2025.05.29
過労、重労働は認知、感情に関する脳領域に悪影響?▽ALS新治療法で患者の生存期間が延長か カギは「インターロイキン2」▽多発性硬化症を引き起こす腸内細菌を特定!▽口唇口蓋裂の原因の手がかり、「狩猟犬」にあり?
世界の医学誌や科学誌に掲載された論文、大手メディアや医療メディアが配信している医療・医学ニュースから「見逃し厳禁」の数本を選び、ランキング形式で毎週紹介します。トップには医療ニュース編集部の記者のコラム付き。なお、『What You Missed』は日本語版しか存在しません。今回は5月15~21日にDOCTORの『サクッと1分!世界の医療ニュース』に掲載した記事の中から最も注目の集まったニュース4本を紹介します。
まとめ:医療ニュース編集部
Occupational and Environmental Medicine:Overwork and changes in brain structure: a pilot study

2025-05-16
働きすぎは体に悪いだけでなく、脳の構造まで変えてしまう可能性があるようです。韓国の研究チームが医学誌Occupational and Environmental Medicineに研究成果を発表しました。
チームは、医療従事者110人を「過重労働群」と「非過重労働群」に分けて調査を行いました。韓国で法的な労働時間の上限である週52時間以上働く過重労働群は32人で、非過重労働群に比べて若く、高学歴で、就労期間が短い傾向にあったといいます。
脳スキャンなどのデータを分析した結果、過重労働群で、実行機能や感情制御に関連する脳の領域で有意な変化が認められたそうです。特に、認知機能、注意力、記憶力、言語処理に重要な役割を果たす「中前頭回」や感情処理、自己認識、社会的状況の理解に関与する「島」の体積が増大していることが分かったといいます。
チームは、長時間労働と脳の構造的変化の潜在的な関連性が示され、過重労働者が認知や感情におよぼす長期的な影響を理解するための神経生物学的根拠になり得るとしています。
「こんなのもう、仕事辞めるか人間やめるかのどっちかっすよ……」。悲痛な叫びが聞こえ、思わずそちらに目を向けると、男性が椅子からほとんどずり落ちるような体勢で、天井を見上げていました。これは、私が学生時代にアルバイトで働いていたとある会社のオフィスで目にした光景です。「これが社会なんだ」と、学生の私は暗たんたる気持ちになったことを覚えています。
男性はその会社の花形部署で働く社員でした。ちょうどその時期は繁忙期で、彼は昼夜問わず仕事に明け暮れていたのです。やりがいはあったのだとは思います。でも、プレッシャーと長時間労働で、心も体もボロボロになっている様子を見て、胸が痛みました。
過重労働と脳の構造の変化に関する今回の研究結果を知って、真っ先に彼のことを思い出しました。あんな働き方を続けていたら、きっと脳にも影響があったに違いない、と自分の経験からも納得することができます。
幸い、今の私の職場は、叫び声は聞こえてきませんし、椅子からずり落ちている人もいません。あの時の私は呆然と眺めるだけでしたが、今後、身近に「脳の構造が変化してしまいそうな人」がいたら、どうにかして助けになりたいと思っています。【金子省吾】
The Lancet:Efficacy and safety of low-dose IL-2 as an add-on therapy to riluzole (MIROCALS): a phase 2b, double-blind, randomised, placebo-controlled trial

2025-05-16
全身の筋力が徐々に低下する神経難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の患者の死亡リスクを新たな治療法で低下させ、生存期間を延ばせる可能性があるそうです。英国の研究チームが医学誌The Lancetに研究成果を発表しました。
チームは、新たにALSと診断された患者220人に対し、まずALS治療薬「リルゾール」による標準治療を開始。その後、免疫系を調節するタンパク質であるサイトカイン(インターロイキン2:IL2)を28日間隔で1日1回、5日間皮下投与する治療を18カ月間にわたって行いました。
低用量IL2には、血液中の「制御性T細胞(Treg)」を増加させることで炎症を抑制する効果があることが分かっているといいます。
プラセボを同じ方法で投与した群のデータを含めて分析したところ、まず、IL2による追加治療が安全であることが示されたそうです。さらに、運動ニューロンの損傷率を示す脳脊髄液中の「リン酸化ニューロフィラメント(pNFH)」の濃度が低い患者に低用量IL2を追加すると、死亡リスクが40%以上低下することが明らかになったとのことです。

