麻酔科の専攻医タイゾー(ハンドルネーム)と初期研修医ズッキ(同)の対談をお届けする。
タイゾー医師はすごく正直で真面目な印象の男性だ。一つ一つの質問に対して、飾らない言葉で本音を明かしてくれたように思う。また、彼のことを知る医師が「初期研修医の指導にも熱心」と話していた通り、相手の質問の意図をくみ取った上で、診療科選択の材料になるように話をしていた。ズッキ医師は社交的で前向きな性格という印象の男性。無邪気な笑顔を時折見せ、多くの先輩医師からかわいがられていることが想像できた。硬軟交えた質問をし、対談を盛り上げてくれた。
麻酔科の指導や麻酔のかけ方についての疑問、独り立ちまでにかかる時間、麻酔科の魅力などが話題に上がった。
専攻医タイゾー
ズッキ先生は、もう研修で麻酔科は回ったんですか?
初期研修医ズッキ
はい。回りました。
専攻医タイゾー
どんな印象を持ちました?
初期研修医ズッキ
戸惑ったことがありまして……。上の先生が一人一人、麻酔のかけ方がかなり違うんですよね。基本的にオペ室に入る麻酔科医は1人で、皆さん独自の方法で麻酔をかけ始め、研修医はその時についた人によって異なるやり方を指導されるんですよ。
専攻医タイゾー
ははははは。いきなり「麻酔科あるある」がきましたね。上司によってみんな言っていることが違うという(笑)。
初期研修医ズッキ
手術中に麻酔科の先生が交代することがありますよね。まずAという先生から「こういう感じで麻酔をかけてね」と指示されたのでその通りやっていたら、交代で来たB先生に「なんでこんな麻酔しているの?」と。「え……。A先生に言われたので」みたいな。
専攻医タイゾー
もうそこは、「あ、勉強になります!」って言ってうまく乗り切ってもらうしかない(笑)。
初期研修医ズッキ
麻酔科に進んだタイゾー先生でも、まだ上の先生に言われて困ることはあるんですか?
専攻医タイゾー
ありますよ。でも、その時の担当医に言われたら、「はい。そうします」と(笑)。
初期研修医ズッキ
ははははは。そういうものなんですね。
初期研修医ズッキ
個人によって麻酔のやり方が違うというのは僕の病院の麻酔科だけじゃなくて、麻酔科全体がそういうものなんですね。どうして、そういうことが起こるんでしょうか。
専攻医タイゾー
麻酔の根幹は一緒なんですよ。患者さんを眠らせて、寝ている間に手術が終わる。それで、鎮痛して痛みをしっかり取ってあげる。手術中は患者さんを動かさないようにして、外科医が手術しやすい環境を作る。
初期研修医ズッキ
目的は一緒なわけですね。
専攻医タイゾー
そうです。ただ、麻酔薬や区域麻酔と呼ばれるいわゆるブロック注射にはいろいろな薬があって、その組み立て方が人によって違うんです。このタイミングで薬を入れるのが好きな人もいれば、嫌いな人もいて。自分の経験とか勉強してきたことを総動員して、患者さんに良いものを提供するためにそれぞれの麻酔科医たちが奮闘しているんです。
初期研修医ズッキ
麻酔には、これが「正解」というものはないのでしょうか。
専攻医タイゾー
この患者さんには、このやり方しかないだろうというケースもあるにはあります。でも、基本的にはいろいろなバリエーションがあって、このやり方でもいいし、このやり方でもいいという感じです。
初期研修医ズッキ
独り立ちまでに時間がかかる診療科の場合は、同じ指導を受けるので、そんなにやり方に違いが出ることはないと思います。麻酔科は独り立ちが早くて、独自の方法を身に付けていくような環境があるのでしょうか。
専攻医タイゾー
そうですね。麻酔科は専攻医になると裁量権が大きくなります。医師3年目の、つまり1年目の麻酔科医が7月ぐらいには1人で麻酔をかけ始めます。自分で考えて、自分で決めて。心臓麻酔などのハイリスクな症例はペアで入りますが、基本的には1人で麻酔をかけることになります。
初期研修医ズッキ
怖くないですか?
