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精神科医として、産業医として、女性として……

石井 りな

フェミナス産業医・労働衛生コンサルタント事務所・代表

PROFILE
石井りな(フェミナス産業医・労働衛生コンサルタント事務所・代表)
2005年、千葉大学医学部卒業。東京医療センター(東京都目黒区)で初期研修・後期研修(精神科)後、精神科専門病院(埼玉県戸田市)、メンタルヘルスリワーク機関(東京都港区)を経て、2013年にフェミナス産業医事務所を開業(後に法人化)し、精神科の専門知識と女性の視点を生かしてクライアント企業の労働衛生を守っている。精神保健指定医、労働衛生コンサルタント(保健衛生)、日本精神神経学会認定精神科専門医・指導医、日本医師会認定産業医、日本産業衛生学会認定専攻医。
http://www.feminus-sangyoi.com/

将来は眼科医になるものだと思っていた

両親が医師である家庭で育ったので、私が医師の道に進むにあたって影響があったのは確かですね。母の働く姿には、女性でも社会で活躍できるということを教えてもらいました。一方で、子ども時代は忙しい両親の下でちょっと寂しい思いもしたので、「自分はできるだけ子どものそばにいられるお母さんになろう」という思いもありました。

医学部を受験するまで、そして医学生になってからも、私は将来、眼科医になるものだと思って勉強していました。でも、結局は精神科医になったわけですが、その転機は初期研修での恩師との出会い。研修医1年目で精神科を経験したときのことでした。

当時は初期研修が必修化されて2年目の過渡期でしたが、ご縁を頂き初期研修先として人気の東京医療センター(東京都目黒区)に入ることができました。そこの精神科医長でいらしたのが古茶大樹(こちゃひろき)先生です(現・慶應義塾大学医学部精神神経科・専任講師)。先生の精神科診療に対する姿勢からは、本当に多くのことを学ばせていただきました。

精神科の治療は長期に及ぶことも多いので、先が見えず途中でくじけそうになる患者さんもいらっしゃるのですが、先生は「あなたはあきらめても、僕はまだあきらめていないよ。だから一緒に治療していこう」というような声かけをいつもされていたのが強く印象に残っています。それから、先生のカルテの描写を読んだだけで、患者さんが目の前にいるかのように感じられたのも印象的です。どちらも、患者さんと真摯に向き合っていらっしゃるからこそだと感じました。

また、先生が質の高い仕事をしたうえで、毎日必ず午後5時には帰宅するというポリシーを貫かれていたことにも影響を受けたと思います。精神科だから可能という面もあるとは思いますが、家庭の生活、とりわけお子さんとのかかわりを大事にしつつ、他科からの仕事上の評価も得られている。私も女性として仕事と家庭の両立を大切にしたかったので、大いに勇気付けられたのを覚えています。

精神科医療そのものに対しても、検査データに頼るのではなく主治医の技量で診断する部分が大きいこと、患者さんと主治医との対話の中で広がる精神療法が経過に大きな影響を与えるという点に面白さを感じましたね。うつ病で体を動かすこともままならなかったような患者さんが、治療を経て別人のように元気になるさまは、やはり何度目の当たりにしても驚きと喜びを感じます。

両親に「精神科医になる」と報告したとき、父は「これからの時代に必要とされるから、眼科より将来性があるんじゃないか」と言ってくれました。母は、本心では自分と同じ眼科に進んでほしいと思っていたのでしょうが、反対はされませんでしたね。

精神医療の専門知識を持つ産業医は少ない

東京医療センターでの初期研修を終えて精神科の後期研修に進むときは、大いに悩みました。東京医療センターは慶應義塾大学と関係が深いこともあり、当初は大学の医局に入るつもりで入局試験まで受けていました。一方で、医療センターに残り古茶先生の下でもっと勉強したいという思いも捨てきれませんでした。いろいろ悩んだ末、初期研修からお世話になった医療センターの後期研修医の道を選択しました。

後期研修1年目の後半、プライベートでは結婚そして妊娠という大事があり、それからは試練の始まりでした。つわりもそれなりに重かったので、回診の途中でトイレに駆け込んだり、外来では酸っぱい梅干なんかを忍ばせながら面接したり……。同僚にも迷惑をかけたと思いますが、温かい皆さんで本当に助かりました。

