連載

社会医学系専門医の「いま・未来」

「生命や健康のインフラ」たる
社会医学のプロフェッショナルを育む

INTERVIEW 01

一般社団法人 社会医学系専門医協会
理事長 宇田 英典先生

時代のニーズに即した専門性を育むため、2017年に始動した社会医学専門医制度。臨床医学以外の領域で専門医資格が取得できる点でも注目を集め、初年度から100人を超える専攻医応募があり、話題を呼びました。ここでは、社会医学系専門医協会で理事長を務める宇田英典先生に、自身のキャリアを振り返りながら、本制度に込められた思いについて語っていただきました。

公衆衛生の重要性を離島医療の現実から学んだ

まずは宇田先生が医学の道を志したきっかけを教えてください。

わが家は医師の家系ではありませんでしたが、理系科目が得意だったことから、高校時代の進路選択で医学部を視野に入れていました。ちょうど自治医科大学が設立されたタイミングで、縁あって1期生として入学しました。面映いですが、入学試験の一環として各都道府県で行われる一次面接で、「アルベルト・シュヴァイツァーのような医師になりたい」と答えたことを覚えています。

自治医科大学は「医療に恵まれない地域における医療を確保する」という趣旨の下に設立された教育機関です。私も卒業後はその精神に則り、出身地である鹿児島県のへき地で臨床医として働き始めました。義務年限である卒後9年間、主に奄美大島、甑島(こしきしま)列島などでの離島医療に従事した後、国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)での1年間の研修を経て、保健所や県庁に勤めました。以来、公衆衛生分野の医師として様々な取り組みをしながら現在に至ります。

当初は臨床で活躍していた宇田先生が、公衆衛生に興味を持った理由は何ですか。

きっかけの一つとなったのは、離島医療の経験でした。たとえば奄美大島の診療所に勤めていた時は、その南にある加計呂麻島、与路島、請島なども船で巡回するんです。患者さんの中には精神障害や認知症を抱えていたり、がんが進行していたりと、困難な状況にある人も少なくありませんでした。そうした人を見ていると、医療を宅配するように往診するだけでなく、疾病が発症・重症化する前の予防や、地域の医療サービスのマネジメントが欠かせないんじゃないか、と考えるようになったのです。また、臨床医と行政サイドのコミュニケーションがスムーズにいかない場面も経験し、橋渡しとなれる医師がもっと必要だと実感しました。

進路を決める上では、そのとき厚生省(当時)の医系技官として鹿児島県に出向されていた郡司篤晃先生からも大きな影響を受けました。社会医学、特に公衆衛生学が担う役割の重要性を先生から詳しく教えていただいたからです。今でも印象に残っているのが、「君のミッションは何だい?」と問われたこと。この言葉をきっかけに、「医師として、誰のために、どんな使命を果たしたいのか」「そのために、どういう道を選ぶのか」といったことにあらためて思いを致したことが大きかったと思います。

社会医学のあり方を明確化できるシステムをめざして

宇田先生が理事長を務める社会医学系専門医協会が創設された背景には、どのような思いがあったのでしょうか。

平時から地域や集団のニーズを把握し、必要な場にバランス良く医療資源を投入する。そして、パンデミックや災害などの有事の際は、危機管理の視点を持ってより良い道を模索する……。こうして考えると、社会医学が果たしている役割はまさに「生命や健康のインフラ」であり、高い公益性を有することが分かります。新型コロナウイルスの問題でも、危機的な状況を何とか乗り越えようと全国各地の保健所が懸命の努力を重ねているからこそ、クラスターの把握などが可能になり、被害の拡大を抑制することにつながっているのです。

ますます少子高齢化が進んでいく日本では、より高度化・多様化した健康問題に対応していかなければなりません。グローバリゼーションの進行や多発する災害という世界情勢に照らしても、社会医学の重要性は増しています。しかし、臨床医学に比較すると、領域横断的な社会医学の専門性はなかなか把握しづらい側面がありました。この分野で40年近くにわたり活動してきた私でさえ、「自分のスペシャリティーをどうとらえればいいのだろう?」と悩むことがあったほどです。

社会医学の専門性や学びの体系が明確になれば、国民から適正な評価を得られるというだけでなく、誇りを持って自分たちの知見を示すことができるはずです。人材確保の観点からも、ここをはっきりさせることが不可欠だと感じました。こうした思いを背景に、2015年9月に母体を設立し、2016年12月に一般社団法人となったのが社会医学系専門医協会です。

指導医や専門医、専攻医の募集を始め、それに対する反応をどう受け止めましたか。

社会医学系専門医制度がスタートしたのは2017年春ですが、それに先んじて前年から指導医および専門医の認定を進めていました。当該分野での経験年数などを基準として、2019年6月時点で3161人が認定されています。また、専攻医についても初年度から100人を超える応募があり、2019年度には350人が本制度の研修プログラムに参加しています。これらの数字は個人的な予想を上回っていて、いい意味で裏切られたという感触です。まだ産声をあげたばかりの制度ですし、課題もありますが、本協会に寄せられている期待の大きさを実感しますね。

