動くためには足りません。研修医のころはどちらかだけでよくても、専門医取得の頃には、両方に目を向けていなければいけないのです。
若い頃の私は、そのことをなんとなく分かっていたのか、心の中に大きな野望をばりばりに燃やしつつ、しかし、あいさつだけはちゃんとしよう、という気持ちで振る舞っていました。結果、ついたあだ名が「慇懃(いんぎん)無礼」です。難しいものだなあ。
病理医ヤンデル:本名 市原 真(いちはら・しん)
1978年、札幌市生まれ。2003年、北海道大学医学部卒。医学博士、病理専門医。「いつも締め切りより早く入稿されますから、もう、締め切りなんてなくてもいいですよね? いちおう締め切りは25日です」みたいなメールが来るようになった私はOpタイプ。なお今回日のコラムのタイトルは2案あり、ボツになったほうのタイトルは「インギン・オブ・ジョイトイ」であった。
月曜のマミンカ
神奈川県川崎市在住のイラストレーター、絵本作家、グラフィックデザイナー。 2022年、絵本「カモンダメダメモンスター」を出版後、こどもと楽しめるワークショップを不定期で開催。 4匹の保護猫とヒーロー好きな息子、自由奔放な娘の子育てに奮闘中。
HP: https://mondaymom.official.ec/
Instagram: https://www.instagram.com/mondaymaminka/