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計り知れない回復力に魅せられ、小児集中治療の道へ

山田 香里氏

神奈川県立こども医療センター救急診療科

PROFILE
山田香里(神奈川県立こども医療センター救急診療科)
1986年生まれ。2010年、聖マリアンナ医科大学医学部卒業。藤沢市民病院での初期研修を修了後、神奈川県立こども医療センターで後期研修(3年)修了。現在は、救急診療科レジデントの2年目。

幼い頃から医療が身近にあった

もともと、医師になろうとはまったく考えていませんでした。高校生のときの進路選択で、親から「医者になるのはどう?」と勧められたのが医師の道を志す直接のきっかけでした。

実は、私は1歳10か月のときに掘りごたつに落ちて両脚に重度の熱傷を負ってしまい、長期入院を余儀なくされ、その後も定期的に整形外科に通うことになりました。以来、両脚共に義足で生活してきたので、私にとって病院はずっと身近な存在だったのです。そして、知らずのうちに私の中で医療に対する興味が蓄積されていったのかもしれません。「医師になる」という選択肢を違和感なく受け入れて、医学部受験を決心しました。

そうした経験もあり、大学では特に整形外科の勉強に力を入れたいと考えていましたが、実際に取り組んでみると、そこまで興味が持てないというのが正直なところでした。だから、これからどう自身のキャリアを切り拓いていけばいいのか、もやもやした気持ちもあったのですが、5年生のときの病棟実習で転機が訪れました。

最初に回った小児科実習で初めて担当した患児は、多発性硬化症の2歳くらいの女の子で、中枢神経系の脱髄疾患のため視力障害と四肢麻痺がありました。リハビリテーションを兼ねて一緒におもちゃを使って遊んだり散歩をしたりするうちに、少しずつでしたが運動機能が回復していく姿が印象的でした。同時に、とにかく子どもと触れ合うことが楽しかったですね。治療やリハビリテーションなどの介入をすることで、その子の人生の可能性を拓いていく、未来につなげていくという喜びを強く感じて、小児科か小児外科に進みたいと思うようになりました。

「知らない」ことの恐怖から、あえて苦手分野へ

私たちは、マッチング制度が始まって間もない年代です。初期研修先の選択では、小児科が充実している藤沢市民病院を第1志望にしました。出身大学の医局に残ろうかとも思っていたのですが、市民病院を見学したとき、いきいきと働いていた出身大学の先輩から「やる気があればいろいろなことができる病院だよ」と聞いたのが決め手になりました。ただ、市民病院には小児外科がないという点で少し迷ったのですが、そこはマッチングの結果に身を任せようと割り切って、蓋を開けたら市民病院に決まったという感じです。

最も勉強になったのは救急外来での研修です。市民病院では、研修開始直後から、研修医が夜間の救急外来の当直を担当することになっていました。私はそのことを知らずに来てしまったのですね。もちろん、先輩と一緒に当直に入るのですが、患者さんとのファーストタッチから鑑別診断を考えて、自分で必要な処置や検査をしなくてはなりません。また、患者さんもけっこう来るので、もたもたしていられません。

それまで救急に特別の興味があったわけではなく、最初はとてもつらかったですね。研修医としてスタートした直後だったので体力はあり、十分に睡眠が取れなくても肉体的にはそれほどつらくなかったものの、精神的には大変だったというのが正直なところ。「あの患者さんを帰してしまったけれど、夜間に急変することはないだろうか」と不安になることもありました。

私はとにかく、知識や技量がないために現場で対応できないことがとても怖かったので、研修では積極的に苦手な分野を選択するようにしました。研修医のうちに勉強しておけば、周囲に相談しやすく、助けてもらいやすいのではという“戦略”もあったかもしれません。実際、循環器内科で急変時などにどうすべきか経験を積んでいき、知識や技量を身に付けることで、怖さは減っていきました。指導医からも1年目には厳しくご指導いただきましたが、不安に衝き動かされながらたくさん勉強して、できることが増えてくると、任せていただける部分も増えていき、やりがいや楽しさを感じられるようになりました。

やりがいを見出した救急診療をさらに追究

後期研修先を選ぶにあたって、「小児」という軸はぶれませんでしたが、その中でどの分野に進むかは定まっていませんでした。後期研修から医局に入ることも考えましたが、その前に小児病院を経験しておきたいという思いもあり、大学病院ではなく神奈川県立こども医療センターを志望することにしました。