専攻医タイゾー
独り立ちしたばかりのころは、緊張しながら麻酔をかけます。ただ、実際には、患者さんが安全なように遠くから見守られているんですよ。ちょっとでも何かあれば、「おい。どうなってるんだ?」って手術室に上の先生から電話がかかってきます。
初期研修医ズッキ
研修で麻酔科を回っていた時は、術式のことは全く分からずに手術に入って、全身麻酔のかけ方を教わっていました。麻酔科の先生は、術式についてはかなり理解しているものなんですか?
専攻医タイゾー
執刀する外科医みたいに、めちゃくちゃ詳しいことが分かっているわけではありません。どことどこをつなぐとか、この手術は術後が痛いのかどうかとか、出血が多いかどうかとか、僕らはそういうことを重視します。その上で、準備をするんです。
初期研修医ズッキ
それは、執刀医の外科医から事前に報告を受けるのではなくて、麻酔科医の知識と経験からこの手術はこうだということを考えるのですか?
専攻医タイゾー
そうです。それで、出血が多いのであれば点滴を2本取っておこうとか、Aライン(動脈内に留置するカテーテル)を取っておこうとか、痛いのであればそれに応じた麻酔管理をしようとか――。そういうことを考えて準備しますね。
初期研修医ズッキ
僕は外科系を志望しているのですが、研修を受けて麻酔科にも関心が出ました。ただ、やはり手技が面白いので、外科系の方が志望度が強いんです。麻酔科の手技というのは、挿管や点滴、Aラインといった挿入するもの、それと麻酔の方法になると思うのですが、麻酔科を選んだ時に手技のある診療科に未練はありませんでしたか?
専攻医タイゾー
最初からなかったと言うと、うそになるかもしれません。実は僕、元々は整形外科志望だったんですよ。ただ、研修をしていく中で、生命維持というものに興味が湧いたんです。それに生理学が好きで、人間の体の仕組みをもっと知りたかったので、それが手技的なものよりも大きかったんですね。おそらく人間の体の仕組みに一番詳しく、生理学に精通しているのは麻酔科医なんじゃないかと思うんです。
初期研修医ズッキ
確かに、麻酔科の先生は、生理的な人間の基礎的なことに一番詳しい気がします。
専攻医タイゾー
もちろん、心臓のことについては循環器内科医の方が詳しいし、呼吸器の疾患のことは呼吸器内科医、慢性的な腎臓の病気のことは腎臓内科医に太刀打ちできません。でも、急性期に関しては、僕らは呼吸器の管理も透析を回すこともしますし、すごくトータルバランスがいいと思います。
初期研修医ズッキ
なるほど。良く分かります。他に麻酔科はどんな魅力がありますか?
専攻医タイゾー
今、みんな当たり前のように全身麻酔をやっていますよね。だいたい10~20秒ぐらいで寝て、お腹をバッサリ開けるような手術でも寝ている間に終わってしまう。麻酔薬を切れば10~15分で目が覚める。背中から硬膜外麻酔という管を入れれば、術後の痛みは完全に無痛で取れるわけです。でも、100年前、200年前の人がこれを見たらどうでしょう。
初期研修医ズッキ
めちゃくちゃ不思議なことをやっていますよね。
専攻医タイゾー
そう。ほとんど魔術師みたいなことをやっています。面白くないですか。
初期研修医ズッキ
本当ですね。すごく面白いと思います。
tica ishibashi
イラストレーター、ファッションクリエイター。
アパレル商社のデザイナー職を経てフリーランスに。見た瞬間に「ずきゅん」と一目ぼれするような胸に響くクリエーションをモットーに、ファッションに特化したクリエイティブワークを展開する。イラストレーション、ファッションデザイン、アートディレクションと幅広く活動。広告グラフィックやブランドイメージビジュアルなどのさまざまなファッションイラストの制作と、アパレル企画や衣装などのファッションデザインを手がけている。2023年度JIAイラストレーターオブザイヤー最優秀商品イラスト賞受賞。
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