後期研修として東京医療センター精神科に3年間在籍しましたが、一つ課題がありまして、精神科医として持っておくべき2つの資格、精神科専門医と精神保健指定医が、そこだけの研修では基準を満たさずに取得できません。そこで、症例を求めて精神科単科の専門病院を探して移ることにしました。

そうして入職した精神科病院では当時、働く人のための「うつ病リワーク施設」をちょうど立ち上げようとしているところでした。そのことを知り、私は精神科医として、とても興味を持ちました。東京医療センターでは場所柄、サラリーマンの外来患者さんを多数診療してきましたが、症状が改善してもいざ職場復帰となるとハードルが高く、うまくいかないケースを経験しました。休職した場合に復職へ向けてのリハビリテーションを提供できればと、もどかしい思いをしていたからです。そこで、資格取得のための症例を経験しながら、リワーク施設の立ち上げにもかかわらせていただきました。

さらに、この領域では産業医の存在が大きいのですが、精神科領域の専門知識を持った方があまりいないことを知りまして、「薬の服用をすべてやめられるまで、復職は認められない」といった判断をするなど、一部で復職の弊害になっている現実も分かってきました。だったら私が産業医になればいいと思って、企業へのメンタルヘルスサービスを提供しているクリニック(東京都港区)へお願いして、非常勤産業医として月に1回、企業訪問を始めました。こうして導かれるように産業保健にかかわるようになったわけです。

働く女性のロールモデルを作りたい

そして今では、女性メインで産業医をスタッフに抱える産業医事務所の代表、ということになっています。こうしたかたちで開業しているところは、知りうる限り、今のところ私たちだけだと思います。

開業するなら、産業医1人+事務スタッフ数人というパターンのほうが多いと思いますが、複数の産業医でチームを構成することにこだわりました。というのも、一人の知識や経験ではどうしても限界があるので、互いにコンサルトしやすい環境にしたいということが一つ。それから、ワークライフバランスを考えたときに、互いにバックアップできるというメリットも大きいですね。クライアントの側としても、複数の専門家が協同して対応するということに、心強さを感じてくださっているようです。

今後については、事務所を大きくしたいというよりも、女性医師のための一つのロールモデルを作りたいという思いでいます。産業医は資料作成や次回往診までの勉強など空いた時間を効率良く利用する必要はありますが、クライアント企業への往診時間は1回2~3時間程度と拘束時間は病院に比べ短く、育児との両立が比較的しやすいのも特徴です。私には2人の子どもがいますが、子育てしながらメリハリをつけて、子どもとの時間や教育にも私なりに向き合いながら仕事もできていると感じています。

育児と両立しながら、限られた時間でも自分のスキルや経験を社会に役立たせることができると伝えていくことで、同じように女性が活躍できる産業医事務所が日本全国で立ち上がればいいなあ、と思っています。特に地方では産業医を探すのに企業が大変苦労されていますから。

もし、これを読んでいただいた医学生や研修医で、産業保健に対して志のある方がいれば、私たちも一緒に働いてくれる仲間を募集しているので、ご連絡をいただければ幸いです。特に、家庭との両立を考える女性医師を応援したいと思っています。

また、産業医がどんなことをしているのか知ってみたいという方は、うちの事務所で勉強会を開いているので、お気軽にお問い合わせください。

石井 りなの来歴

高校生時代
同級生と切磋琢磨しながら医師を目指す。
医大生時代
両親、特に母親の影響で、眼科医になろうと思っていた。
ターニングポイント!
初期臨床研修時代
精神科ローテーションで恩師と出会い、精神科医を志す。恩師の診療に対する姿勢のみならず、ワークライフバランスの考え方にも影響を受ける。
ターニングポイント!
後期臨床研修時代
大学医局には入らず、恩師の下で学ぶ道を選択。プライベートでは結婚&妊娠。

その後、資格取得のため精神科単科病院へ移り、産業保健ともかかわり始める。産業医事務所を開業し、現在に至る。

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