当センターの後期研修では、研修2年目までにほぼすべての内科系診療科を回り、3年目には自由に科を選択することができるようになります。私は、血液・再生医療科と救急診療科の両方に興味があったので、どちらにするかとても悩みました。

血液・再生医療科では、子どもとのかかわりが長期間になり、主治医との間に特別な信頼関係が築かれていきやすいことが魅力の一つでした。一方、救急診療は最初は苦手だったのですが、初期研修を通してやりがいを感じるようになっていました。また、小児の回復力に計り知れない可能性を感じ、元気になっていく姿に喜びを感じました。さらに、当センターの救急診療科は集中治療に重点が置かれていることもあり、重症の患者さんを診る機会がとても多いです。いろいろと考えて悩みましたが、自分の中で急性期の処置や重症の患者さんを診ることに大きなやりがいを感じて、救急診療科を選択することにしました。

救急診療科で印象に残っているエピソードは、単心室の1歳の男の子がフォンタン手術を受けた数か月後に具合が悪くなったときのことです。鋳型気管支炎となり酸素化が悪化したため、挿管して人工呼吸器管理としたのですが、心不全もあり状態はどんどん悪くなっていきました。結局、翌朝に体外式膜型人工肺(ECMO)へ切り替えることになるのですが、それまでの間は医師になってから最も恐ろしい時間でした。肺水腫のため痰が上がってきて換気不良となるため呼吸器条件を上げたい一方、単心室循環なので胸腔内圧を上げると循環維持ができなくなりショックに陥るというジレンマがあり、「もう、この子は死んでしまうのではないか」と心が折れそうになりました。幸い、その患児は元気になり、今も時々入院してきますが、当時ほど悪化することはなくなりました。

女性としてのライフプランを考えたとき、一般的には結婚という選択肢も出てくる年齢になったのかもしれません。後期研修を終えて救急の道を選択するとなると、どうしてもハードで不規則な勤務形態になるため、「もしかしたら結婚できなくなるかもしれない」と思うこともあります。それでも、もっと技術を磨いて重症の患者さんを助けたい、子どもの持つ可能性を信じたい、自分が魅かれた小児集中治療の道を突き詰めていきたいという気持ちでいます。

昨年は小児科専門医の資格を取りました。次は、集中治療専門医の資格を取りたいと思っています。今のところ、自分にはこれといって得意分野と言えるものがありません。集中治療は領域横断的な世界ですが、「これは絶対に自信がある」という分野を作りたいというのが今の目標です。

山田 香里の来歴

幼児期~高校生時代
幼児期に両足に大けがを負って整形外科への通院が続き、医療への興味が蓄積されていった。親に医学部を進められたこともあり、医師を志す。
ターニングポイント!
初期研修時代
学生時代の病棟実習で芽生えた小児科診療への興味を深めるため、藤沢市民病院へ。夜間救急外来の当直などを通して実践を積む中で、救急診療へのやりがいを覚えていく。
後期研修時代
出身大学の医局に入ることも考えたが、神奈川県立こども医療センターへ。小児科専門医の資格を取得。
現在~将来
自らの得意分野を見出し、磨きをかけるため、新天地のPICUでさらなる挑戦を予定している。
バックナンバー
13
薬学の徒として始まり、小児血液腫瘍の臨床へ

杉山 正仲(神奈川県立こども医療センター血液・再生医療科)

12
計り知れない回復力に魅せられ、小児集中治療の道へ

山田 香里(神奈川県立こども医療センター救急診療科)

11
「ラッパ吹き」のドクター、「精神と時の部屋」で修行中

稲垣 佳典(神奈川県立こども医療センター循環器内科)

10
「本当の問題」を探り出し、子どもも親も納得できる医療を

露﨑 悠(神奈川県立こども医療センター神経内科)

09
波乱の時期を「ドリフト」し、「偶然の幸福」をつかむ

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08
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07
胸を張って「スポーツドクター」と名乗るために

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06
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05
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04
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03
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02
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石井 りな(フェミナス産業医事務所・代表/株式会社プロヘルス・代表取締役)

01
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西智弘(川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター腫瘍内科/緩和ケア内科)

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