病理の専攻医スバル(ハンドルネーム)と初期研修フミヤ(同)の対談の最終話をお届けする。
今回は、フミヤ医師が病理に対する疑問を率直に聞く。治療方針を決めてしまうことへのプレッシャーはないのか、手技がない診療科で成長は感じられるのか、AI(人工知能)は脅威ではないのか――。さて、スバル医師の答えは?
初期研修医フミヤ
僕は今、放射線科を回っているんです。放射線科は自分で読影したものが治療方針の要になる診療科だと感じています。同じく病理の先生方も、組織診とか細胞診とかで自分が付けた診断によって治療方針が決まりますよね。
専攻医スバル
そうですね。放射線科と病理はかなり共通点のある科だと思います。
初期研修医フミヤ
治療方針を決めてしまうというのは、すごくプレッシャーになるのではないでしょうか。スバル先生はプレッシャーとどのように向き合っているんですか?
専攻医スバル
確かに病理は大きなプレッシャーと戦う科だと思います。ただ、僕は専攻医なので、責任を全て負っているわけではないんですよ。病理は専門医を取って初めて、診断を確定することができます。もちろん、下書きは全て専攻医が自分で書いているので、その責任はあるんですけど。だから、プレッシャーとは今後、専門医を取ってから向き合っていかなければならないと思っています。
初期研修医フミヤ
病理には手技というものがありませんよね。例えば外科なら縫合が速くなったとか内視鏡がうまくなったとか、自分のスキルが上達していることを実感する場面があると思うんです。病理にもスキルアップを感じる瞬間はあるのでしょうか。
専攻医スバル
これが、けっこうあるんですよ。例えば、難しい疾患が来てしまったときでも、きちんと勉強しておくと出会った瞬間に分かるんですよね。「あ、あの教科書のあそこに載っていたやつだ」と。それで、追加の染色などのオーダーを出して詰めていって専門医に提示すると、「そうだね。これだね」とOKをもらえる。そういう一連の流れの中で成長を感じることは、多くあります。
初期研修医フミヤ
なるほど。「あ!」ってなったときは、めっちゃ気持ち良さそうですね。
専攻医スバル
はい! それは、かなり気持ち良いです(笑)。
初期研修医フミヤ
病理はすごく勉強が必要な科だと思います。でも、実際に本屋に行ってみると、病理の指南書みたいなものが他科に比べて少ない気がするんです。スバル先生が似ていると言っていた放射線科の診断の勉強の本はたくさんあるんですけど。
専攻医スバル
まさにその通りで、初学者のための本が少ないんです。病理医のバイブル的なものとして『外科病理学』(文光堂)という本があるのですが、2冊に分かれていて、合わせて1800ページ以上あるという……(笑)。それを簡単に書き下した本がほとんどないのが実情です。
初期研修医フミヤ
スバル先生は、その本を読み解くところから始めていったんですか。それは、すごいですね。
専攻医スバル
僕はそうでした。その本を辞書的に使いながら。ただ今は恵まれていて、僕の指導をしてくれている専門医が病理の入門的な本を出しているんですよ。その本に当初出会っていればよかったんですけどね。
初期研修医フミヤ
病理や放射線科の将来で気になるのが、AIのことです。やはりAIは病理の診断の中にも入ってくるのでしょうか。
専攻医スバル
もちろん、そうなると思います。
初期研修医フミヤ
それについては、喜ばしいことだと考えていますか? それとも脅威に感じていますか?
専攻医スバル
僕は喜ばしいことだと考えています。病理医の負担やミスを減らすことができますからね。
初期研修医フミヤ
AIが人間に取って代わるということは、あり得ないですか?
専攻医スバル
それは難しいと思います。炎症性の疾患と腫瘍性の疾患が全臓器にわたってあります。さらにその中には、まれな疾患があって、世界に数例しか報告されていないものもあるんです。そういった疾患について調べる場合は、文献ベースで検索することになります。じゃあ、文献を全部データベース化したらAIに任せられるかというと、そうではないんです。
初期研修医フミヤ
それは、どうしてですか?
専攻医スバル
各標本の条件、免疫染色(抗体を使ってサンプル中の抗原を検出する方法)の条件、これらは全部違うので、画一化してデータベースを作るのは現実的ではないからです。
初期研修医フミヤ
そうするとAIについては、可能なものを蓄積して、診断のツールの一つとして使う方向で進んでいくということですね。
専攻医スバル
そうです。病理組織の画像をクラスタリング(ルールに基づいてグループに分類)することで、症例を入力したらどのクラスター(グループ)の診断になるのかが分かるというシステムの開発が実際に進んでいます。
初期研修医フミヤ
以前、放射線科の専攻医の先生にお話を聞いた時、自宅などでの遠隔診断が進んでいるということを聞きました。病理は、遠隔診断はできるようになるのでしょうか。
専攻医スバル
遠隔診断を実際に運用している先生がいます。そして、そういうシステムができつつあるという話も聞きます。
初期研修医フミヤ
問題や課題は何もなさそうですか?
専攻医スバル
遠隔診断を行うには標本をスキャンする必要があるんです。その手間がかなり大きくて。標本のほこりを落として、1枚4~5分かけてスキャンして、その上で1枚2~3ギガもあるデータをアップロードするわけです。それを全部整えるとなると、かなりの労力になりますよね。この点を、今後どんどん改善していくところだと聞いています。
初期研修医フミヤ
最後に、スバル先生が考えている今後のキャリアについて教えてください。
専攻医スバル
まだきちんと決めていなくて、フワッとした感じで申し訳ないのですが(笑)。僕の所属している教室の専門が脳腫瘍なので、その関係で留学ができたらいいなと思っています。
初期研修医フミヤ
どの国で勉強したいというのは、何かあるんですか?
専攻医スバル
ドイツに脳腫瘍で有名な医科大学があるので、そういうところで勉強できたら面白いだろうと思います。『WHO(世界保健機関)腫瘍分類』(腫瘍の性質と予後から治療方針を決めるための国際基準)の著者がいるような所で。
初期研修医フミヤ
スバル先生は、病理に進むのも学生の時に決めたとのことですし、常に早いうちから目標を持って動いて、すごいですね。
専攻医スバル
いやいや。そう聞こえるかもしれませんが、いろいろ流されながら、ですよ(笑)。
おわり
tica ishibashi
イラストレーター、ファッションクリエイター。
アパレル商社のデザイナー職を経てフリーランスに。見た瞬間に「ずきゅん」と一目ぼれするような胸に響くクリエーションをモットーに、ファッションに特化したクリエイティブワークを展開する。イラストレーション、ファッションデザイン、アートディレクションと幅広く活動。広告グラフィックやブランドイメージビジュアルなどのさまざまなファッションイラストの制作と、アパレル企画や衣装などのファッションデザインを手がけている。2023年度JIAイラストレーターオブザイヤー最優秀商品イラスト賞受賞。
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