icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc
SEARCH

病理医ヤンデルの言いたい放題! 第7回「発注にはっと気づいてキスをした」

  • X

「著者の筆が随意に踊っているかのような書き物を随筆と言うんです」。へえー。「エッセイとは元々フランス語で試みという意味があるんです」。ほうー。

随筆家とかエッセイストって、ちょっと憧れる肩書きですよね。

ところで、以下は「良い/悪い」を論じているわけではないとお断りしておきますけれども、近頃ウェブで随筆とかエッセイとかいわれているものの大半は、編集者から、文字数とか締め切りはもちろんのこと、大まかな題材までも指定した「発注」がまずあって、それに応じた職業的物書きの皆さまが「納品」することで世に出ています。

となると、書かれたものは、必ずしも著者の“自由な”思いの丈というわけではないし、“気ままな”試し書きでもなければ、訥々(とつとつ)とした告解でもなく、さほど随意に書かれたものというわけではないんですよね。ウェブ上の分類が「随筆」「エッセイ」であったとしても、です。

繰り返しますけれど、それが悪いと言っているわけではありません。

そういう文章に面白いものは山ほどあります。ただし「随筆」と呼ぶのは違うのではないか、強いていえばこれらは「寄稿」でしょう、と、精神科医・翻訳家の阿部大樹(あべだいじゅ)先生が先日、とあるトークイベントで犬を相手に語られていました。私は感服しました。興味のある方は「阿部大樹 犬」で検索するとイベントが出てきます。ログは見られないけれど。

早くもここまでで、依頼の文字数の半分を、他人のトークを基にご用意させていただいておりまして、私の頭からオリジナルに流れてくるものが一切含まれていないコンテンツに原稿料(税込み)が発生しつつあるわけで、私にとっても国にとっても、ありがたいにも程があることこの上ないったらありゃしないですね。

しかし私はふと思います。そもそも、随意に、勝手気ままに、自分の中から生じてくるものだけを相手にして、それが仕事になることなんて、ないだろう、と。

それどころか私たちは、たとえ遊びであっても自分の自由意志だけで行うことはほぼありません。漫然と過ごしているだけに見える時間にも、そこには多かれ少なかれ「発注」と「納品」がある、と思います。

「昨日からイベントが発生してて、ガチャの回数が増えてるからちょっと引いとくか」とか、「来月は付き合って2年目の記念日だからそれっぽいレストランを予約しとこう」とかも、環境や状況から浮かび上がってきた「広義の発注」に反応して、「広義の寄稿」を返していると言えなくもないわけです。なお、これはかつて作家の浅生鴨(あそう・かも)さんが語られていたことと通じるところがありまして、私は実に、発注された文字数の4分の3を人から借りてきたアイデアで埋めております。

きっかけは発注。骨子は引用。言い回しにもボキャブラリーにも誰かの影響がびんびんに感じられ、自分そのものなんてのは、「カタマリ」としてはどこにも存在しない。私たちの人生とは、いわば、「随筆を書いていいよ」と言われながら、実際には「依頼原稿を書かされ続けている」のではないかと思います。それでもなお「自分」を感じさせるのがテクニックということなんでしょうか。

ところで私のこの連載はエッセイではなくてコラムですね。語源は柱です。随意とかそもそも関係ないんですよね。

根本的にずれた話で文字数を全部埋めたぞ! わーい!


==編集部からもう一言==

医師の仕事も、患者(発注者)に対して、人から借りてきたアイデア(先人たちが積み上げてきた医学の知識と技術)を用いて、適切な治療(納品)をすることが肝要なのだと、ヤンデル氏は伝えてくれたのだと思います。

ヤンデルプロフィール画像

病理医ヤンデル:本名 市原 真(いちはら・しん)

1978年、札幌市生まれ。2003年、北海道大学医学部卒。医学博士、病理専門医。「最近新たに始めたことってありますか」と聞かれ、さすがにそういうのはもうほとんどないなと思いながら、「読み始めた本がつまらないときに最後まで読まずにやめることを覚えました」と答えたところ、その自分の言葉のせいで自ら傷ついた。確かに最近の私は本を読み飛ばすようになったな、文章の中からじっくり何かを引き出そうという体力がなくなったなと感じる。

月曜のマミンカプロフィール画像
イラスト

月曜のマミンカ

神奈川県川崎市在住のイラストレーター、絵本作家、グラフィックデザイナー。 2022年、絵本「カモンダメダメモンスター」を出版後、こどもと楽しめるワークショップを不定期で開催。 4匹の保護猫とヒーロー好きな息子、自由奔放な娘の子育てに奮闘中。

HP: https://mondaymom.official.ec/

Instagram: https://www.instagram.com/mondaymaminka/