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「ラッパ吹き」のドクター、
「精神と時の部屋」で修行中

稲垣 佳典氏

神奈川県立こども医療センター循環器内科

PROFILE
稲垣佳典(神奈川県立こども医療センター循環器内科)
1984年生まれ。2010年、東京医科大学医学部卒業。聖隷浜松病院での初期研修を修了後、神奈川県立こども医療センター小児総合研修コースで後期研修(3年間)。その後、同センター循環器内科のシニアレジデントとして経験を積む。小児科専門医。

「循環器」と「小児」がつながった瞬間

母が循環器内科医だったので、幼い頃から医療は身近な存在でした。3人の子供を産み育てながらの大学病院勤務は相当忙しかったと思うのですが、バリバリ働きながらいろいろなことに挑戦しつづける母の姿が記憶に残っています。そんな母の背中は私が医師を志すようになったきっかけの一つだと思います。

受験勉強をなんとか切り抜けて医学部に入学してからは、一般教養はさておき、興味があった生命科学系の勉強に集中できる喜びを感じる毎日でした。特に、循環器に関する授業は魅力的でしたね。心電図やエコーといったデバイスを駆使して素早く正確に診断して治療するという、急性期医療のスピード感が好きだったのだと思います。
医学の勉強以外では、音楽にも情熱を注ぎ、大学の軽音楽部ではキーボードとボーカル、学外の社会人吹奏楽団ではトランペットを担当しました。幼少期からいろいろな楽器に親しんできたこともあり、音楽は私の生活の一部として欠かせないものです。今でも、一般の吹奏楽団に所属するなど、音楽活動を続けています。

大学卒業後は、病院見学で出会った尊敬できる先輩研修医にあこがれ、初期研修先として聖隷浜松病院を選びました。初めて関東から離れての一人暮らしがスタートし、全国から集まった同期に恵まれ、充実した研修生活を送りました。そこで、さまざまな科をローテーションするうちに、循環器だけでなく小児医療にも興味を持ち始めました。

初期研修の中で一番印象に残ったのはNICUでの新生児科の研修でした。NICUは「激務でピリピリした現場」というイメージを持たれがちですが、さまざまな病気を持つ生まれたばかりの赤ちゃんと触れ合い、ご家族と一緒になって成長を喜び合う、愛にあふれた温かな職場だと私は感じました。医師の数が少ないとされる小児医療の世界で働くことに社会的な意義を感じたこともあり、「一生働き続けるならこんな職場がいいな」と考えるようになりました。

初期研修も後半となり、いよいよ今後の進路を定めようとなったとき、偶然にも豊島勝昭先生(神奈川県立こども医療センター新生児科・科長)の講演を聞く機会がありました。豊島先生は、新生児科の医師であると同時に、循環器に関する知識・経験も豊富な方です。この講演をきっかけに、もともと興味のあった循環器医療と、研修中に強い魅力を感じた小児医療を両立できる世界があると知り、「これだ!」と確信しました。

子どもの表情を変えた音楽の力

後期研修先は、神奈川県立こども医療センターの小児総合研修コースに決めました。私のキャリアにおけるロールモデルとなった豊島先生と同じ病院で、充実した日々を重ねていったのですが、一方で「豊島先生と同じ存在にはなれない」ということも感じるようになりました。豊島先生はNICUに関する社会支援活動を積極的に行うなどして、メディアで取り上げられることも多い、社交的でいつでも人の輪の中心にいるタイプの先生です。恥ずかしがり屋で引っ込み思案な私とは、キャラクターがまるで違います。

所属しているかもめ吹奏楽団の定期演奏会に向けて、ホール練習中。

自分はどのような医師でありたいのか、どんな個性を持った人間として医療の現場に立つのか…。そんなことを自問自答したときに、出した答えの一つが「音楽」でした。思い返せば、初期研修のときにも、音楽を通して子どもたちと触れ合う機会がありました。長期入院中の子どもたちと一緒に楽器を練習したり、私のピアノ伴奏で歌ってもらったり。一緒に練習した曲を病棟で発表する場を設けたら、その子の受け持ちの看護師さんが感動の涙を流してくれたこともありました。そこで子どもたちと過ごした時間が、小児医療を志す気持ちをより強めていったと思います。「医療者と患者」という関係でかかわるだけでなく、音楽仲間として同じ目標に向かって進んでいく中で、それまでとは比較にならないほど打ち解けることができました。「病気以外の話もできる存在」として子どもたちに認知されると、見せてくれる表情も言葉遣いも、まるで違ってきます。あらためて、音楽というコミュニケーションツールを使えるというのは、自分にとっての大きな強みだと実感しましたね。

2014年冬に開催された、医師の会主催の院内コンサートでの演奏の様子。

そうした経験もあり、こども医療センターでも、医師の会主催の音楽祭に参加することになりました。楽器ができる医師やコメディカルに加えて、参加を希望した長期入院中の患児も一緒になって、病院のロビーでビッグバンドを披露しました。その中で、音楽祭での経験が患児の心を前向きにした効果も感じました。何年も入院しながら治療を続ける子どもたちもいますが、治療中にどうしても気分的に落ち込みがちになることもあるでしょう。それでも、音楽というクリエイティブな活動に参加し、さらに音楽祭といった「手の届く目標」に向かって能動的に動くことで、患児の表情がぐんと明るくなります。身近だった音楽が医療の現場でも大きな意味を持つことに気付いたことで、医師としての自分のあり方も定まっていったように思います。

