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薬学の徒として始まり、
小児血液腫瘍の臨床へ

杉山 正仲氏

神奈川県立こども医療センター血液・再生医療科

PROFILE
杉山 正仲(神奈川県立こども医療センター血液・再生医療科)
東京大学薬学部卒業。同大学大学院での修士課程を修了後、大阪大学医学部へ編入学。卒後、市立豊中病院での初期研修、神奈川県立こども医療センターでの後期研修を経て、大阪大学大学院に籍を置きつつ、理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター、大阪大学免疫学フロンティア研究センターにて基礎研究を続行(4年間)。2015年より、神奈川県立こども医療センター血液・再生医療科にシニアレジデントとして在籍。

修士課程修了後、医学部へ編入

高校生の頃の私は中枢神経に興味を覚えており、それに関連した研究がしたくて医学部を受験しました。第1志望は医学部だったのですが、合格したのは東京大学理科二類だけでした。
とはいえ、研究ができるのであれば特に医学部にこだわるつもりもなく薬学部へ進み、製薬会社の研究者を養成するようなコースを履修する一方で、教職課程(中学校・高校の理科教諭)も取りました。
教育実習で中学生や高校生と触れ合った日々は新鮮で、時間的には決して長くないこのときの経験が、後に小児科医を志したことに少なからず影響したと思っています。

薬学部では研究へ没頭する毎日でしたが、研究上の壁にぶつかったり人間関係に悩んだりと、思い描いていた研究生活と現実が必ずしも一致しない実感もありました。そこで、思い切って環境を変えてみようかと考えていたとき、大阪大学医学部の3回生に編入できる枠があることを知りました。
自分の中で医学への興味が残っていたことに気づき、編入試験に挑戦。運良く合格できたので、修士課程修了後、大阪の地へ移ることにしました。

国立大学で編入学制度の導入が増えてきたのは2000年頃からですが、大阪大学では40年近く前から実施されています。私の学年も100人中10人が編入組という環境でしたから、浮いた存在にもならずに済みましたね。
1~2年時は一般教養系の講義がほとんどですから、解剖実習などの専門的な勉強が始まるタイミングで医学部へ移りました。

薬学部と医学部では、薬理学などの分野で学ぶべき知識が重なります。とはいえ、医学部のほうが講義の進度が速く、説明もサラッと進むのに、テストはむしろ薬学部よりも難しかったりして、違いを感じる部分もありました。また、患者さんと直接対面しての実習は、医学部で初めて体験することなので緊張しましたね。
一方、時間的な拘束は薬学部のほうがきつかったと思います。うまく実験の成果が出なければ、夜遅くまで居残りするのが当然でしたから。

進路を消去法で決めても仕方がない

医学部に編入してからは、研究だけでなく、臨床医として現場に出るという道も視野に入ってきました。正直に言って、かなり長い間、研究か臨床か大いに悩む日々が続きました。

初期研修先として選んだのは、大阪大学の関連病院である市立豊中病院(大阪府豊中市)という600床ほどの中規模病院でした。そこでの初期研修を通して感じたのは、一度は臨床医として現場に出て、社会に貢献したいということ。
そして、臨床医になるのなら、2年間の研修ではまったく不十分だということです。

そこで後期研修の進路を考えたとき、真っ先に頭に浮かんだのが小児科でした。幼い頃よく熱を出して学校を休んでいた私にとって、「医師といえば小児科医」というイメージが強烈に焼き付いていたのだと思います。

また、教育実習の経験から、自分は子どもに接することが好きで、かつ比較的得意なのではないかと感じていました。

小児科というとハードでリスクが高いイメージが強いようですが、ハードな科はほかにいくらでもありますし、どの科でもリスクは付き物です。ですから、そうしたことにこだわって消去法で進路を選択しても仕方ないような気がしていました。むしろ、その辺りの覚悟は、臨床医になると決めた時点で乗り越えていたというのが実感ですね。

後期研修先として選んだのは、神奈川県立こども医療センターでした。私の専門は血液ですが、血液腫瘍の症例数に関しては、当センターは他院とは比較にならないほど多い。集中的に勉強するには、こうした環境が最適だと考えての選択でした。

後期研修中に臨床医として充実した時間を過ごした後は、もう一度だけ基礎研究に戻る機会を作りました。大阪大学大学院の博士課程に籍を置き、理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターと大阪大学免疫学フロンティア研究センターの両方で、免疫の研究に携わっていました。

4年間かけて研究に没頭し、自分の中で区切りが付いた後に、あらためて当センターの血液・再生医療科にシニアレジデントとして舞い戻ったわけです。

血液・再生医療科のシニアレジデント期間は2年間で、私は今が最終年度に当たります。医学部を卒業して12年になりますが、いまだ修行中の身ですね。

昔の私のように、医療者としてのキャリアの切り拓き方に迷う学生さんも多いでしょう。若い頃にしかできないこともあれば、年齢を重ねて初めて判断できることもあります。どんな経験も決して無駄にはならないのですから、状況が許す限りはやりたいことをやりつつ、迷う時間も大切にしてほしいと伝えたいですね。

