06

公衆衛生の視点から
「世界を診る」

坂元 晴香

ハーバード大学公衆衛生大学院、聖ルカ・ライフサイエンス研究所・研究員

PROFILE
坂元晴香(ハーバード大学公衆衛生大学院、聖ルカ・ライフサイエンス研究所・研究員)
2008年、札幌医科大学医学部卒業。聖路加国際病院で初期研修後、同院で内科専門研修を修了。2011年より、医系技官として厚生労働省大臣官房国際課および母子保健課にて勤務。2013年5月より、聖ルカ・ライフサイエンス研究所および聖路加国際病院一般内科に在籍。現在、ハーバード大学公衆衛生大学院へ留学中。

「なんか変わってる人」という立ち位置だった

私が国際保健の道に進んだきっかけは、小学生のときの「道徳の授業」なんです。マザーテレサやシュバイツァーなどの偉人伝が授業の題材となっていたのですが、その中で「国境なき医師団」の話がすごく心に響いて、そのとき抱いた「医師として途上国に貢献したい」という思いは、今に至るまで変わっていません。

医学部に入学するまでは、「国境なき医師団」のように、現地で白衣を着て診療に従事する医師を夢見ていたわけですが、国際医療に携わる医師というのは、実際には考えていたよりずっと数少ないものでした。災害時の緊急援助で短期間救急診療に当たる医師はいても、途上国に根を下ろして活動している医師は数えるほどしかいないのが実情です。

周りを見ても、国際医療を志しているのは学年でほぼ私1人といった状況でした。一般的な医師のキャリアパスではありませんから、大学内でも「なんか変わってる人」といった立ち位置でしたね。

学生時代は、世界中の医学生が集まる国際医療サークルに所属したので、途上国を訪れる機会が増えていきました。国内外のNGO(非政府組織)が活動している東南アジアやアフリカの難民キャンプなどで医療ボランティアを行ったり、インドやミャンマー、タイといった途上国の医学生と先進国の医学生とで一緒にプロジェクトを立ち上げ、現地の医師と協力しながら活動したりしました。

海外の医学生と話してみると、彼らの国では医師免許を持ちながら教育や法曹の分野で仕事することも特に珍しいことではないようです。日本では「変わってる人」だった私も、至ってノーマルに受け止められたんです。臨床以外の道も考えるようになったのは、この頃からです。

1人の医師が患者さんを診ることの限界も感じていました。どういうことかというと、例えば貧困な家庭に生まれた子どもが栄養状態の悪化のため来院すれば点滴をして帰しますが、またすぐ同じ状態で戻って来てしまいます。結局、その根底にある貧困などを是正して、健康に関する正しい知識を植え付けていかなければ、何も変わっていかないのです。

また、現地社会の常識が、現代医療の常識とはかけ離れている場合もあります。女児は医療機関に連れていかないという慣習、産後1か月は水しか飲まないという風習、衛生管理の概念に乏しい環境での伝統的な出産…。これでは正しい処置をして助けても、何度でも同じことを繰り返してしまいます。それでも現場で奮闘するのは尊いことですが、一方で、彼らの文化を尊重しつつも、ほかに望ましい方法がないか探っていかなければならないと思いました。限られたリソースの中で、経済も教育もギリギリの状態で、問題解決を現場だけの奮闘には限界があります。

私が公衆衛生の分野に進もう、そのために厚生労働省に入ろうと決心したのは、こうした経験からでした。ただ、一般的なキャリアとは違う道を選択したことで、相談できる相手や情報も少なくて苦労しましたね。

「入局」せずに「入省」する道を選んだ

国家公務員になるためには、通常は公務員試験に合格後、各省の試験を受けて入省します。医師免許を持つ厚生労働技官(医系技官)の場合は、公務員試験を受けるのではなく、厚生労働省で直接、面接と論文の試験を受けます。さらに私は、官民人事交流制度といって、民間組織から1~2年の契約で厚生労働省にて勤務を行うという制度を利用して厚生労働省に入りました。厚生労働省では基本的に国家として優先される課題ごとに部署が分かれていますが、私は国際課と母子保健課の2部署に所属していました。

