2025.08.27
医師になった時の初心をいつまでも忘れずにいてもらうために――。そんな目的で始まった芸人・鈴木ジェロニモさんによる「医師の仕事道具を説明する」。11回にわたって、医師であれば誰もが一度は手にする医療器具を「説明」してもらった。さまざまな道具に触れ、そのたびに言葉を尽くしてきた鈴木ジェロニモさんは何を感じたのか、尋ねた。
医師になった時の初心をいつまでも忘れずにいてもらうために――。そんな目的で始まった芸人・鈴木ジェロニモさんによる「医師の仕事道具を説明する」。11回にわたって、医師であれば誰もが一度は手にする医療器具を「説明」してもらった。さまざまな道具に触れ、そのたびに言葉を尽くしてきた鈴木ジェロニモさんは何を感じたのか、尋ねた。
取材・文:金子 省吾(oben×neben編集部)
撮影:三上 信
基本的に全部、思っていたより「軽かった」です。軽量化されていて、なおかつ硬くて、パリッとしている印象があります。手術の時に着る医療用ガウンはイメージよりもかなり、「紙の硬さ」に近いものがありました。縫合糸も、一般的な糸よりちょっと硬い。全体的に軽くて硬いものが多くて「あ、医療だ」と思いました。
言い換えれば、「ちゃんとしている」ということですね。例えば縫合糸は、途中で切れない、手術に耐えうる設計でないといけません。色に関していうと、白や青の物が多く、清潔感がある感じがします。血とかあざとか、生身の人間のショッキングな色とは対照的で、それは私が元々持っていた医療のイメージと合致していました。
聴診器は、お笑いで使うような小道具ではなく、ちゃんと聴こえる物を一度は着けてみたいと思っていたので興味深かったです。自分の胸に当てて音を聴いてみて、自分もけっこう繊細だな……と思いました。自分に対しては、木とか岩とかのように、ただそこにある、外側の表面積がそこに存在しているみたいな自認があります。
でも、心臓の音を聴いて、内側の細かな拍動が最終的に表面積にまで届いているんだなという感動がありました。音響の広がりが自分の表面積であり、同時に、全ては「真ん中」の鼓動から始まっているという宇宙のダイナミズムのようなものを感じたんです。心臓の音を聞いているだけで、落ち着くような、勇気が出るような気がしました。
「手術着」を説明した時に一発目に出た「暑い」ですかね。手術中に「暑い」なんて言っている場合ではないと思うのですが、自分が着てみた感覚として、まず「暑い」というのが確かにありました。企業案件の動画としても、最初に出てくるのが「暑い」というのはありえないことですが、「手術着って暑いんだ」という感覚は自分だけのものという気がしたんです。それを言えちゃったし、(編集部に)通してもらえてよかったなということを含めて、よく覚えています。
中に服を着ていた分の暑さも少しはあると思うんですけど、それより、手術用マスクで呼吸がこもる感じみたいなのが強かったんです。手袋、ガウン、手術帽……と順番に装着していって最後に着けたのがマスクでした。マスクを単体で着けているときよりも、手術帽や手袋などを全身にまとったとき、自分は「『暑い』と言う準備ができている状態」だと感じました。それで、マスクが決め手となって、「暑い」という言葉が出てきました。もちろん、悪い印象で言ったわけでなく、ただそういう感覚を持ったということです。
舌圧子(口内や喉の観察に用いる平たい棒状の器具)は、扱ったのが木製でしたが、「銀」のイメージがあったので「まあ、木もあるか」と思いました。物心ついて初めて行った小児科のクリニックで、診察室の机の上に「焼き鳥屋の小さい串入れ」みたいな舌圧子の入れ物が二つ並んでいた記憶がよみがえりましたね。整頓されている方から取り出した銀の舌圧子を舌に当てられて、終わった後、整頓されてない方の「串入れ」に入れていたので、「こっちが使用前でこっちが使用後か」と、その時認識したのを思い出しました。
手術着を全身にまとった時に、医師も人間なのだと実感しました。手術帽のひもを結んだり、手袋を引っ張ったりして、一つ一つ身に着けていくにつれて、自然と背筋が伸びる思いでした。医師もそうして手術に向かっているのだと想像することができ、心の動きがある人間なのだなと、改めて認識しました。
