2023.11.28
「夫を専業主夫にしたいんですが」。専業主夫の夫と生活する湊しおり医師は、そんな質問をされることがあるそうです。その質問にお答えしましょう。夫を専業主夫にしたい妻、専業主夫になりたい夫に届け! 2部作の前編です。
夫を専業主夫にするにはどうしたらいいのか。これまで、知人に限らず、夫婦で行った飲み屋にたまたま居合わせたような人からも尋ねられることがありました。何度かこのコラムで紹介しているように、我が家は私が働き、夫が家事を担当するという体制を取っています(「あしたハッピーになぁれ!番外編」参照)。コラムの公開以降は、SNSのDM(ダイレクトメッセージ)などを通して複数の方から聞かれました。先日、とある有名雑誌の取材を受け、掲載されたその特集記事も「大黒柱妻」がテーマでした。もしかすると、今後ちょっとずつ増えていく家族の様式なのかもしれませんね。
文:湊しおり<藤田医科大学 総合診療プログラム(藤田総診)>
私は夫が主夫になってくれた今の生活にとても満足しています。しかし、いざ生活を始めてみて、気づいたこと、大変だったことがいくつかあります。
パートナーに主夫になってほしいと考えるのは、女性が収入的に自立しており、男性側が「仕事を辞めてもいい」「主夫になりたい」「家事をしている方が幸せ」などと口にしているパターンが多いと思います。
でも、その言葉をうのみにしてはいけません。
誰でも一度くらいは、日曜日の夜に「明日も休みだったらいいのに……」と思ったことはありますよね。それと同じ感覚で「家事だけしていたいな」「主夫になりたい」と、一時の感情を口にする男性は思いのほか多いと考えています。

他人が袋にまとめたごみをごみ捨て場に持って行くとか、目の前に材料をそろえてもらった上でみそ汁を作るとか、お膳立てされた家事を行うことを「主夫の仕事」と想定している場合もあります。本当に仕事さえなければ、名もなき家事も含めて、あなたの夫の独力で主夫業ができるのか、いま一度確認してみてください。
また、相手が深層で「男は稼いでなんぼ」「妻子を養っていくのが男のかい性」のような価値観を持っていないか、慎重に確認しましょう。もしあったとしたら、それを克服して新しい夫婦関係に馴染んでいける柔軟性があるのかを見極めることが必要だと思います。
私は家事が大嫌いですが、じゃあできないかというとそうでもなくて、気合を入れてやれば、掃除も料理も「イイ線」でできるのです。私の経験と、他の主夫家庭から漏れ聞くところでは、他人に家事を任せる時に一番大切なのは「口出しをしないこと」です。自分が本気を出して「時々」行う95点の家事と、パートナーがやってくれる合格点ぎりぎり(足りない場合もあり)の「毎日」の家事をてんびんにかけてはいけません。パートナーが主夫に向いているかも重要ですが、パートナーが主夫になることにあなたが向いているかも重要です。たとえば、家事のクオリティーには多少目をつむり、嫌いなことから解放されてラッキー&ハッピーという気持ちでいられますか?

また、自分に養われている夫に、これまで同様に精神的に頼ることができるか、尊敬できる点を見つけられるかも大切です。ある日突然、自分が大黒柱になったとしても、別人になるわけではなくて、弱い部分は弱いままです。相手の収入がなくなっても、パートナーとの関係性が良い意味で変わらず、尊重し合える状態にあるというのはメンタルの安定にとても重要なのです。
それから、本当に自分の稼ぎだけで家庭に必要十分な収入になるかの綿密な計算もしておかなくてはいけません。当たり前ですが、1人で稼ぐ1000万円と2人で稼ぐ1000万円は税金や控除などを含めて考えると、全然同じではありません。1人で稼ぐ1000万円は2人で稼ぐ場合より目減りしますのでご注意下さい。
お金の話に関連したところでいうと、現実世界でもSNSでも、他人の収入や出世について見聞きすることが結構あります。その時に、出世街道に乗った高収入の他人の夫と主夫である自分の夫を比べて卑下しないでしょうか。素敵な私生活をSNSに上げてマウントを取りたいという自覚のある方は、こういったことも意外と盲点になるのでよくイメージしてみてください。
「駐在妻(駐妻)」という言葉は聞いたことがあるでしょう。一般的には、夫の海外赴任について行き、専業主婦として現地で過ごす妻のことを指すようです。
私はいわゆる「へき地」で働いたことがあります。その際に、仕事を辞めて見知らぬ土地について来てくれた夫は駐在妻ならぬ「駐在夫」となったわけです。仕事関係から広がって、私はどんどん自分のコミュニティーができる一方で、夫には「湊先生の夫」という立場でのコミュニティーしかありませんでした。そのことを夫は特に気にしていなかったようですが、私にはとても不自然な状態に思えたのです。へき地の医師生活はとても充実していて楽しいものでしたが、今後もしへき地で働きたくなった場合は、単身で行くだろうなと思います。

