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ダブルライセンスで、医療と法曹を「なめらかに」つなぐ

山崎 祥光

井上法律事務所

PROFILE
山崎祥光(井上法律事務所)
2003年、京都大学医学部卒業。京都大学医学部附属病院で1年間研修(内科ローテーション)後、京都大学法科大学院に入学。同大学院卒業後の2009年、司法試験に合格し、医師と弁護士のダブルライセンサーとなる。2010年、井上法律事務所(東京都港区)に入職し、現在に至る。医療者・病院側に立っての弁護士活動を行っており、医療紛争や医療訴訟を中心に、監査対応、警察対応、日常の法律相談なども行っている。

法律知識を備えた臨床医になろうと思っていた

医療に関わる仕事に就きたいという思いは、かなり幼い頃から漠然と持っていました。「病気は怖い。怖いから対処法を知っておきたい」という純粋な不安と、「困っている人の役に立ちたい」という気持ちが原点だったと思います。もちろん弁護士になるとは思ってもいませんでしたから、特に迷うことなく医師を目指して京都大学医学部へ進みました。

学生の間は、大学病院やさまざまな関連病院での臨床実習などを通して勉強させてもらいました。当時は旧臨床研修制度の時代で、卒業後は京大附属病院で研修医として内科をローテーションしました。臨床現場に接する中で、自分の時間もなく患者さんのために働き続けている、何人もの尊敬できる先輩医師に出会いました。それと同時に、その誠実な医師たちの姿勢を見て、自分も学ばなければと思うとともに、この人たちが医療事故や紛争の際に理不尽な攻撃にさらされるとしたら間違っている、と強く感じました。当時は医療訴訟が激増している時期で、臨床現場に出るからには医療紛争・訴訟は避けられないと感じる状況でもありました。

この頃の経験がきっかけとなって、法律にも興味を抱くようになりました。もっとも、その時点では、自分が法律の基礎知識を持っていたら少し安心して臨床で仕事ができるだろうし、法曹関連の人脈を作っておけば何かあったときに相談できるだろうというレベルの位置付けではありました。とはいえ、翌年にロースクール(法科大学院)が設立されるというタイミングにも後押しされ、法律を勉強しようと決めました。

その頃、医師のキャリアパスとしては、大学と関連病院で数年間の臨床経験を積み、その後4年ほどかけて大学院で研究して学位を取ったり留学したりしながら医師としての幅を広げていくのが一般的でした。自分は、大学院で研究する時間を法律の勉強に当て、法曹資格を取って臨床に戻ってこようと思っていました。

考えてみれば、医療では基本的に疾病や病原微生物が「敵」で、人間との対立構造ではありません。世の中のほとんどの仕事では反対側に人間がおり、弁護士などはその極致にある仕事かもしれませんが、医療者は純粋に患者さんと一緒の方向を向いて歩けます。それはとても素晴らしいことで、今でも医師は魅力的な仕事だと思います。

司法の場に医療者の言葉を正しく届けたい

京大ロースクールでの勉強は、「臨床で医師として安心して仕事ができるように」という比較的気軽なスタンスでスタートさせました。ところが、法律の基本的な考え方を学び、医療紛争の実際の事例を勉強したり、勉強会に参加して医療紛争にさらされる現場医師の言葉を聞いたりするうちに、医療現場が考えていることは司法の場に必ずしも伝わっていないと感じるようになってきたのです。

そうした状況を招いたことの1つには、医療者と法律家の思考方法の違いがあります。医療者の思考は不確実な現実の中でどうすればより良い結果を残せるか、「実質論」の部分が中心になり、現場感覚に根差した部分が大きくなります。これに対して、法律家は法律や規則といった「形式論・原則論」が思考の出発点になります。医療に関する案件でも、法律家は医療現場における「現場感覚」が分からないので、客観的なルールを拠り所にして合理的に審理しようとし、ガイドラインや手引き、マニュアルを客観的なルールだととらえようとします。

とはいえ、医師であってもひとたび司法の場に出てきたら、法律の分野でのルールに乗っ取ったコミュニケーションができないと、臨床医学的に正しいことを言っても「お気持ちは分かりますが、法律上は通りません」という答えが返ってきてしまいます。このような医療と法曹のディスコミュニケーション状態をなんとかとして、誠実に働いている医師が仕事をしやすいような環境にしていかなければならない、少なくとも医療者が考えていることを法律の場に正しく伝える役割を担う人間が必要だと考えるようになりました。

ロースクールを卒業して司法試験を受験する頃には、医療側の弁護士という立場で、医療と法曹との境目の部分で仕事をする覚悟ができていたように思います。紛争の局面に介入するとしたら、代理人・弁護人となるなど、やはり資格がなければできないことが多くあります。思考方法の違いへの混乱もあり司法試験に挑戦することは決して楽な道のりではありませんでしたし、今でも「なぜ、医師の資格があるのに弁護士資格まで?」という質問をよくされますが、両方の分野を学んだ者としてはその境界で働かなければならない、そのためには弁護士という立場で医療紛争にかかわるしかないという気持ちになっていました。

その道の専門家でなければ「現場感覚」は分からない

実際の医療紛争の事例では、たとえば急性心筋梗塞疑いの患者さんに対し(来院時、明らかな急性心筋梗塞の所見はなく、症状も非典型)、地方の二次救急病院に対して「1時間ごとに心電図を取っていれば救えた命じゃないのか。これは怠慢だ、医療過誤だ」という訴えもあります。

しかし、地方の二次救命医療の現場で上記のような症例すべてで「1時間ごとに心電図」をしなければ過失、とするのは現実的に非常に難しく、同規模の病院の医師たちの意見も同様でした。これを裁判所の判断に反映させるためには、いくつもの病院を回ってアンケートを取り、証拠化する地道な作業が必要になります。いったん裁判例が出ると個別的な事例を超えて医療現場へ波及するだけに、とても神経を使うところです。

残念ながら、医療者がどれだけ誠実に仕事をしても、医療事故の発生がゼロになることはありません。いざ事が起こったとき、「訴訟が起こされました」「書類送検されました」といった断片的な情報が届いても、医療者には何が起こっているのか分かりにくいため不安を呼んでしまいます。また、訴訟が提起された時点で、医療者側に問題があったという結論が出たかのように誤解されることもしばしばです。医療者の言葉を聞き取って司法へ伝えると同時に、司法の言葉を医療者へ伝えることもまた重要なのです。でも、医療者にスッと伝わるようなコミュニケーションはなかなか難しい。この両者のギャップを埋められる存在を目指したいです。

仕事に取り組む上では、「どんな分野でも、それぞれに専門性があって、『現場感覚』を含めた根本的な部分は、その道の専門家に聞かなければ理解できないのだ」ということを肝に銘じています。医療現場に触れた弁護士として、これからも医療に関する諸問題の解決に向けて、医療者と一緒になって考えていきたいと思っています。

山崎 祥光の来歴

高校生時代
幼い頃から医療従事者になろうという思いを持ち続け、医師を目指す。
医大生時代
臨床医になろうと思っていた(最終的には腎臓内科と呼吸器内科で迷っていた)。
ターニングポイント!
臨床研修時代
臨床で尊敬する医師たちが、ともすると法的追及にさらされる現実を知ったことで、医局には入らず法科大学院への進学を決意する。法律知識を身に付けて臨床に戻ろうと思っていた
ターニングポイント!
法科大学院生時代
法律を勉強するうち、医療者の言葉を司法の場に正しく伝えることの重要性を知る。

司法試験に合格し、弁護士資格を取得。医療を専門分野とする弁護士として現在に至る。

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