2025-05-15
中枢神経系の自己免疫疾患の一種「多発性硬化症(MS)」の発症に関与する小腸内の細菌が明らかになったようです。ドイツの研究チームが、一方がMSで他方はMSでない一卵性双生児81組を対象に行った調査の結果を米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表しました。
一卵性双生児はほぼ同じ遺伝情報を持ち生育環境も極めて似ているため、調べたい因子以外の要因がMS発生に及ぼす影響を最小限に抑えることができます。チームが双子のきょうだい間で便中の腸内細菌組成を比較したところ、MSの有無によって存在量が異なる51種類の細菌が特定されたそうです。
次にチームは、このうち4組の双子から内視鏡を使って回腸(小腸の一部)のサンプルを採取しました。MSを発症しやすいように遺伝子組み換えした無菌マウスにこのサンプルを投与したところ、MSを有する人の回腸細菌叢ができたマウスで、MSに似た症状が多く認められたといいます。
さらに、このMSマウスの便を分析した結果、回腸に存在するラクノスピラ科の細菌「Lachnoclostridium sp.」と「Eisenbergiella tayi」が、MS発症の引き金になる可能性が示されたとのことです。
Genome Research:Analysis of canine gene constraint identifies new variants for orofacial clefts and stature

2025-05-19
唇や上あご、口の中が割れた状態で生まれてくる先天異常「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」の原因を知るための手がかりが、思わぬところから見つかったようです。スウェーデンなどの研究チームが科学誌Genome Researchに論文を発表しました。
チームは、優れた嗅覚を持ち、ダブルノーズ(二つに分かれた鼻)の特徴を持つことで珍重されている狩猟犬、ターキッシュポインターの遺伝的起源を調べていたそうです。そして、2000匹以上の繁殖犬の遺伝子を解析した結果、ダブルノーズが「PDGFRA遺伝子」の変異に起因することを発見したといいます。
PDGFRA遺伝子は、マウスが受精卵から成体になるまでの過程(胚発生)において、鼻や口の両半分がくっつくために不可欠であることが以前の研究で明らかになっているそうです。
また、今回の研究では、ターキッシュポインター以外の犬種で突然発生するダブルノーズについても、PDGFRA遺伝子変異が関与していることも明らかになったとのことです。
チームはこうしたことから、PDGFRA遺伝子変異がヒトの口唇口蓋裂に関連する可能性が示されたとしています。
藤野基文:記者・編集者。2004年から全国紙の記者として勤務し、主に医療・科学分野を担当した。18年にマイナビに移ってからは、グループ会社エクスメディオ社が運営するオンライン臨床支援サービス『ヒポクラ×マイナビ』の編集長を務め、現在は『マイナビRESIDENT』や『マイナビDOCTOR』などの各種コンテンツを制作している。
金子省吾:記者・編集者。2017年から地方紙に勤務し、主に社会部の記者として事件・事故や司法、市政、スポーツ、気象、地域活性化の取り組みなどを取材した。20年にマイナビに移って医療の取材をはじめ、グループ会社が運営するオンライン臨床支援サービス『ヒポクラ×マイナビ』編集部で医療ニュース作成に携わった。現在は『マイナビRESIDENT』や『マイナビDOCTOR』などの各種コンテンツを制作している。
許田葉月:記者・編集者。2021年からウェブメディアに勤務し、文学や音楽などのトレンド、社会課題などを取材した。23年にマイナビに転職して医療の取材を開始。『マイナビRESIDENT』や『マイナビDOCTOR』で各種コンテンツの制作を担当している。
阿部あすか:翻訳家、ライター。東京外国語大学(英語専攻)を卒業後、大手法律事務所の米国人弁護士などの秘書、英会話学校の講師、専門紙の英語版編集者として勤務した。2019年から編集部の一員として医療ニュースの記事を執筆している。