この事の本質は、「へき地」に夫を駐在夫として帯同したことによるものではありません。都会でも十分に起こりうることなのです。職がなくなることは、「就業者」としての社会的なアカウントと、職場というコミュニティーを失うことだからです。
※主婦の場合ももちろん同様のことが「へき地」でも都会でも起きていて、きっとこちらも大きな問題だろうと思います。
社会生活を送る上で、職場が最も簡単にアクセスできるコミュニティーですが、就業者でなければそれがありません。その場合は、趣味の集まりでも行きつけの飲み屋でも何でもいいので、誰かの夫ではなく、その人自身として過ごせるコミュニティーがあった方がベターな気がしています。これは実際に職を失わないと意外と気が付かないポイントなので、「失ってみて大混乱」とならないように、一考しておくと助けになるかもしれません。 わがまま気ままな私でも、「駐在夫」の教訓と「大黒柱として収入を落とさない」という責任感はしっかりあって、独身時代や共働き時代と比べると若干の荷物を背負っている感はあります。まあ、私の場合は荷物の重さを差し引いても、夫のサポートのおかげで跳躍力は増しているのですが。
女性側の視点でばかり書いてしまったので、主夫になりたい男性向けにも、事前に確認してほしいポイントを挙げてみようと思います。
1ミリでも、「男は稼いでなんぼ」「家族を養ってなんぼ」という価値観はありませんか? ある場合、古い価値観に染まった自分が、パートナーとの新しいチーム作りにまい進できると思いますか。
自分が働いていた時と同様に、養われている自分を妻と対等な存在と認識し、自分を養っている妻を支えたい、守りたいと思えますか? 完全に仕事を辞めてしまうと、他人が稼いだお金で暮らさなければなりません。そのお金を使いつつも、変に卑屈になることも、(妻がものすごくやり手で稼ぎまくっている場合などは特に)変におごることもなく、粛々と暮らしを続けられますか?
日本では夫婦生活において多くの男性が、自分が仕事を失うことを想定せずに生きています。仕事を辞めると「社会の中の自分」という感覚が薄くなる可能性は大いにあります。あなたは仕事以外のコミュニティーを持っていますか? 主夫への理解はまだまだ低いですし、「主夫友」はできないかもしれません。
完全に仕事を辞めてしまった場合、出世も休みもない延々と続く「家事地獄」に陥る可能性があります。発狂せずにやっていく自信はありますか?
名もなき家事という言葉を知っていますか? お手伝いの延長を脱して、主夫として家事のクオリティーを落とさずにやっていくことはできますか? 妻が出世して社会的に成功したときに心から喜べる自信がありますか?

と、老婆心ながら、口うるさくチェック項目を挙げてみました。いかがだったでしょうか。耐えられそうでしょうか。それともすでに心が折れたでしょうか。今回はこの辺りにしておき、「夫を専業主夫にするには——」の問いにはっきりと答えるのは次回にしたいと思います。
ではでは、明日からの毎日が、もっとハッピーなものになりますように。

藤田医科大学 総合診療プログラム(藤田総診)医師。
1984年生まれ。広島大学出身。整形外科専門医、抗加齢学会専門医。
気が多く、衝動性が強いため、壁にぶつかることも多々。いつも思いのままに、勢いで何とかしている。素敵な人と出会う運だけは日本一良いとの自負がある。自分を持て余しつつ、専業主夫の夫とペット(犬4匹、猫2匹)に支えられながら、「何とか生きています」。

イラストレーター。
茨城県つくば市出身。筑波大学比較文化学類・桑沢デザイン研究所デザイン専攻科(プロダクトデザイン科)卒業。
2009年よりフリーランスのイラストレーターとして活動し、書籍・WEB・広告などを中心にイラストを提供している。著書に『赤子しぐさ』『きみはいつも想定外-おさなご日記-』など。
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