4歳児でも納得して病気と闘えるように

現在は、主に白血病など小児血液腫瘍の患児を診ています。年単位の入院となることも少なくないため、治療と同時に教育面のフォローも非常に重要です。

当センターには学校(院内学級)が併設され、院内保育士が各病棟に常駐しています。他科の医師や看護師などの医療者はもちろんのこと、保育士や教師とも月1回の話し合いの場を設けていて、多職種連携がスムーズに機能している実感がありますね。患児が医療者に見せる姿と授業中の姿がまったく違うなんてこともありますから、関係者の間で情報共有が欠かせません。

小児がんの患児は1歳未満からいるわけですが、4歳にもなれば「何でずっと病院にいなくちゃいけないの?」と、その子なりに疑問を持つようになります。ただ、4歳児に病態を詳しく説明することは難しいので、「悪いバイキンがいるからやっつけなきゃいけないんだよ」といった説明をしますが、これが小学生以上であればもっと詳しい説明も理解できますよね。

どんなに幼い子どもであっても、何も分からないということは決してありません。個人差や親御さんの考えもありますからケースバイケースにはなりますが、年齢や発達に応じてどう説明すれば伝わるのか、どうすれば納得して治療を受けてもらえるのかを、常日頃から考えるようにしています。

一方、小児に特化しているセンターだけに、今後は移行期医療の問題にも取り組んでいかなければならないと思います。治療して10~20年経ってから出現する晩期合併症や二次がんの場合、患者さんの年齢によっては生活習慣病を併発していることもあり、他科につないでいきたいところです。

ただ、長きにわたって小児科で積み重ねてきた患者さんと医療者の関係性があるので、ただ単に情報を書類にして渡すだけでは転科・転院が難しいこともしばしば。そのため、小児科ではありますが、20歳を超えた患者さんも長期に診ているというのが現状なんです。

今後は、第一に臨床医として、小児血液腫瘍の臨床を極めたいです。さらに、免疫と血液という、似ているようで違う2つの分野に携わってきたので、臨床での経験も活かし、いつか小さなことでも研究で業績を作れたらいいなと考えています。難しいことではありますが、いつまでも挑戦する気持ちは忘れずにいたいですね。

杉山 正仲の来歴

高校生時代
中枢神経の働きや未知なる可能性に魅せられて、研究者を志す。
ターニングポイント!
薬学部・大学院修士課程・医学部時代
薬学の修士課程まで修めるも、新たな研究環境を模索して大阪大学医学部へ編入。研究者になるか、臨床医を目指すか、医療者としての将来像に悩む。
初期研修・後期研修・大学院博士課程時代
研修経験を通して臨床医になる決意を固めるが、後期研修を終えてから4年間、免疫の研究に身を捧げ、研究者生活に一区切りを付ける。
現在~将来
血液・再生医療科のシニアレジデントとして、子どもたちと共に小児がんと闘う臨床小児科医を目指している。
バックナンバー
13
薬学の徒として始まり、小児血液腫瘍の臨床へ

杉山 正仲(神奈川県立こども医療センター血液・再生医療科)

12
計り知れない回復力に魅せられ、小児集中治療の道へ

山田 香里(神奈川県立こども医療センター救急診療科)

11
「ラッパ吹き」のドクター、「精神と時の部屋」で修行中

稲垣 佳典(神奈川県立こども医療センター循環器内科)

10
「本当の問題」を探り出し、子どもも親も納得できる医療を

露﨑 悠(神奈川県立こども医療センター神経内科)

09
波乱の時期を「ドリフト」し、「偶然の幸福」をつかむ

岡崎 寛子(家庭医療学開発センター家庭医療学レジデンシー・東京シニアレジデント)

08
現場の医師と製薬との間にフラットな架け橋を

石井 聡(日本イーライリリー株式会社 研究開発 医学科学本部(糖尿病領域)・臨床開発医師/メディカルアドバイザー)

07
胸を張って「スポーツドクター」と名乗るために

岩本 航(江戸川病院スポーツ医学科・医長)

06
公衆衛生の視点から「世界を診る」

坂元晴香(ハーバード大学公衆衛生大学院、聖ルカ・ライフサイエンス研究所・研究員)

05
家庭医療へのターニングポントは「ありがとう」の一言だった

吉田 伸(飯塚病院総合診療科)

04
離島勤務の後でやって来る、最大のターニングポイント

三ツ橋 佑哉(三宅島・三宅村国保直営中央診療所・所長)

03
ダブルライセンスで、医療と法曹を「なめらかに」つなぐ

山崎 祥光(井上法律事務所)

02
精神科医として、産業医として、女性として……

石井 りな(フェミナス産業医事務所・代表/株式会社プロヘルス・代表取締役)

01
2度のターニングポイントを経て、生に向きあう緩和医療に辿り着いた

西智弘(川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター腫瘍内科/緩和ケア内科)

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