2025.08.28
挿管中の歯折・気管落下リスクに備えマギール鉗子を準備。『当たらなければ…』に戒めを重ね、怒鳴らず冷静な指示が医療安全を守る。心理的安全性を損ねる怒声は事故の温床。コミュニケーションエラーも事故の原因。
ある日、麻酔を導入していると、患者さんの歯が想定以上にグラグラと動揺していることに気が付きました。気管挿管時に喉頭鏡が当たると、グラグラの歯は折れてしまいます。
「当たらなければどうということはない!」とおそらく分からない人には全然通じないネタをつぶやきながら、そのまま気管挿管をするのも悪くはないでしょう。私なら当てずに挿管できます。
ただ、この元ネタには悪い結末があります。「当たらなければ……」はアニメ『機動戦士ガンダム』の登場人物、シャア・アズナブルが敵の新兵器に怯える部下を鼓舞するために言ったせりふなのですが、このせりふの後でその部下は新兵器に当たって死んでしまうのです。
私も気を引き締めねばなりません。
「マギール鉗子(かんし)、持ってきて」。私は看護師さんへ静かに声をかけました。
歯が折れることも問題ですが、麻酔科的には「折れた歯がどこに落ちるか」の方が大きな問題です。食道に落ちたのであれば、多くの場合、歯はうんこに包まれて無事に出てきます。しかし、気管に落ちてしまうと、歯の摘出に難渋することになります。
ゆえに、気管へ落ちる前に、口腔から折れた歯を回収することが重要なわけです。そこで使うのがマギール鉗子です。歯が折れた後に器材庫に取りに行くと間に合わないかもしれないので、事前に手元に置いて備えておくのです。
「え、歯が折れたんですか?」と看護師さんに聞かれて、「違うよ。折れてたらもっと慌てている」と私は答えます。
マギール鉗子が届くのを待ちながら、私はふと思いました。患者を早く救うために急いでいることを強く伝えようと厳しい口調になる方もいます。私の場合、もし慌てていたら、声を荒らげるでしょうか。いや、きっと荒らげないでしょう。「マギール鉗子、持ってきて、“急いで”」くらいは付け加えるかもしれませんが、怒鳴ることはないはずです。
ちなみに、マギール鉗子は準備をしただけで、使うような事態には陥っていません。「麻酔科医はわずかなリスクにも備える」ものなのです(第2回「10万分の1のリスクに備える」参照)。
さて、ここまでが長い前振りで、今回の本題(?)は「声を荒らげないことは医療安全において重要」という話です。
患者を守るためには怒鳴ってでも指示や指導をする――これは誤りです。医療事故はヒューマンエラーだけでなくコミュニケーションエラーでも起こります。普段から怒鳴っていると、チームが萎縮をして心理的安全性が保たれません。適切なコミュニケーションが行われなくなり、医療事故の温床となってしまいます。つまり、患者のために怒鳴っているつもりが、むしろ患者の安全を脅かしてしまうのです。
研修医の皆様はこれからできることがいろいろと増えてくるでしょう。できない同僚医療従事者に対し、つい声を荒らげたり嫌味を言ったりしてしまいそうになることがあるかもしれません。そこはグッと飲み込んで、冷静に伝えるようにしましょう。
……とはいえ、私自身も常に冷静に伝えられているわけではなく、修行中の身です。
川久保弥知(かわくぼ・みとも)
1987年、高知県生まれ。初期研修までは高知で「育つ」も、麻酔と集中治療の両方を学びたいと思い立ち、後期研修(専門研修)から広島市民病院で研さんを積む。現在は呉共済病院に勤務。Twitter(現X)で麻酔科についていろいろな投稿をしていたところ、日本麻酔科学会の偉い人に拾われ、学会公式アカウント開設に携わる。
最近の趣味は、子どもと一緒に始めた「ポケモンカードゲーム」。どうせやるなら本気で、と親子で大会にも参加している。
X:@MitomoKawa
月曜のマミンカ
神奈川県川崎市在住のイラストレーター、絵本作家、グラフィックデザイナー。 2022年、絵本「カモンダメダメモンスター」を出版後、こどもと楽しめるワークショップを不定期で開催。 4匹の保護猫とヒーロー好きな息子、自由奔放な娘の子育てに奮闘中。
HP: https://mondaymom.official.ec/
Instagram: https://www.instagram.com/mondaymaminka/