というのも、医師は人智を超えた神様のような存在に感じていたんです。子どもの頃、学校の先生は、人じゃなく見えるというか、突然大人の姿でそこに現れた存在に見えるものだと思います。医師も似たような扱われ方をしますよね。さまざまな道具に触れたことで、「医師」にも少し触れられた気がします。
区役所を過剰に敵視する友人がいます。とにかく対応が遅いとか、各課の窓口でたらい回しにされるとかで、ちょっとした用を足しに行くだけなのに、敵陣に向かう気持ちになるそうです。
医師や病院も、そういう対象になる可能性があると以前から思っていました。自分にとって、なじみがなく、よく分からない環境の中に行ったら、そんな気持ちにもなるのかなと想像できます。今回の企画を通して、一つ一つに意味がある道具が使われていて、医師は意味がある服を着ているということが分かったので、過剰に敵視したり、距離を取ろうとしたりする心の動きはなくなりそうだなと思いました。
あとは、野球をやっているとプロ野球選手のすごさがより分かるみたいな感じで、道具に触れたことで、医師に対しては「あ、この人たちは使い方をちゃんと学んでちゃんと扱っている人だな」と、リスペクトが強くなりました。
それと同時に、親近感が湧いたように感じます。医療・医学の本質とか、医師が何を考えているかにまで触れたわけではないですが、道具に触ったことで、この先に一人の医師がいて、さらには病院という場所があるんだなと、想像を及ばせることができました。だから、子どものうちから、シリンジ(注射器の針を除いた部分)とか舌圧子に触れる機会があったら、医療との距離が近づくので、いいのではないかと思います。
医師になるのはめちゃくちゃ難しくて、知力・体力・精神力の全てを満たした人だけがなれるものと思っています。同じ高校に医学部志望の友人も多くいたので、まず受かるのが大変だし、その後6年かけて卒業し、研修をしっかりやるというのも、何となく知っていました。なので、そもそも超リスペクトがあります。
その上で、さまざまな道具を扱うことって、優しくないとできないと思うんですよ。どういうことかというと、「俺は俺のやり方でやる」「これが俺の医学だ」みたいなことを思っていたら、道具を正しく扱えないと思います。道具一つ一つに最適な扱われ方が存在していて、それに適応しないと、その道具は万全に機能しません。
さまざまな道具に触れる中で、道具がこちらに訴えている「こういうふうに手を添えてくださいね」というようなメッセージに、逐一アジャストしていく感覚がありました。医師は、患者さんを治すために、それぞれの目的に応じた道具の使い方に、ある意味自分の思考とか体を変形してアジャストすることが必要だと思います。それはつまり、「他者のために自分を変える」ということなので、思いやりとか優しさがないとできないことです。道具を使って患者を治していく医師は、知力・体力・精神力が強いだけでなく、優しいのだと思いました。
優しさがあなたの一番の武器です。いつか私を助けてください。
鈴木ジェロニモ(すずき・じぇろにも)
お笑い芸人・歌人・YouTuber・俳優・作詞家・歌手。1994年生まれ、栃木県さくら市出身。「R-1グランプリ2023」「ABCお笑いグランプリ2024」準決勝。TBS『ラヴィット!』「第2回耳心地いい-1GP」準優勝。「第4回笹井宏之賞」「第5回笹井宏之賞」「第65回短歌研究新人賞」最終選考。「第1回粘菌歌会賞」受賞。文芸誌『文學界』『短歌研究』『ユリイカ』『新潮』『すばる』『群像』『GOAT』にエッセイ掲載。J-WAVE『GURU GURU!』「鈴木ジェロニモ 半径3mの違和感短歌」ナビゲーター。「もっと真剣になればよかった」(リトルモア)、「耳の音」(シンクロナス)、「しもつけ随想」(下野新聞)、POPEYE Web等で連載。書籍に『水道水の味を説明する』(ナナロク社)。2025年4月に楽曲「トマトのジュース」をリリース。ミツカン「冷やし中華のつゆ」Web CMに出演。