各分野の英知を生かし、最適解を見出す存在に

宇田先生が考える「社会医学系専門医に必要な能力」とはどんなものでしょうか。

社会全体の健康水準を向上させたり、健康を脅かす危機に対応したりする社会医学系専門医にとって、「個」に対する視点を忘れないまま「集団」を俯瞰できる能力は必須だといえます。また、行動科学的な視点を持ちながら、どのように対象へアプローチすることが適切なのか考え抜く能力も大切ですね。相手に行動変容を促すことは容易ではありませんが、それが集団となればなおさらですから。

本協会は8つの学会(日本衛生学会、日本医療情報学会、日本産業衛生学会、日本疫学会、日本公衆衛生学会、日本災害医学会、日本医療・病院管理学会、日本職業・災害医学会)と6つの団体(全国衛生部長会、全国保健所長会、地方衛生研究所全国協議会、全国機関衛生学公衆衛生学教育協議会、日本医師会、日本医学会連合)から構成されていますが、それぞれで立場も専門性も大きく異なります。しかし、こうした多様性こそが、社会医学の特徴を体現しているともいえます。複数の分野からもたらされる知見を最大限に活用できる仕組みを作り、適切なアプローチを実現することも、社会医学に携わる医師として望まれる素質の一つですから。

改めて、臨床医から社会医学に転じられた宇田先生が感じるこの領域の魅力はどんな点でしょうか。

「社会医学」とくくると、臨床に近い産業衛生や救急医学、基礎系の研究者も多い衛生学、保健所など行政で働く医師が多い公衆衛生学など、その内容は非常に多彩で働き方も魅力もそれぞれに異なると思います。私の専門である公衆衛生学で言えば、現在のコロナ禍のような非常時は、精神的にも肉体的にも相当なプレッシャーがかかるきつい仕事なのは間違いありません。特に平成の時代は保健所の統廃合が進み、組織、人員、予算のすべてが縮小されてきましたから。

しかし、絶対に誰かがやらねばならない仕事なんです。新型コロナの感染爆発を抑え込んでいるのは、全国の保健所職員による網羅的で献身的な追跡調査のおかげでもあります。そういう使命感は間違いなく持っています。また、当然ですが年中非常時なわけではありません。平時は地域医療構想の立案など、医療、介護、福祉のシステムづくりに丁寧に取り組むことができます。その際に医師以外の他職種の方と日常的に仕事ができるのも臨床医にない面白さですね。付き合える人の幅広さは、社会医学系の全領域に共通する魅力と言えるかもしれません。

最後に、社会医学に興味を持つ医学生や医師たちへメッセージをお願いします。

卒後の進路として社会医学の道を選ぶ医師は、全体の1%にも満たないというのが現状です。ただ、これを「希少価値がある」とプラスに受け取れば、「じっくりと丁寧に育成してもらえる」というメリットを感じられるのではないでしょうか。

本制度の研修プログラム(3年間)は、「行政・地域」「産業・環境」「医療」の3分野から主分野(1つ)と副分野(2つ)を選択し、早期から複数の現場で実践を重ねていけることが特徴。基本的な知識を7単位の基本プログラムで固めつつ、それぞれの現場で求められる専門性を積み上げていくような内容となっています。初期臨床研修修了後から参加可能ですから、若手のうちから社会医学に興味を持ち、志望する分野に精通した医師が増えていくことを期待しています。

もちろん、すでに臨床で経験を積んでいる医師が社会医学的な視点を身に付けるために学ぶ、といったケースも歓迎しています。今後、ますます存在感を増していくだろう社会医学分野を魅力的なキャリアパスの一つとして、多くの医学生や医師にとらえていただけることを願っています。

PROFILE

宇田 英典(うだ・ひでのり)

1978年、自治医科大学医学部卒業。鹿児島大学病院などで臨床研修後、離島医療に従事。国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)での研修を経て、保健所や県庁などに勤務。2014年、全国保健所長会会長就任。現在、社会医学系専門医協会で理事長、公益社団法人地域医療振興協会で執行役員、地域医療研究所ヘルスプロモーション研究センターでシニアアドバイザーを務めている。

宇田英典先生

この連載について

「社会医学」と称される領域には、非常に幅広い学問、職種、業務が含まれます。それ故に全体像をつかみづらい、と思う人もいるかもしれません。しかし全体に通底するのは、小さな地域社会から地球全体まで、さまざまなサイズの「社会」で暮らす人々の疾病を予防し、健康の維持・増進に貢献する、という姿勢です。それは医師法1条に記される「国民の健康な生活を確保する」という医師の機能を、臨床医学とは違う側面から支えるものとも言えます。

集団や社会システムへのアプローチを中心に据える点が、病める個人を主に対象とする臨床医学と社会医学の最大の違いですが、人文・社会系を含む他領域の学問との連携が深く、かつ多いのも社会医学の大きな特徴でしょう。そこに学びの面白さと、職業としてのやりがいも共存します。

この領域で活躍する医師の専門性を維持、向上すべく、2017年「社会医学系専門医制度」が発足しました。この連載では、各領域で活躍する医師の姿を通じて、社会医学のいまと未来を展望します。

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