対象ががんであれ感染症であれ、どういう問題があるのかを調査・研究すること、その解決策を考えて政策としてアウトプットすることが最も大きな仕事になります。問題を見つけ、それを検証し、政策を作り、効果を検証するというプロセスを1~2年かけて進めて1サイクル。これをさまざまな部署で経験しながら政策の作り方を勉強していきます。

政策を作るときには法律のプロフェッショナルである事務官の働きが重要ですが、彼らは医師免許を持っているわけではありません。ですから、現場の医療者と“同じ言葉”で会話できる医系技官が、政策を作る側にいることは意義があると思っています。いくら法律的には完璧でも、医療現場の実情から乖離した政策に仕上がっては意味がないですから。両者の間で調整することも大きな役割だと思っています。

例えば妊婦健診や母子手帳などに関して良い政策を作れば、これから生まれてくる子どもたちや、これから妊娠される女性に対して持続的に貢献することができます。目の前の話に終わらず、ずっと先まで自分のかかわったことが制度として続いていくわけです。対象となる人の多さ、時間軸の長さというスケールを感じて、すごくやりがいのある仕事です。

一方で、私が国民の皆さん一人ひとりに貢献しているという実感はわきにくいことはあります。臨床であれば、目の前の患者さんに手を尽くして直接的に健康を回復させられますし、人間対人間の付き合いの中で関係性を築くこともできるわけですから。

私がやらずして誰がやる?

医療政策を作るときには、とりわけ事前の調査・研究段階で、疫学や統計の知識が必要です。また、厚生労働省が何か新しい事業を行ったときに、本当に意味があったのか、税金を投じた費用対効果があったのか、そういったことを評価する必要があります。ただ、日本の医学部教育は、あくまで臨床医養成を前提としているので、疫学や統計のトレーニングを積む機会がありません。ですから、少し勉強しなければいけないと思って、今はハーバード大学公衆衛生大学院に留学しています。

医療政策を作るプロセスは、先進国でも途上国でも変わりません。当該国の課題が何かを見つけて、どういう対策が取れるか、国が使えるお金や技術で何ができるかを考えていきます。そのプロセスを勉強したくて厚生労働省に進みましたが、今回の留学が無事に終われば、今度は国際的な舞台で働いてみたいと思っています。具体的には、WHO(世界保健機関)やJICA(独立行政法人国際協力機構)などですね。

これからの若い世代の皆さんも、医療の役割や可能性を広くとらえる視点を持った方が増えてくれるといいですね。もちろん、臨床に進むのもいいのですが、目の前にいる一人の患者さんを診ていながら、その背景にある生活状況や社会情勢も視野に入れたかかわりができることは重要ではないでしょうか。

ただ、自身のキャリアを考える上では、夢や希望とは別の部分、現実的な問題で迷うこともありますね。私の場合、家族がありながら海を渡って好きなようにやらせてもらっているのは、家族の理解があってこそです。「私が行かなかったら誰がやる?」という強い思いを認めてくれていることを、本当にありがたく思っています。

ハーバード大学公衆衛生大学院の授業の後で、クラスメートたちと。

坂元 晴香の来歴

小学生時代
道徳の授業で「国境なき医師団」の存在を知り、感銘を受ける。途上国で医師として働きたいという思いが芽生える。
ターニングポイント!
医大生時代
世界中の医学生が集まる国際医療サークルに所属し、東南アジアやアフリカで活動を重ねる。現地で公衆衛生の重要性を切実に感じる。
厚生労働省勤務時代
国際課および母子保健課に所属し、医系技官として医療政策に携わる。
現在
聖ルカ・ライフサイエンス研究所に在籍して共同研究を続けながら、ハーバード大学公衆衛生大学院に留学して公衆衛生学を学ぶ。プライベートでは良き理解者である伴侶と出会い結婚。切磋琢磨する関係を築く。
近い将来
国際機関に所属して途上国の保健医療に貢献する予定。
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