「精神と時の部屋」で濃密な修行を積む

現在は、小児総合研修コースを修了し、循環器内科のシニアレジデントとして経験を積む毎日です。当科では先天性心疾患を診ることが多いですね。患児の中には、NICUから循環器内科の病棟に移ってきた、生後数日の小さな赤ちゃんもいます。「内科」ではありますが侵襲的な検査も多く、心臓にカテーテルを進め、圧力を測ったり造影したりします。小さな患児の細い血管に針を刺してカテーテルを進めていくことはやはり大変で、突然不整脈が起こることなどもあり、死と隣り合わせの現場だという実感はあります。特に幼い子どもの体調は短時間のうちに変わりやすく、経過が順調だと思っていた患児が急変することもまれではありません。時に気が休まらない状況が続く、ストレスフルな環境かもしれません。

それでも、医療従事者もご家族も皆が同じ方向を向いて、子どものために全力を尽くす現場にいられるのですから、今の働き方を選んで良かったと思います。病気を治療するだけでなく、その子にとってのより良い未来を選択するために、関係者全員が徹底的に話し合って決めていこうとする風土が小児医療の世界では特に深く根付いているような気がしますね。

当センターを表す言葉として私が気に入っているのが、「精神と時の部屋」というもの。短期で他院から研修に来られた医師が「さよなら講演」(研修を終えた医師が自分の経験や学びを医療スタッフに発表する場)で使った表現なのですが、実はこれ、『ドラゴンボール』に出てくる異空間の名前なんです。この空間と外の世界では時間の進み方が違い、「部屋の中の1年が外界の1日に相当する」というもので、登場人物はここにこもって短期間で濃密な修行をします。これは言い得て妙で、当センターも「精神と時の部屋」のように、医師として大きくレベルアップできる貴重な場所です。他の医療機関では考えられないほど、短期間で数多くの希少疾患や重症疾患を経験することができます。

循環器内科での研修を終えた後も、新生児科でさらに経験を積み、特に胎児エコーなどの先進的な技術を学んでいきたいですね。私が目指すのは、周産期医療・新生児医療・循環器医療の3つを軸として、それらの懸け橋となるような医師です。そのためにも、引き続き音楽をライフワークとしながら、「精神と時の部屋」で医者修行を重ねたいと思います。

稲垣 佳典の来歴

医学生時代
循環器医療の学習と音楽活動に熱中する学生時代を過ごす。
初期研修時代
聖隷浜松病院のNICU研修をきっかけに、興味の範囲が循環器から小児医療へ広がる。
また、音楽を通して、子どもとより深いコミュニケーションができるように。
ターニングポイント!
後期研修時代
ロールモデルとなる豊島医師と出会い、新生児循環器を専門とすることを決心。
現在~将来
神奈川県立こども医療センター循環器内科のシニアレジデントとして経験を積みながら、周産期医療・新生児医療・循環器医療の懸け橋となる医師を目指す。
バックナンバー
13
薬学の徒として始まり、小児血液腫瘍の臨床へ

杉山 正仲(神奈川県立こども医療センター血液・再生医療科)

12
計り知れない回復力に魅せられ、小児集中治療の道へ

山田 香里(神奈川県立こども医療センター救急診療科)

11
「ラッパ吹き」のドクター、「精神と時の部屋」で修行中

稲垣 佳典(神奈川県立こども医療センター循環器内科)

10
「本当の問題」を探り出し、子どもも親も納得できる医療を

露﨑 悠(神奈川県立こども医療センター神経内科)

09
波乱の時期を「ドリフト」し、「偶然の幸福」をつかむ

岡崎 寛子(家庭医療学開発センター家庭医療学レジデンシー・東京シニアレジデント)

08
現場の医師と製薬との間にフラットな架け橋を

石井 聡(日本イーライリリー株式会社 研究開発 医学科学本部(糖尿病領域)・臨床開発医師/メディカルアドバイザー)

07
胸を張って「スポーツドクター」と名乗るために

岩本 航(江戸川病院スポーツ医学科・医長)

06
公衆衛生の視点から「世界を診る」

坂元晴香(ハーバード大学公衆衛生大学院、聖ルカ・ライフサイエンス研究所・研究員)

05
家庭医療へのターニングポントは「ありがとう」の一言だった

吉田 伸(飯塚病院総合診療科)

04
離島勤務の後でやって来る、最大のターニングポイント

三ツ橋 佑哉(三宅島・三宅村国保直営中央診療所・所長)

03
ダブルライセンスで、医療と法曹を「なめらかに」つなぐ

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02
精神科医として、産業医として、女性として……

石井 りな(フェミナス産業医事務所・代表/株式会社プロヘルス・代表取締役)

01
2度のターニングポイントを経て、生に向きあう緩和医療に辿り着いた

西智弘(川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター腫瘍内科/緩和ケア内科)

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